【小林 啓倫】若手は育たず、ベテランは消えていく…AI導入を急ぐ銀行が直面する「深刻すぎる落とし穴」

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スイスの金融大手UBSは、2027年入社の新卒・インターン採用にAIスキルを必須条件とし、学位や成績に加え、AIを活用できる能力を求める方針を発表した。業界全体がAI導入を進める中、欧州の他行も同様の動きを見せており、若手人材の採用基準が変化している。この背景には、AIによる業務効率化が進む中で新人の役割が減少する懸念が存在している。

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「基礎を知らないバンカー」が量産される日

若手の採用枠がどれほど縮んでいるのか。Bloombergが2026年6月に伝えた、McKinsey & CompanyのAI部門QuantumBlackのシニアパートナーであるデバシシュ・パトナイク氏の分析によれば、銀行は若手アナリストの採用クラスを最大3分の2まで削る一方で、AI人材の約62%をまさにその若手層から調達しているという。新卒の採用枠は「縮むだろう」が、銀行が新卒を完全に手放すことはないとパトナイク氏は見る。その理由を同氏はこう表現した。「銀行業は徒弟制のビジネスだ。今日の若手アナリストが、明日のマネージング・ディレクターになる。シニアの判断力を横から製造することはできない」。

同じ懸念を、より率直に口にしているのが、JPMorgan ChaseでEMEA地域の共同責任者を務めるコナー・ヒラリー氏だ。Irish Times紙の報道の中で、ヒラリー氏はこう語っている。「AIをめぐるこの熱狂と興奮のなかで、私たちが非常に注意しなければならないことが1つある。人々が基本の理解を失わないようにすることだ」。キャッシュフローのモデリングや評価倍率の計算といった基礎的な作業を若手が飛ばしてしまえば、「私たちは将来に大きな問題を溜め込むことになる」というのが同氏の見立てである。

ここに、UBSの新方針が抱える構造的なジレンマがある。新人にAIの活用力を求めるということは、新人がAIに任せる作業を増やすということだ。しかしその作業こそが、これまで新人を一人前にしてきた訓練の場だった。財務モデルを自分の手で組んだことのない人間が、AIの作った財務モデルの誤りに気付けるのか。ピッチブックを何十回も直した経験のない人間が、AIの生成した提案書の「もっともらしい間違い」を見抜けるのか。スタンフォードの研究者らが指摘する通り、AIが得意なのは形式化された「コード化された知識」であり、若手が下積みで身に付けてきたのは経験からしか得られない「暗黙知」である。前者を機械に渡したとき、後者をどう継承するのか。この問いに、業界の誰一人として答えを出せていない。

UBSがAI Fluency Pathwayの中身として「責任ある適用」と「健全な判断力」を掲げているのは、この問題を同社も認識している証拠と読むのが自然だ。U.S. Bankが面接で「結果をどう検証したか」と問うのも同じ理由だろう。AIの出力が信頼できるかどうかを判断する力は、AIを操作する力とは別物である。そして判断力は、判断を誤った経験の蓄積からしか育たない。若手からその経験の機会を奪いながら判断力を求めるという矛盾を、採用要件の一行で解消することはできない。

若手は入り口で止まり、ベテランは出口から消える

見落とされがちな論点がもう1つある。経験の流出は、入り口だけの問題ではない。コンサルティング会社SolomonEdwardsで銀行部門を率いるカリッサ・ロブ氏は、FinAi Newsの記事において、米国のファイナンシャル・アドバイザーの約4割が今後10年以内に退職し、その4分の1超では後任の計画すらないというWolters Kluwerの調査を引きながら、こう警告している。「組織の知識を失えば、あなたのモデルもエージェントも、例外的なケースや複雑な判断では決して成功しない」。ロブ氏によれば、退職の波はAI以前から始まっていたが、自動化がその賭け金を引き上げた。ベテランが持つ「歴史的な文脈」こそ、AIに教え込まなければならないものであり、それを持つ人が去ってからでは遅い。

