「急にコントみたいになった」『Tシャツが乾くまで』後半の急展開に賛否…“人間の謎”を描くドラマの魅力と危うさ
テレビはまだまだトガっている。心に“刺さった”番組を語るリレー連載「今週のトガりテレビ」。今回は、テレビウォッチャーのノブユキが、TBS系ドラマ『Tシャツが乾くまで』について語る。
視聴率は第2話から上昇基調、第9話で番組最高
考察ドラマとして注目を集める一方、後半の急展開には「脚本家変わったの?」「途中まで真剣に見ていたのに…」といった戸惑いの声も上がっている。
『Tシャツが乾くまで』は、なぜこれほど視聴者を惹きつけ、そして賛否を呼んでいるのだろうか。
『Tシャツが乾くまで』は、蒼井優が18年ぶりに地上波連続ドラマの主演を務め、脚本家・生方美久氏が『silent』(フジテレビ系)などを経て、初めてTBSで筆を執る完全オリジナルストーリー。
第1話の無料配信が金曜ドラマ枠の歴代最高を記録すると、その後もほぼ毎話のように記録を更新。第8話は放送後1週間で450万再生を突破し、同枠の歴代最高をさらに塗り替えた。
視聴率も右肩上がりだ。7月10日放送の初回は平均世帯視聴率6.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)でスタートし、第5話で7.5%、第8話で8.1%を記録。9月4日放送の第9話は8.8%まで上昇し、番組最高を更新した。最終回を前に、2桁の大台も視野に入っている。
SNSでは放送のたびに考察が盛り上がり、同時期に放送されているTBS系ドラマ日曜劇場『VIVANT』に引けを取らないほどの存在感を放っている。
タレントの上沼恵美子も、本作と出演者の中島歩に夢中だ。自身のYouTubeでは姉の芦川百々子と感想を語り合い、8月30日放送の『日曜日の初耳学』(TBS系)では、中島が林修のインタビューを受けた際に「Tシャツは乾かないでほしい」とオチをつけて愛を語っていた。
反響は他局にも波及している。8月24日放送のNHK『あさイチ』では、Tシャツを特集し、番組内で「Tシャツ悩みが消えるまで」と本作を思わせるフレーズを使用。スピッツによる主題歌『見知らぬ糸』をVTR冒頭から流し、コインランドリーのシーンなど、随所に本作を思わせるパロディ演出を交えて話題を呼んだ。
では、多くの視聴者を惹きつける理由は何か。
一つは、大きな謎を追う物語でありながら、登場人物の何気ない会話そのものが面白いことだ。
主人公の咲子(蒼井優)は、夫の充(松山ケンイチ)が高速バスの事故をきっかけに一時行方不明になったことで、コインランドリーで出会った樹生(中島歩)と交流を深めていく。樹生もまた、高速バスの事故で妻のあずさ(夏帆)を亡くしていた。
二人が洗濯の終わりを待ちながら、コインランドリーの待合スペースで交わす会話は、本作を象徴するシーンといえる。
「脚本家変わった?」後半の展開に戸惑いも
第4話では、樹生が子供の頃に水族館で迷子になり、泣いていた自分を見た母親に嘲笑われたエピソードを明かす。これに咲子は「親にはなんで代わりがいないんでしょうね」「簡単にトレードできればよかった」と共感を示す。生方氏がこれまでの作品でも描いてきた、理不尽な親の言動を思わせる場面だ。
ところが、会話はそこから苦手な食べ物の話へと移っていく。
キュウリが苦手だという樹生に、咲子が「ほとんど水じゃないですか」と笑うと、樹生は「良くないですよ」と言い返す。今度は樹生が苦手なものを尋ね、咲子がトマトを挙げる。樹生が「ほとんど水じゃ…」と言いかけた瞬間、咲子は「違いますよ!」と食い気味に否定する。
深刻な家庭の話をしていた二人が、いつの間にか食べ物の好き嫌いで笑い合っている。こうした会話の移り変わりが、実に自然なのだ。
まるで日常のドキュメンタリーを見ているような会話劇に加え、樹生を演じる中島の「いや、その…」といった言い淀みも、妙なリアリティを生んでいる。登場人物の心の機微が物語の鍵となる本作では、こうした何気ないやり取りそのものが、大きな見どころになっている。
