高校生クイズ公式X(@quizNTV)より

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 第1回【「武田信玄の幼名は、武田鉄矢という」…昭和の「高校生クイズ選手権」でワザと間違えた出場者の意図とは 熱気あふれる「87年の地区予選」レポ】を読む

 今年も9月21日(月)に全国大会が放送される「全国高等学校クイズ選手権」(日本テレビ系)。第46回を迎える夏の定番行事だが、1983年のスタート時から参加者たちの熱気はすごかった。一体なぜ高校生たちは猛暑の中でクイズに燃えるのか。1987年8月の中部地区予選をレポした「週刊新潮」の過去記事からは、いまも変わらない高校生の熱気と青春のきらめきを見つけられるはずだ。

(全2回の第2回:以下、「週刊新潮」1987年8月6日号掲載記事を再編集しました。文中の年齢等は掲載当時のままです)

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【写真】「燃えているか!」「NYへ行きたいか!」…高校生クイズとウルトラクイズ、初代&2代目総合MCはどちらも同じ「人気アナ」

本当はガールフレンドを見つけたかった

 参加した高校生たちの、ナマの声を聞いてみよう。

高校生クイズ公式X(@quizNTV)より

「冗談で出てみたんです。ぼくらみたいに無学なのがここまで来れるなんて、ほんと運が良かっただけですよ。ペーパーはほとんどできなかったから、あそこで落ちたと思いました」

 と言うのは、長野県立伊那北高校(2年生)。準決勝で敗退した。

「友達が随分出とるんで、“それじゃあ、オレたちも”と出てみたんです。テレビにも映りたかったし……。でも、本当は1回戦で負けて、かわいい女の子を見つけようと思ったんですよ。それが一番の理由です。そいで、うまくいけば末長くお付合いをと……」

 と、思っていたのに、第2会場まで来てしまったのが、三重県立津工業高校(2年生)。目当ての女の子は、ほとんどが第1会場でUターン。クイズの方も準決勝で負けて、虻蜂取らずになってしまった。

 第2会場まで来た数少ない女子高のひとつが、三重県暁高等学校(1年生)。1次会場で去年の代表チームがトラックに乗って会場に入って来るのを見て、「かっこええなあ、私たちも優勝したいわ」と思ったのだが、惜しくも決勝で敗退した。

サッカーばかりじゃないぞと

 愛知県の代表になったのは、県立安城東高校(3年生)。

「ぼくらの学校は、県レベルで言えば中の上ぐらい。ぼくたちがこの大会に出るのは4回目で、事前の対策として、テレビゲームの三者択一クイズの問題を研究したりしました」

 静岡県代表は、県立藤枝東高(2年生)。決勝で藤枝東に敗れた県立島田高校のメンバーが、「くそお、偏差値で負けた!」と叫んでいたけれど、

「うちはサッカーで有名な高校です。大会に出る時、“サッカーばかりじゃないってことを見せてこい”と友達に言われました。でも、県内では5本の指に入る進学校で、毎年、静岡大に7、80人、東大や京大にも、2、3人は入ってます。去年は電子部の先輩たちが、富士通のゲームソフト全国大会で優勝してもいるんです」

 5つの県代表が決まったのは午後7時近くだった。

「生徒の判断に任せております」

 こうして選ばれた全国49のチームは、全国大会に出場できる。昨年(※1986年の第6回大会)は東京の国立競技場で開かれ、勝ち残った3チームによる決勝は富士山の頂上で行われた。

 優勝したのは、奈良県代表の東大寺学園(3年生)。関西では、神戸の灘と甲陽、京都の洛星と並ぶ進学校である。チームのB君は東大の理科I類に進学し、C君とD君は浪人中。代表してD君が語るには、

「このクイズに応募したキッカケは、ぼくとC君がウルトラクイズのファンだったからです。このクイズは、答えを知っていてもボタンを押す瞬発力がないと駄目なので、地区予選の時にも自分の力が及ばないなあと感じたことがしばしばでしたね」

 優勝が決まってから、

「優勝旗を校長室に飾ってもらったり、2学期の始業式の時に全校生徒の前で表彰してもらったのですが、恥ずかしいようなカッコ悪いような気がした」

 2人が浪人中のため、まだアメリカ旅行には行っていないという。当時の校長だった田中良夫先生も出場に反対しなかったそうで、

「私どもは、大体のことは生徒の判断に任せております。服装も自由ですし、校則もない。クイズに出ること自体、どうこう言ったことは全くありません」

初回から10万人以上の申込み

 過去の優勝校をさかのぼって見てみると、進学校が目立っている。第1回が県立山形南高校で、以下、宮城県立第一女子高校、都立江戸川高校、岐阜県立加納高校、宮城県立仙台第二高校と続く。また、全国の高校5553校のうち、応募したことがない高校は約800。東京では33校が不参加校である。

「クイズ選手権に出場する高校生は、全体的な傾向から見て優等生が多いですね。真面目でおとなしい学生が多いようです。出場を禁止する高校もありますが、クイズの問題自体、質のいいものが多く、それで学校の方も認めてきてくれている傾向がありますね」

 と、篠崎安雄プロデューサーは言う。日本テレビの別のスタッフも、

「どのくらいの人数が集まるかが不安材料のひとつでしたが、初回から10万人以上の申込みがあったので驚きましたよ。やはり、代表に選ばれると上京できる、というのがひとつの魅力のようです。今年(※1987年の第7回大会)、中国地方の代表になった米子東高の女子チームは、まだ一度も東京へ来たことがないらしく、はしゃいでいました。大会に出場するまでの道のりを、修学旅行のように楽しみながらやっているわけです」

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「スタンドを出たところでふらっと倒れちゃったんです」--第1回【「武田信玄の幼名は、武田鉄矢という」…昭和の「高校生クイズ選手権」でワザと間違えた出場者の意図とは 熱気あふれる「87年の地区予選」レポ】では、1987年8月の関東地区予選で倒れた生徒の証言などを伝えている。

デイリー新潮編集部