“時代を作った人たち”の本音に迫る対談企画「有働由美子のマイフェアパーソン」。今回のゲストは、俳優の石田ひかりさんです。

【画像】演技のこと、家族のこと……石田氏が有働氏に語った

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「私は大谷翔平さん命なんです」

 有働 ひかりさんのYouTubeチャンネル『まぁるい生活』を観ていて、「そうだった、昔風に言うと“お寺のお嫁さん”だった」と思い出して。旦那さんは、私の同期でもあります。

 石田 有働さんと夫とは阪神タイガース仲間でもありますよね。


有働氏と石田氏の対談は終始和やかなムード

 有働 この前も、東京ドームで仲間たちと並んで観戦してきました。

 石田 私も夫の影響で野球好きになりました。全力で応援する阪神ファンを見ているのも楽しい。

 有働 なんて奇特な人(笑)。我々は嫌われる確率も高いのですが。

 石田 有働さんが2年前に始球式をした時、ユニホームに「阪神園芸さんいつもありがとう」と刺繍されていたのが本当に素敵だと思いましたし、そこに目をつける有働さんはファンの鑑です。

 有働 阪神甲子園球場のグラウンドを管理する阪神園芸さんは、ゲリラ豪雨の後も“神整備”ですぐ試合できる状態にしてくれますからね。夫と野球を見ることはある?

 石田 はい。阪神だけでなく、私は大谷翔平さん命なんです。あの努力、人間業じゃないですよね。進化し続ける姿を見られる我々は幸せな時代に生まれたなと感じます。

 有働 あの若さで自分を律することができるのがすごいですよね。

 それでいうと、ひかりさんも1986年に俳優デビューして、今年で芸歴40年でしょう。1992年度後期の朝ドラ『ひらり』や社会現象にもなった1993年のドラマ『あすなろ白書』の主演をしていた頃は、大学生活と両立されていたのですよね。それこそ、大谷選手のように自分を律してきたのでは?

インタビューは32年前

 石田 全然そんなことないです。大学を出るまでは「大学生だし」と言い、結婚したら「子どもがいて忙しい」と言っては“逃げ場”を作ってきましたから。娘2人も成人していよいよ身一つになるまでは、ずっと言い訳しながら生きていたんですよ。

 有働 いやいや。私が最初にインタビューさせてもらったのは1994年、ひかりさんが22歳でつかこうへいさんの舞台『飛龍伝’94』の主演をされた時でしたが。

 石田 はい。その日のことをとてもよく覚えています。銀座のセゾン劇場でしたね。

 有働 スカウトされてアイドル歌手としてもデビューして、映画やドラマの主演が次々舞い込むようになっていたのに、つかさんの舞台をどうしてもやりたいと志願されたのですよね。“逃げ場”という言葉と真逆で、演技への思いが強い人だなと感じたことが印象に残っています。

 石田 牧瀬里穂さんの『飛龍伝’92』を観て心の底から感動しまして。つかさんに「次があるならぜひ私にやらせてください」と直談判しました。「わかったわかった。次はお前でやるからよ」という簡単な口約束でしたので2年間はまったく音沙汰がなく、やっぱりダメかなと思っていた頃に正式にお話をいただきました。

 有働 念願が叶ったわけですね。それが転換点になりましたか?

 石田 もちろん、つかさんとの出会いには大きな影響を受けました。が……、恥ずかしながら、私、つい最近まであまり深く物事を考えることなく人生を送ってきてしまいまして……。

 有働 そう? 忙しいですもんね。

 石田 それが言い訳です! もちろんいただく仕事は一生懸命やってきましたが、それを深く掘り下げたり、振り返って反省したり、先のことを考えたりはあまりしてこなかったんですよね……。

 有働 正直~。大体みんな後づけでそれっぽいことを語るものです。

※約8500字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年10月号に掲載されています(石田ひかり×有働由美子「夫と娘に家事卒業宣言」)。
・ “家事卒業宣言”と家族への思い
・メリル・ストリープの姿に感動

(石田 ひかり,有働 由美子/文藝春秋 2026年10月号)