77歳デビュー。年の功が生きるプレイリストを作成 大好きな映画と読書で「英語脳」を磨く…91歳DJの「頭の使い方」
「脳老化を防ぐ」なんて、考えたことはありません。年をとったら、もの忘れが増えるのは当たり前。いちいち気にしても仕方ないと思っています。そんな私ですが、よく人から「お元気ですね」「お若いですね」と言われます。振り返ってみると、日々の生活のなかで「脳にいいこと」を自然とやっているのかもしれません。
私は東京の高田馬場で、「餃子荘ムロ」という飲食店を、長年営んできました。ジャズミュージシャンだった父が、1954年に始めた店です。今は店を甥に任せて、月に1~2回、新宿・歌舞伎町のクラブでDJをしています。DJネームは「DJ SUMIROCK」。83歳のとき、「最高齢のプロフェッショナルクラブDJ」としてギネス世界記録に認定されました。
DJを始めたのは、77歳のころ。きっかけは、ワーキングホリデーで来日したフランス人の青年、アドリアンを私の家に居候させたことでした。彼はイベントの仕事をしていて、「餃子荘ムロ」でもDJイベントを開くようになりました。

転機になったのは、アドリアンの「純子もDJをやってみない?」というひと言でした。正直、当時はDJに興味はなく、「変わった音楽をやっているな」という程度でした。ところがターンテーブルを触って興味のないことでも、やってみると意外と楽しいものです。DJスクールがあると聞みたら、すっかりハマってしまったのです。
いて、早速通い始めました。機材の使い方やDJの技術は、そこで学びました。機材については、今でもわからないことがたくさんあります。困ったときは友人やパソコンの先生に聞いて、助けてもらっています。
DJの出番は、たいてい深夜2時ごろ。クラブがいちばん盛り上がる時間です。DJの仕事は、曲から曲へ途切れなくつないで、遊びに来てくれたお客さんを盛り上げること。お客さんの反応が、その場ですぐに返ってくるのが醍醐味です。料理を食べたお客さんが、「おいしい」と言ってくれるのと同じだなと思っています。
DJをやっていてよかったと思うのは、知り合いがたくさん増えたことです。私の4分の1しかない年齢の若者が、「ファンです」と声をかけてくれることも珍しくありません。でも、相手の年齢がいくつかいちいち気にしないほうが、若い人とも楽につきあえますよ。DJを始めたころ、甥が「あなたは小さくて目立たないから」と、スパンコールがついたキラキラした衣装をたくさん買ってくれました。そういったおしゃれも楽しいものです。
その場で曲を選びながらプレイする人もいますが、私はテーマを決めて事前に準備していくタイプ。このプレイリストづくりが、いちばん頭を使います。先日は「テクノ餃子」というパーティーだったので、テクノを選びました。ダフト・パンク、クラフトワーク、イエロー・マジック・オーケストラ……。長く生きてきたぶん、若い人が思いつかない曲をミックスできるのが自分の強みだと思っています。
■俳優の英語を聞きたくて映画は必ず字幕で観る
普段の生活で頭を使うのは、手紙の返事を書くことです。昔から店に通ってくれている古いお客さまが、今でも手紙をくださるんです。お返事は必ず手書きで書くようにしています。けっこう大変なので、ついたまりがちになってしまいますが、ありがたいことだと思って机に向かっています。
外国の友人たちとは、よくメールのやりとりをしています。若いころに津田英語会に通ったり、外国の会社に勤めたりしたことがあるので、英語はそれなりにできるんです。海外メディアの取材を受けたときは、記者からの質問にすべて英語で答えました。英語は使わないとすぐ忘れてしまうので、進んで使うようにしています。
映画を観るのも好きです。ただし、吹き替えでは観ません。俳優本人の声をちゃんと聞きたいからです。最近のお気に入りは、ドラマ『BONES』。登場人物の職業や育ちによって、使う言葉が違うのが面白いなと思います。最後まで観終わったら、次は英語の字幕にして、目と耳で勉強しようと考えています。
本を読むのも好きです。今は、ルイス・キャロルが手書きしたという『地下の国のアリス』の複製本を読みながら、自分なりに日本語に訳しています。なかなか進みませんが、コツコツと続けています。

チェロや油絵も、年をとってから始めました。「手先を使うのが得意なんですね」と言われますが、そんなことはありません。本当は不器用で、絵の先生にも「下手の横好きですね」と言われました。まったくその通りだと思います。ただ、それでもあきらめてはいません。不器用だけれど、執念深いのかもしれません。
外出もなるべくするようにしています。インターネットの情報には頼らず、自分の勘でおいしい店を探すのが好きです。最近は雑居ビルの7階にあるネパール料理店が当たりでした。一人で入るのも平気です。たまに「よく一人で入れるわね」と驚かれますが、友人と「どうする?」と迷っているより、一人でさっと入って、さっと食べるほうが性に合っています。私は小さいころからおとなしいほうでしたが、冒険心だけはあるようです。
■忘れてしまった買い物はまた買いに行けばいい
一見、健康そのものの私ですが、2021年1月に脳出血で倒れて、2カ月ほど入院しました。幸い発見が早く、後遺症はほとんどありません。ただ、人の名前がとっさに出てこないことはあります。たとえば、大好きな俳優のトミー・リー・ジョーンズの名前が出てこなかったりして、これも年相応の老化だと思っています。予定や買わなくてはいけないものは、カレンダーへ書き込んでいます。それでも忘れることはあります。でも、また買いに行けばいいんですよ。

もし認知症になったとしても、自分ではどうにもできません。人に迷惑をかけたくないなとは思いますが、それも仕方ないことだと思っています。大事なのは過去でも未来でもなく、今です。だから、嫌なことはぜんぶ忘れてしまいます。起きてしまったことを後悔しても、どうにもなりません。演歌が好きではないのも、過去の苦労を切々と歌い上げるところが「Toomuch emotion」だから。
楽しく生きるためのモットーは、他人の意見に惑わされないこと。人に迷惑をかけなければ、何をしたっていいんじゃないですか。高校時代は、制服を一度も着ませんでした。先生に注意されても、その場だけ「わかりました」と言って、翌日からまた好きな服を着ていく。そういう性分なんです。
オープンマインドでいることも、楽しく生きるコツだと思います。DJを始めたのも、フランス人の青年を居候させたことがきっかけでした。年齢や、性別や、国籍を気にしたことはありません。父も面倒見がいい人で、居場所がなくて困っている親戚の子どもを預かったりしていました。
やりたいことが見つからないという人には、「石でも投げてみれば?」と伝えたいですね。もし投げた石が花に当たったら、その花を育ててみればいい。自分が何に向いているかは、やってみないとわかりません。食わず嫌いはもったいない。私自身、まさか音楽でお金をいただくようになるとは思いませんでした。石を投げたからこそ、今の私があるんです。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月2日号)の一部を再編集したものです。
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岩室 純子(いわむろ・すみこ)
DJ
1935年生まれ。東京・高田馬場の中華料理店「餃子荘ムロ」を経営しながら、77歳でDJ SUMIROCK(スミロック)として活動を開始。世界最高齢DJとしてギネス記録に認定された。現在も「TECHNO GYOZA」などのパーティーで活躍中。
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(DJ 岩室 純子 構成=石井晶穂)
