「70歳になったら辞めるつもりでした」〈年金月14万円・貯蓄1,800万円〉72歳男性、週3日のマンション管理員を続ける理由
年金を受け取りながら働き続ける高齢者は珍しくありません。生活費を補うために働く人がいる一方、ある程度の貯蓄があっても仕事を続ける人もいます。収入だけでなく、生活リズムや人とのつながりなど、退職後の仕事に求めるものは、現役時代とは変わっていくことがあります。
「70歳までで十分だろう」退職後に始めたマンション管理員
午前7時半。正一さん(仮名・72歳)は制服に着替え、担当するマンションのエントランスを掃除します。
「おはようございます」
出勤する住人に声をかけ、共用廊下やごみ置き場を確認。電球が切れていないか、設備に異常がないかを見て回ります。
会社員だった正一さんは65歳で退職。その後、知人から「マンションの管理員ならどう?」と聞いたことをきっかけに、現在の仕事を始めました。
妻とは10年以上前に死別し、子ども2人は独立。住宅ローンを完済したマンションで一人暮らしをしています。
年金は月約14万円、金融資産は約1,800万円です。
「働かないと明日の生活費にも困る、というわけではありません。でも年金だけだと、そんなに余裕があるわけでもないんですよね」
管理員の仕事は当初、週5日でした。午前中を中心に働き、手取りは月8万円前後。年金と合わせれば、日々の生活費を貯蓄から取り崩さずに済み、趣味の釣りや友人との食事にも気兼ねなくお金を使えました。
それでも正一さんは、「70歳になったら辞めよう」と決めていたといいます。
現役時代から長く働いてきたのだから、70代まで仕事をする必要はない。貯蓄もある程度残せたため、その後はのんびり暮らそうと考えていたのです。
実際、70歳になる直前、勤務先に退職の意向を伝えました。
ところが、有給休暇を使って数日間仕事を休んだとき、思い描いていた生活との違いに気づきます。
朝は目覚ましをかけず、起きたらテレビをつける。買い物に出ても、昼過ぎには帰宅します。
釣りは毎日行くものではありません。友人にもそれぞれ予定があります。
「3日目くらいで、『今日、誰ともしゃべってないな』って思ったんですよ」
仕事の日なら、住人に挨拶をし、宅配業者や清掃スタッフと言葉を交わします。何気ないやり取りですが、それがなくなる生活を初めて具体的に想像したそうです。
総務省『労働力調査(基本集計)2025年平均結果』によると、70~74歳でも一定割合が就業しており、高齢期に働くことは特別なことではなくなっています。厚生労働省『令和7年「高年齢者雇用状況等報告」』でも、70歳までの就業機会を確保する措置を実施済みの企業は34.8%となっています。
正一さんは退職をいったん取りやめました。ただ、週5日の勤務をそのまま続けるつもりもありませんでした。
月8万円から5万円へ…それでも週3日働き続ける理由
70歳を過ぎてから、正一さんは勤務を週5日から週3日に減らしました。収入は月5万円ほどになりましたが、本人にはそれくらいがちょうどよかったといいます。
月曜日、水曜日、金曜日は仕事。残りの日は買い物や通院、釣りなどに使います。
「週5日のころは、『明日も仕事か』と思うことがありました。でも週3日なら、仕事の日が生活の区切りになるんです」
収入が減ったことで、家計にも変化はありました。
年金月14万円だけで、固定資産税や家電の買い替えといった臨時支出まで含めてすべてをまかなうのは簡単ではありません。
一方、毎月5万円程度の給与があれば、日常の支出を補いながら、貯蓄1,800万円を急いで取り崩さずに済みます。
「貯金があるんだから使えばいい、と子どもには言われます。でも、働けるうちは月5万円でも入ってくると安心なんですよ。そのお金で釣り道具を買ったり、友達と飲みに行ったりするのは気楽です」
正一さんにとって、仕事を続ける理由は「お金ではない」と言い切れるものでも、「生活費のためだけ」と言えるものでもありません。
収入がある安心感と、朝起きる理由があること。その両方がありました。
総務省の統計によると、2024年時点で65歳以上の就業者は930万人で過去最多となり、65~69歳の就業率は53.6%、70~74歳でも35.1%。年齢を重ねても働く人は一定数います。
一方、高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保措置は事業主の義務ですが、70歳までの就業機会確保は努力義務です。72歳の正一さんのように、70歳を超えて同じように働き続けられることが制度上すべての人に保証されているわけではありません。
正一さん自身も、「いつまで続ける」とは決めていません。
最近は、以前より重い物を運ぶ作業を負担に感じる日もあります。体調に変化があれば、仕事を辞めるつもりです。
「80歳まで絶対に働く、とは思っていません。来年もできそうならやる。それくらいでいいんじゃないですか」
高齢期の就労では、生活費をいくら補う必要があるかだけでなく、体力や勤務日数、自由に使える時間とのバランスも重要になります。一定の貯蓄があっても働くこと、反対に収入が減っても勤務日数を減らすこと。そのどちらにも一律の正解があるわけではありません。
現役時代のように「何歳まで働くか」だけを決めるのではなく、年齢や家計の変化に合わせて「どのくらい働くか」を調整することも、高齢期の仕事との付き合い方の一つといえるでしょう。

