22時間営業、30席の店は常に満席…すかいらーくに110億円を払わせた「干物ファストフード」唯一無二の切り札

■「理想の和定食」求め、30席に1日700人
ジュウジュウと音を立てるような、焼きたての魚の干物に、お椀にこんもり盛られたほかほかのご飯、味噌汁に漬物……。こんな「理想の和の定食」が、1000円前後でサクッと食べられる。
そんな「干物のファストフード」を標榜するチェーンが勢いに乗り、現在、都内近郊を中心に60数店舗を展開している。
その名は「しんぱち食堂」だ。

売り上げトップレベルの川崎銀柳街店は1日に約700人が来店。席数は30席だから、20回転以上している計算になる。午前5時から翌日午前3時まで22時間の営業時間内、全席が埋まりっぱなしのようなイメージだ。

おいしさに加えて、生ビール中ジョッキが200円以下、高級ネギトロなどの小皿が約100円というコスパの良さも人気を集める理由となっている。
■2度値上げしても客は離れなかった
物価高騰にあって2回ほど価格改定を行っているが、それでも客足は離れず、安定した支持を得ている。
そのおいしさとコストパフォーマンスに着目し、2026年4月にはすかいらーくホールディングスが、運営会社のしんぱちの全株式を投資ファンドから買収し、傘下に収めた。2024年の資さんうどんに続く子会社化や、110億円と高く評価された買収額が相まって、話題となっている。
ファミレスのイメージが強いすかいらーくが、なぜ干物のファストフードに手を広げるのか。そして、速い、おいしい、安いの三拍子を実現させているしんぱち食堂のビジネスモデルとは、どのようなものなのか。

■店舗数拡大も「実情は苦しかった」
しんぱち食堂は2012年、新宿に1号店を出店。代表取締役社長・江波戸千洋氏の「商品で勝負したい」という方針の下、宣伝にはお金をかけなかったが、口コミで人気が広がった。コロナ禍明け以降はインバウンド客の増加も後押しし、投資会社の支援を背景に店舗数を拡大。地方にもフランチャイズ店を展開するようになった。
店舗数の拡大は一見すると、売り上げも伸びて順調に思われる。しかし北氏によると、出店を加速させたい江波戸氏にとっては「苦しい時期」だったという。
「店舗を増やすには投資が必要です。しかし投資ファンドはどんどん出資するわけではありませんから、銀行借り入れをしなければならないが、銀行も簡単には貸してくれない。また立地開発も専用の部隊があるわけではない。成長を加速させていくことが難しい状況でした。しんぱちが次のステージに行くために、新たな挑戦が必要な時期に入っていました」(北氏)

そこで、すかいらーく側からM&Aを申し出たというのが、株式取得の経緯だ。
では、すかいらーくが110億円をかけてまでしんぱち食堂を買収したかったのは、なぜか。
北氏は「唯一無二の価値」を理由に挙げた。
■「身がふわふわでジューシー」のワケ
日本の社会が変化し、夫婦共働きや単身の世帯が増えた。調理に手間暇がかけられなくなり、焼き魚も今や、家庭料理の定番でなくなりつつある。しかし健康志向の高まりもあり、干物や焼き魚など和食メニューへの社会的ニーズは、むしろ大きくなってきている。
そしてしんぱち食堂の「手軽に食べられるおいしい焼き魚」は日本食の伝統文化であり、さらに「日常的に食べたい」という今のニーズの受け皿になり得ると北氏は考えた。しかも、商品のクオリティには驚かされたという。

「まず注文して10分程度で出てくる。そしてこれが大変おいしいわけです。そんなに早く出せると聞けば、パサパサしていたり固かったりするものを思い浮かべますが、身がふわふわでジューシー。一体どうやっているのか、と不思議に思いました」(北氏)
早く提供できるのに、なぜおいしいのか。
秘密は、独自開発の炭火焼機にある。通常の半分の時間で中まで焼き上げるため、水分が飛ぶことなくふっくらとジューシーに仕上がるという。

素材も厳選されており、とくに三大定番メニューのさば、鮭、ホッケは、一定の重量とサイズのものを指定して仕入れる。
■福島と新潟のコシヒカリをガス釜で炊く
ことさら宣伝はしていないが、米も福島や新潟のコシヒカリをガス釜(一部店舗除く)で炊き上げている。味噌汁や漬物の質にもこだわる。素材がおいしいから、余計な味付けも要らず、毎日食べても飽きることがない。
これはちょっとしたこぼれ話だが、すかいらーく傘下になってから米の水加減を少し変えて、やや硬めに炊き上げるようになったそうだ。以前から通っている客なら気づいているかもしれない。
なお、魚については20種類以上の定食をそろえるほか、生姜焼きなどの肉のメニューも用意されている。グループで訪れる客の中に魚が苦手な人がいた場合の配慮だ。

