ひとりのライバーが話題だ。茜羽さん(30歳)、176センチの長身と抜群のプロポーションが目を引く。3サイズがまったく同じ“リアル峰不二子”だ。その素性は、荒木茜羽としてバドミントンの国際大会で4度の優勝を飾った生粋のアスリート。スポーツ選手を引退後、彼女はなぜセカンドキャリアにライバーを選んだのか。

【画像】「女性を捨てて」ストイックすぎる生活を送った現役時代から一変…! 抜群のプロポーションで“リアル峰不二子”と呼ばれるようになった元バドミントン選手・茜羽さんの写真を一気に見る


写真は本人インスタグラムより

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引退後、元選手を全員ブロックしてライブ配信を開始

--茜羽さんは、バドミントンの国際大会を4度制し、日本代表選手にも選出されるなど、その活躍を知られるアスリートです。現在のライバーという職業を選ぶことを意外な気持ちでみたファンも多かったのではないかと推察します。

茜羽 そうかもしれません。事実、同じくバドミントン選手で世界選手権を制した母からも、「ライブ配信なんてやめて」と言われたことがあります。現在では、バドミントン界もかなり柔軟になっているようですが、私が引退した2020年の時点では非常に堅い雰囲気が残っていて、ライブ配信のような“芸能っぽいこと”を嫌う風潮があると感じていました。選手は染髪禁止、微小なアクセサリーもダメで、SNSも禁止されていたと記憶しています。

--しかし、結果的に周囲の反対を押し切って、茜羽さんはライブ配信活動をします。

茜羽 2020年1月に現役引退し、2~3カ月後にはライブ配信を開始していました。現役引退時は実家に戻っていたんですが、先ほど申し上げたように母からも理解されなかったので、東武練馬にある風呂焚き機能もないような家賃6万円のアパートを借りて、スマホ1つで配信を始めましたね。

 その際、現役のときに繋がっていた元選手は全員ブロックしました。

--なぜでしょう。

茜羽 理解が得られないと思ったからです。また、彼ら彼女らから説得されても、私は配信を辞めようと思わないこともわかっていたので。

--なぜそれほどまでにライブ配信をしたいと思ったのでしょうか。

茜羽 稼ぎたいと思ったからです。バドミントン業界では、そこまでの金額を稼ぐことは難しかったですからね。くわえて、ちょうどコロナ禍とも重なって、「これからはライブ配信の時代がくるだろう」という予感があったことも大きかったですね。

 あと、小学生くらいから芸能に対する憧れは非常に強く持っていたので、根本を辿ればそこに行き着くのかもしれません。

--トップアスリートのセカンドキャリアとして、たとえば選手を指導する立場になる、あるいは所属チームの会社に社員として残るなどの道もあったと思います。

茜羽 そのとおりです。事実、多くの引退した選手たちがそうした道を選びます。あるいは、国際大会への出場経験が豊富である場合には、現役選手たちの通訳などの仕事に就くこともあります。母からは「語学学校に通って中国語を身につけて、通訳などの堅実な仕事に就いてほしい」と言われていたし、そんな道もあったかもしれません。

--その道を選ばなかったのは、先ほど伺ったご自身の「予感」がすべてですか。

茜羽 うーん、なんでしょう。自分自身のこれまでを振り返ると、7歳で始めて、小・中・高とずっとバドミントンコートのなかで闘ってきました。ただ、本当の私は、あまり勝負事が好きではないと感じる場面も多々ありました。たとえば小学生のときは、負かした相手が泣き崩れてしまって、悪いことをしたわけではないのにバツが悪いと思ったことがありました。負けて泣く相手に感情移入してしまうんです。

 年齢が進むにつれて練習が厳しくなり、そんなことに思いを馳せる余裕もなくなりましたし、「むしろ、私が負けたほうが、ここまで熱量を注いでくれた母やコーチが可哀想だ」と心を鬼にして相手を打ち負かしてきました。ある意味では、私は母、コーチ、そして日本代表のときは国のために、勝負をしてきて……。

--心の奥底では、バドミントンが好きにはなれなかった。

茜羽 複雑な思いがあって、一言で言い表せません。バドミントンのおかげで変われたし、母にも本当に感謝しています。けれども、バドミントンそのものを純粋に好きだったかと言えば、好きではなかったかもしれません。それがバドミントン以外の道を選んだ一つの理由かもしれません。

「現役時代と顔が違う」…ネット上で囁かれる整形疑惑

--ライバー転身後、そのプロポーションが注目を集めました。ネット上では「現役時代と顔が違う」などと言われ、整形疑惑もありますが。

茜羽 現役時代の私を知ってくれていることは嬉しく思います。ただ、整形疑惑についてはまったくの事実無根と言うか……。

 現役時代、先ほどお話ししたとおり、私が“鎧”に身を包むことで、何とか残酷でシビアな勝負の世界を生き抜いてきました。「いかにイカつく見られるか」だけが課題であり、歩き方も到底女子とは思えないような大股で、頭にも剃り込みを入れていました。

 当然、体重は現在より15キロも多く、それでいて体脂肪率は10%ほどしかありませんでした。現在は20%台で調整しており、身体は女性らしいしなやかさを取り戻せたと思っています。

 このように、何もかも変わるので、人相や顔貌が変わるのは当然としか言いようがありません。

性的に見られることは「それが武器になると思っています」

--ライバーとして、選手時代は見せなかったような露出度の高い衣装も着ていますが、特に抵抗はないですか。

茜羽 ただの露出ではなく、スポーツ経験に裏打ちされた肉体美が私の売りだと考えているので、特に露出が嫌だと思ったことはありません。それに、男性から性的な目で見られることはわかっているので、そうしたきっかけで私を知る人がいてもいいとは思っています。

--男性の視線が気になることが多かったのでしょうか。

茜羽 海外遠征のときに男性選手からホテルに誘われることもありました。もちろん、行きませんが。

 原体験はもっと古くて、中学生のころ、複数の男子同級生から「脚を舐めたい」とか気持ちの悪いメールが届くようになったんです。

--不快感もあったのではないでしょうか。

茜羽 当然ありますよ、「男子って気持ち悪い」と思っていました。それで同級生の女子に相談しても、「そんなこと言われたことないよ、茜羽ちゃんだけじゃない?」と言われてしまって。もしかすると、自分には男性を欲情させるものがあるのかもしれないとは、薄っすら思っていました。だとしたら、それが武器になるとも思っています。

--かなり恋愛経験も豊富そうですね。

茜羽 とんでもない! はじめて彼氏ができたのは、25歳のときです。15歳以上も年の離れた男性で、「現役時代に恋愛しなかったから、今しないと」と焦ってくっついた感じですから。その人とも数週間の関係で終わりましたしね。

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(黒島 暁生)