もう一つの魅力は、目まぐるしく予測不能な展開だ。ただし、それは同時に、本作への評価が分かれる要因にもなっている。
まず、事故で行方不明となった充が実は生きていたと判明するのが、最初の大きな驚きだ。しかも、生きているのに咲子のもとへは帰らない。その背景には、幼い頃からの“失踪癖”があったと明かされる。
さらに、不倫関係だと思われていた充とあずさも、実際には月に一度、コインランドリーで会って話をするという、ひと言では定義しにくい関係だったことが判明する。物語が進むたび、それまで信じていた人物像や関係性が次々とひっくり返されていく。
そして、充が帰宅した後半では、さらなる予想外の事実が明かされる。なんと咲子には4回もの離婚歴があったのだ。
こうした怒涛の展開に、SNSでは「脚本家変わった?」「急にコントみたいになった」「7話までとテイストが違いすぎる」といった戸惑いの声も上がるようになった。
予想を裏切る展開は、本来ドラマの大きな魅力だ。しかし本作の場合、前半で丁寧に描かれてきた人物のリアリティに惹かれていた視聴者ほど、後半になって次々と新しい設定が明かされることに違和感を覚えたのかもしれない。
何気ない言動から人物の感情を読み取る面白さと、物語の仕掛けによって驚かされる面白さ。その二つが本作には同居しているが、後半では後者の勢いが一気に増したようにも見える。
近年は、SNSなどでドラマを考察することが視聴の大きな楽しみになっている。昨年放送された『良いこと悪いこと』(日本テレビ系)は「ノンストップ考察ミステリー」と銘打ち、作品側から“考察”を前面に押し出していた。
『Tシャツが乾くまで』が“考察”させるものとは
『Tシャツが乾くまで』で演出を手掛ける土井裕泰氏は、インタビューで「いろいろな見方があっていい」としつつ、「ちょっとした場面で少し映り込んだものさえも、何か意味があるように捉えられてしまう状態」なので、緊張しながら撮影していると話している。
視聴者による考察は、いまやドラマ制作の現場にも影響を及ぼしているようだ。
一方、脚本を手掛けた生方氏は、公式サイトに掲載されたコメントで、本作についてこう記している。
「人間関係と家電にはフィルターが多い。だから便利で、そして手間がかかるのだと思います。共感や感動を目指した物語ではないので、人間観察の感覚でお楽しみください」
第1話では、好意を持つ相手の欠点に気付かない状態を「好きな人フィルター」と表現していた。そして最終回直前の第9話では、自宅の洗濯機の乾燥フィルターが破れたことをきっかけに、咲子が充に別れを切り出す。人間関係と家電の「フィルター」を重ねた、象徴的な場面といえる。
考えてみれば、本作の登場人物たちは、誰もが相手を自分なりの思い込みや期待を通して見ている。
咲子は充を、樹生はあずさを、自分が知っている相手だと思っていた。しかし物語が進むにつれ、それまで見えていなかった一面が次々と明らかになる。そして視聴者もまた、「この人は怪しい」「この人は信用できる」と、自分なりの“フィルター”を通して登場人物を見てきた。
だからこそ、本作で描かれる“謎”は、単に「何が起きたのか」という事件の謎だけではない。
なぜ、この人はこんな行動を取ったのか。なぜ、この人を好きになったのか。なぜ、離れられないのか。あるいは、なぜ突然いなくなってしまうのか。
『Tシャツが乾くまで』が本当に描こうとしているのは、そんな“人間そのものの謎”なのではないだろうか。生方氏の言う「人間観察」とは、考察ドラマのように答えを当てることではなく、簡単には答えの出ない人の感情を眺め、考え続けることなのかもしれない。
9月11日放送の最終回では、果たして誰がどのような選択をするのか。
登場人物たちは、相手にかけていた“フィルター”を外すことができるのか。事件や関係性の真相だけでなく、最後にどんな“人間”を見せてくれるのかに注目したい。
文/ノブユキ
