ヒロシは冠番組でも“キャンプ”を楽しむ(「ヒロシのぼっちキャンプ」公式サイトより)

写真拡大

今年8月、お笑い芸人のヒロシと、アウトドア用品ブランド「笑’s」のトラブルが話題となった。

両者のSNSでの発信に基づき、経緯を簡単に振り返るとこうだ。ヒロシが「笑’s」に「作りたい具体的な形を提示」したうえで、焚き火台の制作を依頼。ところが「笑’s」が「(自社で)同じものを作る」と言い出した。これに対しヒロシが難色を示したところ、結局、契約書段階で反故にされたという。

要は、ヒロシは自分が考えた焚き火台のデザインを、「笑’s」に盗まれたと主張しているということだ。

これに対し、「笑’s」は長文で反論。ヒロシから受けた依頼に基づき、「無償で企画設計」「ゼロベースから構造やデザインを考え」「サンプルを創り」、ヒロシとの合意のうえ、材料を発注したところで、契約書の話が出たという。

そして、ヒロシ側の提示した条件は「知的財産権は、図面に関するものも含めヒロシ側に帰属する」などといった内容で、同社からすれば納得できるものではなかった。このため契約が破談になり、「笑’s」はヒロシのコンセプトに改良を加えて自社で発売したというのである。

この反論により騒動は収まったかのように見えたが、その後も「笑’s」には中傷の書き込みが寄せられたといい、同社は被害届を出すことを表明している。

実はこうしたトラブルは、ものづくりの世界において、大小あれど日常茶飯事であり、誰でも巻き込まれる可能性がある。この出来事を教訓として、トラブルを防ぐ備えを考えよう。(本文・友利昴)

ヒロシが先に意匠出願しておけばよかった?

両者の言い分から、どちらも製品企画・デザインは自分のものだと思っていることがうかがえる。このような認識のズレを起こさないために、よく言われるのが以下の助言だ。

「アイデアやデザインを他社に提案するなら、先に特許や意匠を出願しておくべきだ。そうすれば、自分に権利があることを前提に交渉できる」

正論であり、それができるに越したことはない。しかし、特許事務所に特許出願を頼めば最低でも50万円、意匠登録するにも20万円程度かかる。自信がなければ、なかなかつぎ込めない金額である。

しかも、出願しても、審査を通過せず登録にならない可能性も大いにある。交渉する分には「出願中です」と言っておけば優位に立てることは多いが、相手方企業に知財部門があったりすると、「これはまず登録になりませんね」と見抜かれてしまうこともしばしばだ。

また、仮にヒロシが意匠登録に20万円出すと決めたとしても、口頭や文章での説明や、漠然としたイラスト程度のイメージ図では意匠出願はできない。手続き上、出願には製品の図面か試作の写真が必要だからだ。

ヒロシのイメージに基づき、焚き火台の具体的な図面や試作をつくったのが「笑’s」なのであれば、ヒロシが事前に単独で意匠出願するのはそもそも難しかったのではないだろうか。

コラボが雑談から始まると、契約の話を切り出しにくい!

「せめて、制作に入る前にきちんと契約書を交わして、デザインの帰属や独占の範囲について誤解が生じないよう、あらかじめ決めておくべきである」

これも、いかにも会社の法務部や弁護士が言いそうな正論である。ごもっともであり、なるべくそうすべきなのは間違いない。よく使われるのは「秘密保持契約書」だ。提案するデザインについて、たとえば「製造適正の検証(※)以外の目的で利用してはならない」といった契約をあらかじめ交わしておく。勝手に製造すれば契約違反になる。

※製品が、設計通りの品質を維持しながら工場の設備や人員で適正に量産できるかを評価・検証するプロセス

あるいは、対等な立場であることを前提にするなら「共同開発契約書」という手もある。「共同開発によって生まれたデザインや機構などの知的財産は共有とする」という内容で合意しておけば、後々揉める可能性は低くなるだろう。

問題は、このような契約交渉をスムーズに切り出せるかどうかだ。かしこまった商談から始まる共同事業なら契約の話もしやすいが、しばしば、コラボビジネスは雑談やその場のノリがきっかけで、なんとなく動き出す。