そしてロブ氏は、こう釘を刺す。「ベンダーは技術を所有するが、リスクを所有するのはあなただ。銀行がリスクを持ち、銀行が判断を持ち、銀行が結果を持つ」。若手は下積みで経験を積めず、ベテランは退職していく。その両端が同時に起きたとき、AIの出力を最終的に引き受けるべき「判断」は、組織のどこに残るのか。

この問いは、リスク管理の観点からも無視できない。前述のMorgan Stanleyのリポートは、欧州の銀行で削減が集中するのはリスク管理やコンプライアンスを含む管理部門だと見ている。つまり、AIを使う側の若手が増える一方で、AIの使われ方を点検する側の人員は減る。「責任を持ってAIを使える」ことを個人の資質として採用時に問うのは、組織として点検機能を薄くする動きと表裏の関係にあるとも言える。個人のリテラシーに依存する統制は、統制としては脆い。「新人がAIに強いから大丈夫」という理屈で点検の人手を削った銀行が、最初に足をすくわれることになるだろう。

日本の「新卒一括採用」こそ、真っ先に崩れる

日本の金融機関にとって、UBSの一件は対岸の火事ではない。むしろ、新卒一括採用と長期のOJTを組み合わせてきた日本型の人材育成は、UBSが直面したジレンマを最も濃い形で抱えている。日本の銀行や証券会社は、大学での専攻を問わずに採用し、入社後の下積みで一人前に育てることを前提にしてきた。パトナイク氏の言う「徒弟制」を、日本の金融機関は制度として組織の中心に据えてきたと言ってもよい。その下積みの中身が、まさにAIの得意分野なのである。つまり日本型の育成モデルは、AIによって土台から掘り崩される最初の候補だ。

日本のメガバンクも、AIへの投資自体は加速させている。みずほフィナンシャルグループは2026年4月、自社サービス向けAIの開発を担う専門人材を2026年度中に2倍の400人規模へ増やし、2028年度までの3年間で最大1,000億円を投資すると発表した。金融知識と関連法令を学習させた独自モデル「みずほLLM」を核に、法人向けにはM&Aや事業承継といった高度な提案業務にAIを活用するという。しかしこうした投資が、数百人のAI専門人材の話にとどまるのか、それとも毎年数百人単位で採る総合職の全員に及ぶ話なのか。UBSが問うたのは後者である。

日本の経営層と人事部門が考えるべきことは、少なくとも3つある。第1に、採用要件だ。AIの活用経験を問うのであれば、何をもって「責任ある利用」と評価するのか、その物差しを面接官が持っているかが先に問われる。U.S. Bankの「結果をどう検証したか」「人間の判断が必要な場面をどう見極めるか」という問いは、そのまま日本の面接官自身に向けても成り立つ問いである。第2に、育成設計だ。AIに任せる作業と、あえて人の手で経験させる作業を切り分け、後者を「非効率だから」と削らない覚悟が要る。ヒラリー氏の言う「基礎」を、誰が、いつ、どうやって次の世代に渡すのかは、研修プログラムの設計ではなく経営判断の問題だ。そして第3が、統制の設計である。AIリテラシーを個人の資質として採用時に求めるだけでは、組織としてのAIリスク管理にはならない。使う側の若手が増え、点検する側が減る構図を放置すれば、統制の空洞化は、誰にも気付かれないまま進む。

UBSの新方針は、若手を採り続けるための工夫であると同時に、若手を育てる仕組みが壊れ始めたことの自白でもある。AIを使える新人を採ることと、AIの間違いに気付ける人材を育てることは、同じではない。日本の金融機関が2027年の採用要項にどんな一文を書き加えるか、そしてその一文の裏でOJTをどう作り直すのか。問われているのは、採用の基準ではなく、組織が経験をどう継承するかという設計そのものである。UBSの「最後通牒」は、日本の金融機関にも、すでに届いている。

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