「最近の受講生は、レッスンで積極的に自分の意見を言うようになった。創造性を高めるうえでは大事なこと」

 チェロ奏者で文化勲章受章者の堤剛(84)が、26年間務めてきた霧島国際音楽祭の音楽監督を、今夏の第47回音楽祭をもって退任した。

 国内で最も歴史のある音楽祭の一つで、若手演奏家の育成を柱に掲げてきたことへの思いと意義を語った。(後田ひろえ)

 同音楽祭は1980年、ドイツのバイオリニスト、ゲルハルト・ボッセらを招いて鹿児島県の霧島高原で始まった。当時は講習会を軸とする音楽祭は珍しく、国内外の一流の音楽家から直接指導を受けられる場として定着。堤は91年から講師や奏者として参加し、2001年にボッセから音楽監督を引き継いだ。「最初のうちは受講生のほとんどが日本人だったが、今は非常にインターナショナル。素晴らしい先生方も霧島に集い、人の輪が広がっている」と手応えを語る。

 堤自身も、若手の育成を音楽家としての柱としている。音楽祭では「技術的、人間的に自立した音楽家を養成する」という理念のもと、人間教育にも力を注ぐ。「マスタークラス(講習会)の本質は、その人の持つ素晴らしいものを見抜き、伸ばすこと。演奏家としてだけでなく、一人の人間を育てていく。それが社会を豊かにすることにもつながる」と力を込める。

 当初民間主導だった音楽祭には、現在、鹿児島県も主催に加わる。霧島が歴史を刻み続けてこられたのは、今回で延べ5300人を超える講習会の受講生が、やがて演奏家や講師となって音楽祭を支えるサイクルができていることも大きい。今年の第47回音楽祭(7月24日~8月9日)は、受講生出身の人気ピアニスト牛田智大がブラームスを弾いて会場を盛り上げた。

 温泉郷や深い森、地元住民の温かさといった霧島の風土は、音楽祭のかけがえのない土壌になっているという。「音楽の本質はコミュニケーション。霧島の環境の中で『一緒に音楽をやろう』という雰囲気にあふれ、その中で生きた音楽が生まれる」。音楽監督は退くが、次回以降も講師として参加するつもりだ。

 次期音楽監督には、イギリス出身のチェロ奏者、クライブ・グリーンスミスが就く。弦楽四重奏団「東京クヮルテット」でも活躍し、米コルバーン音楽院教授を務める。「霧島は、音楽の情報発信基地。新しいことに挑戦し、次世代の演奏家だけでなく、次世代の聴衆も育ててほしい」と期待を寄せた。