では、定食は1000円前後、朝定食に至っては600円台というコストパフォーマンスの良さは、どのように実現されているのか。
早川氏によると、仕入れに秘密があるという。
「さば、鮭、ホッケは仲卸業者を通じて大卸に依頼し、重量やサイズを指定したものの年間の購買数量を確保しています。これで、質の良い魚を安定的に安く仕入れることができます。その代わり、仲卸からご提案いただき、食べやすく調理もしやすい魚を仕入れます。旬で多く水揚げされた魚だから安く仕入れられます」(早川氏)
■メヌケ、八角、ツボダイ…めずらしい魚も
例えば、メヌケ、八角、ツボダイなど、あまり知られていないがおいしい魚もあるそうだ。その時々でさまざまな種類の魚を仕入れるため、これらはグランドメニューには入っていない。また数量も限られるので、店舗限定のこともある。

店内の動線の工夫や注文・支払いのデジタル化などで合理化を進め、人件費を抑えていることも、結果として価格の安さにつながっている。
200円を切る生ビールや、100円の高級ネギトロはいわゆる客寄せで、利益度外視の商品だ。それならばたくさん注文されると困るのでは、と質問したところ、そうでもないらしい。
■「ファミレス以外」もM&Aする狙い
「プラスαで注文されるお客様が多いので、定食以上の平均単価になります。それでいてお客様自身で追加しているため『高い』という印象を受けないんです」(北氏)
ここまで見てきたように、おいしい魚の定食を安くスピーディに提供できることが、しんぱち食堂のブランドとしての大きな魅力となっている。毎日食べても飽きないので、第二の食卓として利用しているリピーターもいるだろう。すかいらーくにとっては、食のインフラとして大きな可能性が感じられたわけだ。
これに加えて、すかいらーく独自の理由もあった。
すかいらーくはファミレスを展開して成長してきたが、近年ではファミレスに限らず、幅広く業態開発を行っている。さらに、2025年からの中期計画では、2027年までにM&Aを3~5件行うことを公表している。


■買収額110億円でも「よい買い物」
「これはすかいらーくを大きくしようというよりも、新たな価値を提供したいという方針です。ファミレスは郊外ロードサイドで広がってきましたが、新たに、人の集まる都市部や駅前立地に合う業態をポートフォリオに加えたいと考えています。しんぱち食堂は20坪あれば出店できるのでぴったり。滞在時間も20~30分で回転率も高い。また、当グループにないジャンル、価格帯であったことも魅力でした」(北氏)
だからこそ、110億円という買収額をかけてでも傘下に入れたいブランドだったのだ。素人目には巨額に思えるが、投資の専門家が見れば「よい買い物」であるのはすぐわかるという。「出店を加速する時期の業績は出店コストがかかるため数字が悪く見えますが、その分を割り戻して判断すれば、しんぱち食堂には十分に見合う企業価値がありました」(北氏)
■売り上げ120%、候補立地5倍
このようにすかいらーくにとっては大きなメリットがあったM&A。では、しんぱち側はどのような恩恵を受けるのか。

まずは集客力だ。もともとあまり宣伝をしていなかったこともあり、M&A後は注目度と認知度が高まって、来店客数の前年比が大きく伸びた。業績も2026年8月の売り上げが前年比約120%とアップしている。
また出店に欠かせない物件開発力も大きなメリットだ。すでに2027年に出店する30店舗の立地が決まっている。早川氏によると、候補立地の数はM&A前の5倍になっているという。
■しんぱち食堂の「尖り」は変えない
この勢いで、2030年に300店舗を目指す。
そのほか、全世界にわたる食材の仕入れ先やセントラルキッチンを共有し、容器やお手拭きといった部材、デジタルの仕組みを共通化することで、コストダウンを図ることもできる。すかいらーくが蓄積してきた従業員教育のノウハウも、出店の加速に威力を発揮する。
「M&Aで難しいのが異なる企業文化のすり合わせ。互いが尊重し合うのが大切です」(早川氏)
「もともとの強みや特別な魅力を変えてはならないと思っています」(北氏)
しんぱち食堂には、店内のBGMとして虫の音を流しているなど、尖った特徴がある。食事のおいしさに集中できるように、との意図があるようだ。規模が拡大すると個性が薄まってしまうのはありがちだが、ブランドの魅力を変えることなく、多くの人にとって身近な存在へと成長することを期待したい。
----------
圓岡 志麻(まるおか・しま)
フリーライター
東京都立大学人文学部史学科卒業後、トラック・物流の専門誌の業界出版社勤務を経てフリーに。健康・ビジネス関連を両輪に幅広く執筆する中でも、飲食に関わる業界動向・企業戦略の分野で経験を蓄積。保護猫2匹と暮らすことから、保護猫活動にも関心を抱いている。
----------
(フリーライター 圓岡 志麻)
