おなじみの看板

写真拡大

 前編【なぜ人は「CoCo壱番屋」に物申したくなるのか…SNSが荒れる「庶民には手が届きません」批判のウラに“かつての熱心なユーザー”の存在】からの続き──。CoCo壱番屋の親会社であるハウス食品グループ本社が、同チェーンの売却を検討していると報じられた。これにネット上では「CoCo壱は高すぎる」「庶民には手が届きません」「だから客離れが起きたんだ」との反応が相次いだ。しかしながら、こうした投稿は事実を反映していない。【谷頭和希/都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家】(前後編の後編)

***

【写真を見る】カレーファンをめぐって“ココイチ”と競い合う“ライバル”といえば…いずれも看板を見るとお腹が鳴りそうな店ばかり

 営業利益こそ減少してはいるものの、「持っていられない」ほどひどい財務状況だとはいえないからだ。

おなじみの看板

 むしろ売り上げは最高値を示している。それなのに、ネット世論ではなぜか「CoCo壱高くなった」ということで大盛り上がりなのである。

 ここまで来ると、必然的にこんな疑問が出てくる。「なぜ、人々はここまでCoCo壱に物申したくなるのか?」ということだ。

 こういうときは、「いま」のCoCo壱だけを考えていても答えは見えてこない。遠回りのようだが、あえて「むかし」に遡ってみると見えてくるものがある。

 その創業は1978年。第1号店が開かれたのは名古屋市の繁華街ではなく、市郊外の西枇杷島町という場所に誕生した。創業者が「田んぼに囲まれた超三流立地」と振り返っている通り、飲食店としては恵まれた立地ではなかった。しかし、逆にその立地でも店を成り立たせるために、家賃の安さを前提にしながら、店の運営を徹底的に標準化した。

 すでに多くの社会学者が指摘している通り、1960年代以降に進んだ日本の郊外化は、「一億総中流」と呼ばれる時代感覚を、暮らしの風景として定着させていった。1970年代から1980年代にかけ、政府の統計などを根拠とした「一億総中流」と呼ばれる意識が日本を覆ったことは周知の事実である。

CoCo壱と「そこそこの幸福」

 郊外には、衣食が揃ったチェーンストアが数多く誕生し、そこそこの値段で、ある程度のものを買うことができる。そこには、「そこそこの幸福」があった。

 思えば、CoCo壱とは、まさにこの「一億総中流」を体現するような店だったといえる。多くの種類のカレーがあり、トッピングがある。辛さまでをも自分で選ぶことができ、安価なのに、自由がある。まさに、消費社会の極致がそこに存在していたわけである(余談だが、CoCo壱ではフランチャイズの条件の一つに「夫婦」というものがあるという。夫婦で店を切り盛りしてくださいね、ということだ。ここにも、一億総中流的な「家族」の幻影が映っている気がする)。

 さて、ここまで来て、やっと現代に話を戻すことができる。

 CoCo壱が「一億総中流」的な色彩の強い店だったとしても、同店が躍進した1980年代から90年代、日本では徐々に貧富の格差が進んでいった。所得の二極化である(橋本健二氏の一連の著作による)。その格差は2020年代に至るまで広がり続け、さまざまなモノの高騰によって、もはや各種チェーンストアもそうした所得格差に応じた施策を取らざるを得なくなっている。

中流幻想の崩壊

 一例を挙げれば、もともとファミリーレストランは「中流家庭」向けに、ある程度は横並びの値段帯であったのが、ここ10年ほどで「安売り」を押し出す店と、ある程度値段を高くしてその分付加価値の高い体験を提供する店の二極化が進んだ。前者はサイゼリヤやガストで、後者はロイヤルホストなどである。いわば、「横並び」の日本は崩れ、所得格差に応じた店作りがさまざまな場面で進んでいる。