ヒロシと「笑’s」の担当者は、何度か一緒にキャンプに行く間柄のようで、今回の依頼も、LINEでのラフな連絡がきっかけだったようだ。四角四面に「そういうお話なら、まずは契約書から始めましょう」と返せる雰囲気ではなかったことも、容易に想像できるではないか。

このようなシチュエーションでは、「良好な関係を維持したい」「ビジネスの勢いを削ぎたくない」という感情がはたらき、権利やお金の話は後回しにされがちである。それでも、最終的に話し合ってウマく着地できることも多い。ところが、今回のように、実はお互いの思惑が大きくズレており、後戻りができなくなったところでギャップが顕在化すると、破談やトラブルが待っている。

ヒロシは「笑’s」を「下請け」だと考えていた?

「笑’s」の証言する、ヒロシ側の契約条件からすると、ヒロシは、同社を下請けの設計・製造委託先のように考えていた節がある。製造委託・受託者の関係性では、「委託者が自由に使うための製品を、受託者に作らせる」という構図が前提になる。そのため、成果物の知的財産をすべて製造委託者に帰属させ、著作者人格権なども行使させない、とする契約は一般的に多いのだ。

もっとも、こうした契約慣行自体、むやみに肯定できるものではない。受託者の創作したデザインなどを、委託者が当然であるかのように“搾取”するような取り引きは、場合によっては独占禁止法等に抵触するものとして、公正取引委員会や経産省などが是正を呼びかけている。

一方、「笑’s」は、ヒロシ側の提案に強く反発した様子だった。自社をヒロシの下請けとは思っておらず、もっと対等なパートナーシップを期待していたのではないだろうか。それなのに「知的財産権はすべてヒロシに譲渡。その対価は製造委託料に含まれる」という書面を突きつけられれば、ショックだろう。

メールやLINEでもいいから、権利とお金の話はしよう!

このような不幸なボタンの掛け違いを防ぐために必要なことは、おカタい契約書でなくてもいいから、メールやLINEなど、後から振り返ることのできる形で、権利とお金の話くらいは合意しておくことだ。よくある誤解だが、必ずしも、判を押した契約書がなければ合意が成立しないというわけではない。何らかの形で合意がなされ、それが後から立証できれば、トラブル防止には十分である。

契約書の話を切り出すのは億劫だとしても、LINEでひと言、「デザインの権利はうちにあるということでよいですか?」「設計と、試作をつくるのに●●円くらいはかかりますが、負担していただけますか?」くらいの質問はすべきである。そこでお互いの考えにギャップがあることが分かれば、コストをかけて設計する前に、認識をすり合わせるチャンスが生まれるのだ。

「笑’s」は、ヒロシからのLINE連絡を受けて「もう嬉しくて無償で企画設計」「3か月ほどかけて新たな構造を考え試作」したのだそうだが、いくら舞い上がったとはいえ、何の約束もなしに設計や試作に踏み切るのはウカツではなかったか。まぁ親しい間柄では、信頼関係があるがゆえに、ある程度なら自分の懐を犠牲にしてサービスしてしまうケースは少なくないのだが。

ヒロシもヒロシで、「自分が信頼されているからこそ、相手は善意でここまでやってくれた」と感謝の気持ちを持てば、終盤になってビジネスライクで横柄な契約条件を提示することもなかったのではないだろうか。

どちらかが一方的に悪いということではなく、お互いに権利やお金の話を曖昧にして合意を後回しにしてしまったゆえの不幸な出来事のように思えてならない。他山の石としたい。(敬称略)

■友利昴(ともり・すばる)
作家。企業で知財実務に携わる傍ら、著述・講演活動を行う。ソニーグループ、メルカリなどの多くの企業・業界団体等において知財人材の取材や講演・講師を手掛けており、企業の知財活動に詳しい。『明治・大正のロゴ図鑑』『知財部という仕事』『エセ著作権事件簿』の他、多くの著書がある。1級知的財産管理技能士。