巨人ライデル・マルティネス「弁当って何。みそ汁って何…」泣きながら走った「日本式」で史上最速250セーブ
◆JERAセ・リーグ 巨人5-3中日(10日・東京D)
巨人が中日を下し、5年連続の勝ち越しを決めた。2点リードの9回を締めたライデル・マルティネス投手(29)が12球団トップの今季38セーブ目を挙げ、NPB史上6人目、外国人選手としては初の通算250セーブ(中日166、巨人84)を達成した。佐々木主浩(横浜)の435試合を抜き、プロ野球史上最速の411試合目で「名球会」入りの条件をクリアした。打線は同点の8回に泉口が勝ち越し打。貯金を今季最多の13とし、試合が雨で流れた首位・阪神とは1・5差に迫った。12日は本拠で阪神との直接対決に臨む。
自信に満ちていた顔が崩れた。「野球で一番難しい」という最後のアウトを奪い、マルティネスが球史に名を刻んだ。史上最速、最年少での偉業到達。「まさかこんな記録を達成するとは。感謝でいっぱい」。大歓声を一身に浴びて、お立ち台で涙した。
勝ち越した直後の9回をわずか5球で3人斬り。今季50登板目で12球団トップ38セーブとした。中日時代の19年に挙げた初セーブから8年。助っ人投手で初めて名球会入りの条件を満たした。王手をかけてから5試合。「ドラゴンズでキャリアを開始し、学校と言っていいほどたくさんのことを学んだ。脚本は書いてない。彼らを相手に達成する運命だった」と古巣に頭を下げた。
初来日は20歳。人生で初めて乗る飛行機におびえながら「とにかく1年」と挑戦を始めた。背番号211の初年度は、先発で2軍での防御率は5・96。中日の練習量に絶句し、疲れを癒やすはずの食事も見たことのない日本食ばかり。「弁当って何。みそ汁って何…」。白米とバナナを口に押し込む毎日。「もう耐えられない。帰りたい」と嘆いた。
ナゴヤ球場で泣きながら走った翌年。中日のユニホームを着てキューバ代表の練習に参加した。淡々と走っていたつもりが、5周のランニングで周りをごぼう抜き。息も上がらず2周近く差をつけてゴールした。球速、遠投の数値も代表トップ。「日本式の練習」はうそをつかないと知った。
2人の恩人に人生を変えてもらった。中日2年目の沖縄キャンプ。ブルペンで森繁和監督に呼ばれた。「もっと球に自信を持て」。その時に今の宝刀・スプリットを教わった。3年目の交流戦以降は与田剛監督が抑えに固定。「君がクローザーだ。自分を信じてやれば大丈夫」。投手に最も必要なのは「自信」だと学んだ。
7歳で野球を始めた時は三塁手。試合を支配できるポジションに惹(ひ)かれた。今はクローザーに魅了され「試合の最後を締めくくる、あの感覚。アドレナリンが出るあの興奮が大好き」。まず1年、で始まった異国の生活も10年目。メジャー挑戦の気持ちもなかったわけではない。「でも日本で野球をするのが好きだから。米国に行けば家族に会えなくなるリスクもある」。球界では異例の4年総額50億円以上という超大型契約にも慢心はない。「生涯・巨人」を目標にしている。
富も名声も得た。3年連続4度目のセーブ王はほぼ手中。250セーブを成し遂げた自分へのご褒美は「日本一」だと言った。「野球は人生そのもの。まだ道はたくさん残っている」。全てが通過点の29歳。脂はこれから乗ってくる。(堀内 啓太)
【高木豊Point】 5球でセーブ。あっけないくらいの偉業達成だったね、マルティネスは。中日に入団したころはクイックができなかったが、できなければ日本では通用しないと知り、一生懸命に取り組んだ。その謙虚さが、最速記録の要因だと思う。走り込みも研究も、すべてにおいてまじめ。素質に加えて努力も怠らない。鬼に金棒の守護神だね。(スポーツ報知評論家・高木 豊)
◆ライデル・マルティネス(Raidel Martinez)1996年10月11日、キューバ生まれ。29歳。国内リーグから2017年2月に育成選手として中日入団。18年4月に支配下選手登録。20年に球団最速記録を更新する161キロを計測。25年に4年総額50億円以上(推定)の超大型契約で巨人加入。22、24、25年に最多セーブ。17、23、26年WBC、19、24年プレミア12キューバ代表。193センチ、93キロ。右投左打。既婚。