 CoCo壱もそうである。すでに指摘したように、CoCo壱は短期スパンで客単価を押し上げながら、「高付加価値」を押し出す店になった。「カレー一杯で1000円を超える、いや、もっといえば1200円、さらには1500円を超える?」となれば、かつての「中流向けの店」というイメージからは大きく逸脱することになる。

 むろん、これはCoCo壱が悪い、という話ではない。客単価を上げるのも、CoCo壱の経営方針だし、それがうまく進んでいるのならば何もいうことはない。けれど、かつてのCoCo壱の姿を知っている人間からすれば、現在の同店の姿が「かなり変わって見える」のは確かなのである。

 であれば、「変わってしまったCoCo壱」に対して一家言あるのは、なんだか理解できる気もする。

“CoCo壱世代”と“ヤフコメ世代”

 しかも、興味深いのは、初期の同店を支えた客層である。1993年の「フランチャイズビジネス」によれば、CoCo壱の客層は「10代後半から30代が中心で、男性が約7割を占めた」という。

 1980年代~90年代に10代後半~30代だった男性は、現在40代~60代ぐらいになっているであろう。

 そして、それはヤフコメに書き込みを行う中心的な世代でもある。

 2015年にヤフーが発表したブログによれば、ヤフコメの投稿者の80%以上は男性で、中でも30~50歳がその半数以上を占めるという。特に突出しているのが40代らしい。

 10年前のデータなので、現在はその傾向も変わっているかもしれない。ただし、これは筆者の感覚と大きくずれるものではない。私はYAHOO!エキスパートとしていくつかの記事をYahoo!に投稿しており、そこでは記事を見た性別と年齢層を見ることができるのだが、そこでのデータは、ここで述べられていることとおおかた一致している。

 とすれば、「昔のCoCo壱直撃世代」が、同時に「ヤフコメ中心世代」でもある、という見立てを作ることができよう。

 かつての「一億総中流」的なビジョンでCoCo壱を享受していた人々が、2020年代に「脱中流」となったCoCo壱に違和感を覚え、何かを書き込まずにはいられない……。そんなことが起こっているのではないか。

「中流の夢」ノスタルジー

 日本の郊外社会は、一億総中流の幻想を人々に見せながら、さまざまなチェーンストアを産んでいった。その寵児とも言える存在が、他ならぬCoCo壱である。

 しかし、そんな「中流の夢」が現代日本の経済状況に適合し、その姿を徐々に変え始めた。そして、かつてのCoCo壱を知る人々から、ある種のノスタルジーが噴出してきたのである。それが、ネットにあふれるCoCo壱番屋へのコメントとして現れた。だとすれば、CoCo壱へのコメントを書き込む人たちの批判の対象はCoCo壱ではなく、むしろここ30~40年ほどで様変わりした「日本」ということになるだろう。

 ところで、この記事もきっと、Yahoo!をはじめとしたサイトに転載されると思われる。さて、そのときの記事のコメントにはどのようなものがあるのだろうか?もし、そこにもやはり「CoCo壱高すぎる」という書き込みが散見されるなら、やはり批判の対象はCoCo壱そのものではなく、それを取り巻く「日本」へ向けられたものだといえるだろう。

 前編【なぜ人は「CoCo壱番屋」に物申したくなるのか…SNSが荒れる「庶民には手が届きません」批判のウラに“かつての熱心なユーザー”の存在】では、CoCo壱番屋の創業は1978年。第1号店が開かれたのは名古屋で、繁華街ではなく、郊外の西枇杷島町という場所に誕生したことに谷頭氏は注目する──。

谷頭和希(たにがしら・かずき)
都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。1997年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業、早稲田大学教育学術院国語教育専攻修士課程修了。「ゲンロン 佐々木敦 批評再生塾 第三期」に参加し宇川直宏賞を受賞。「東洋経済オンラインアワード2024」でMVPを受賞。著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)、『ニセコ化するニッポン』(KADOKAWA)がある。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。

デイリー新潮編集部