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上智大学に通っていた小林順子さんが殺害され、自宅を放火された事件から、9日で30年となりました。「犯人を絶対に逃がさない」と時効の撤廃を実現した父親の小林賢二さんは、今年80歳になりました。今の思いを、うかがいました。

■「80歳…今までと違う感情がこみ上げて」

当時21歳だった小林順子さんが亡くなって30年。父親の賢二さんは今年6月、80歳を迎えました。

母・幸子さん
「誕生日おめでとう」

小林賢二さん
「おめでとう」

小林賢二さん
「80歳だというのを考えた時に、今までと違う感情がこみ上げてきてね」

自宅で賢二さんに今の思いを聞きました。

小林賢二さん
「事件だって知らされた瞬間から、なぜわが家が? なぜ娘が? 一体誰が? このクエスチョンマークがずっと、頭の中で渦巻いているんですけどね、全く想像つかないんですよ」

--事件の解決を絶対に自分の生きている間に見たいと

小林賢二さん
「そうですね。特に今年80歳を迎えた段階で、自分の命が先か、事件解決が先か、痛切に感じるようになりました。1分1秒が、どっちのカウントダウンだか分からないが、そういうふうに聞こえてくる」

■時効まであと3年「とにかく活動を始めよう」

1996年9月9日、1人で自宅にいた順子さんは、何者かに手足を縛られた上、首などを刺されて殺害され、自宅は放火されました。

順子さんは上智大学に通っていて、亡くなったのはアメリカ留学に向かう2日前のことでした。

順子さんの事件の時効は15年。あと3年に迫ったころ賢二さんは…

小林賢二さん
「(時効まで)あと3年という時に、だんだんと鮮明になってくる、切迫感。犯人は絶対に取り逃がしちゃいけない。何かやっていないと、気持ちが落ち着かない。結果は分からないが、とにかく活動を始めよう。そういった思いにかき立てられた」

■時効撤廃を実現「墓前に行って頑張ったよって」

賢二さんは、他の被害者遺族らと時効撤廃を目指し活動を始め、国を動かしました。

「本案は委員長報告の通り可決いたしました」

時効まで残り1年4か月あまりの2010年4月、時効撤廃は実現しました。

--時効撤廃された世の中になったよと報告は?

小林賢二さん
「墓前に行って『お父さん頑張ったよ』って」

--なんて言ってくれそうだった?

小林賢二さん
「『お父さん頑張ったね』多分言ってくれてるんじゃないかな」

■命日も情報提供呼びかけ 今も鮮明に覚えている思い出

順子さんの命日の9日、賢二さんは現場の最寄り駅で情報提供を呼びかけました。

小林賢二さん
「どんな些細な情報でも結構です。気になることがございましたら、ぜひご一報いただければ、ありがたいと存じます」
「なんとしても娘の無念を晴らすため、事件解決への活動を続けてまいる覚悟でおります」

賢二さんは、今も鮮明に覚えている思い出があるといいます。それは順子さんが終電を逃してしまった夜のこと…

小林賢二さん
「駅まで迎えに行ったことがある。そろそろ休もうかっていう矢先の(順子さんからの)電話で、着替えて。しばらく待っていると階段下りてきて『お父さん迎えにきてくれたの』」
「(自転車の)後ろに荷台に乗っけて、もう50㎏超えていたんじゃないかと。結構重いんですよね。夜の道、シャッター街ですけど、帰った記憶があります」

■将来の夢はジャーナリスト

順子さんは将来、ジャーナリストになることが夢でした。

小林賢二さん
テレビ見ていて、女性が出てきて『日本のみなさんおはようございます。現在ニューヨークでは午前4時を迎えました』とか、特派員報告みたいなの出てくるでしょ。たまらないですね。もしかしたら、あそこにいたかもしれない」

--30年間同じ強い思いをずっと持っている

小林賢二さん
「はいそうです。その気持ちが少しでも緩もうものなら、娘に申し訳ないですから」

(9月9日放送『news zero』より)