偶然が思わぬ発見をもたらすことはありますが、今回お話する内容はその最たる例かもしれません。2024年6月、NASA(アメリカ航空宇宙局)の火星探査車「キュリオシティ(Curiosity)」の運用チームは、淡い色をした岩が、純粋な「硫黄(自然硫黄)」の結晶でできていることを発見しました。走行中に踏みつけられて割れた岩は、単体硫黄特有の明るい黄色をしています。この発見が注目されたのは、火星表面で初めて単体の硫黄を発見しただけでなく、その場所で単体の硫黄が見つかるとは考えられていなかったためです。


それから2年。セントルイス・ワシントン大学のScott J. VanBommel氏を筆頭とする研究チームは、火星で見つかった単体の硫黄に関する研究結果をまとめました。その論文はScience誌に掲載され、硫黄の写真が表紙を飾っています。これほどまでに扱いが大きいのは、この発見が重要であるためです。


火星は硫黄が豊富なのに単体の硫黄は珍しい

原子番号16番の元素「硫黄」は、硫酸塩などの化合物と共に、天然でも単体で存在します。高温の熱水や火山ガスから生成されるのが一般的であり、火山大国の日本では、火山の噴気から硫黄が結晶化している場所があちこちにあり、近くに温泉施設もあることから容易に観察できます。明るい黄色であるため、視覚的にも区別がしやすいものです。


これとは対称的に、低温の水や氷河が関与する環境では、単体の硫黄は生成しにくくなります。微生物が単体の硫黄を作ることもあるため、全く無いというわけではないですが、一般的には酸素と結合した化合物である硫酸塩として存在します。このように、岩石に含まれる硫黄がどのような状態で存在するのかを調べれば、岩石ができた当時の環境を絞り込むことができます。


地球のお隣の惑星である「火星」では、表面で大量の硫黄化合物は見つかっていたものの、単体の硫黄は見つかっていませんでした。過去の火星探査車(スピリットやオポチュニティ)による調査では、火星の表面の硫黄の割合は、元素比で約5%に達します。これは地球と比べて桁違いに豊富です。これほどまでに豊富なのに、単体の硫黄は見つかっていませんでした。


この謎はある程度説明できます。先ほど提示した通り、単体の硫黄は、火星の冷涼乾燥な環境ではできにくい物質です。また、過去の火星に生命がいたかどうかは確定していないため、微生物の作用によって単体の硫黄ができるかどうかは未知数です。このため、火星表面で単体の硫黄が見つからないことは、ある意味で不思議ではありませんでした。


あるはずがない場所で硫黄の塊を無数に発見!

【▲ 図1: 火星のゲール・クレーターにあるゲディズ渓谷流路の鳥瞰図。白線で示された渓谷の幅は約90m。黄色はキュリオシティの走行経路(左から右へ走行)を示しています。白い点線で囲まれた、灰色に見える三角形の地域が、単体の硫黄が豊富に見つかった場所です。(Credit: JPL-Caltech, NASA, USGS Astrogeology Science Center, University of Arizona(元データ) / Scott J. VanBommel, et al.(図の加工))】

そんな中で2024年6月、NASAの火星探査車「キュリオシティ」は思わぬ発見をしました。キュリオシティは2012年8月に「ゲール・クレーター(Gale Crater)」に着陸し、2014年からはゲール・クレーター中央にある、標高5500mの「アイオリス山(Aeolis Mons / 非公式名 “シャープ山”)」を登っています。


登山中の2024年2月、キュリオシティは「ゲディズ渓谷流路(Gediz Vallis Channel)」と呼ばれる地域に到達しました。アイオリス山に刻まれたこの渓谷は、山腹を削った川の跡を思わせる地形をしています。川の跡であるならば、少なくとも10mの侵食跡となっています。調査により、ゲディズ渓谷流路の堆積物は、水の流れによるものと、その後に起きた地すべりによるものの両方が含まれていることが分かりました。


不思議なことに、ゲディズ渓谷流路には、こぶし大の大きさの淡い色の岩が無数に転がっています。この色合いの岩は、他の場所では見かけることのないものです。さらに2024年5月30日には、そのうちの1つに乗り上げたところ、粉々に割れてしまい、新鮮な表面が現れました。この割れた岩は、慣習に従い「コンビクト・レイク(Convict Lake)」と名付けられています(※1)。


※1…NASAのジェット推進研究所(JPL)では、火星探査ミッションで見つかった特徴的な岩石に名前を付けています。コンビクト・レイク(囚人湖)は、アメリカ、カリフォルニア州のシエラネバダ山脈にある湖です。


キュリオシティは、過去の火星探査車と比べても重いことで知られていますが、それでも火星の弱い重力環境では340kg相当の重さしかありません。それでも割れるということは、この岩はかなり脆い物質でできていることになります。


【▲ 図2: コンビクト・レイクと名付けられた、純粋な硫黄でできた岩石。キュリオシティに踏みつけられて割れたことで、単体の硫黄の明るい黄色が見えています。写真は人間が肉眼で感じる色に調整されています。この写真がScience誌の表紙を飾りました。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)】

割れた岩の写真を、人間の目で見た時の色に調整すると、単体の硫黄を思わせる明るい黄色が現れます。実際、キュリオシティに搭載されたα粒子X線分光計による分析結果でも、この岩はかなり純度の高い硫黄の結晶でできていることが示されました。


この発見は驚きをもって迎えられました。それは、ゲディズ渓谷流路で単体の硫黄が見つかるとは思われていなかったからです。この場所には火山活動の証拠はなく、むしろ、低温の水による酸化作用で、単体の硫黄が硫酸塩に変化してしまう環境です。


また、硫黄結晶の脆さを考えると、どこか遠くの場所で作られた硫黄がここまで運ばれてきた可能性も低いと考えられます。あるはずのない硫黄がどのようにしてできたのかは、大きな謎となりました。


硫黄の成因を考察した論文がScience誌の表紙を飾る

セントルイス・ワシントン大学のScott J. VanBommel氏を筆頭とする研究チームは、予想外の発見となった火星の硫黄に関する研究成果を発表しました。硫黄の発見からほぼ2年後の2026年6月28日付で、論文がScience誌に掲載されただけでなく、踏みつけられて割れた硫黄の写真が2026年8月20日号の表紙を飾っています。それほどまでにインパクトのある発見ということになります。


研究では単体の硫黄が形成される過程のいくつかは、可能性が低いとして除外しています。例えば、高温の熱源による硫黄化合物からの生成は、周辺に高温で加熱された証拠が無いことから除外されました。同じく、硫黄化合物の水溶液から生成した可能性は、硫黄化合物を単体に変える物質(還元剤)の少なさから除外されました。


VanBommel氏らは、ゲール・クレーターで見つかった硫黄は、火星の地下深くにあるマグマから逃げ出した、硫化水素と二酸化硫黄を含む流体からできた可能性が高いと考えています。マグマから逃げ出した流体は、浮力を受けて地表へと上昇しますが、やがて浮力が釣り合って停止するため、地表近くの地中に留まります。


そしてゲディズ渓谷流路の侵食が進み、温度と圧力が低下すると、流体内で化学反応が進みます。硫化水素と二酸化硫黄はお互いに反応し、水と単体の硫黄を作ります。火星の表面温度は低いため、反応によって生じた水は凍ってしまいます。


【▲ 図3: スノー・レイクと名付けられた別の岩の写真。表面には丸い穴が無数に空いていますが、これは単体の硫黄の成因と関係していると考えられています。(Credit: NASA, JPL-Caltech & MSSS)】

現地で見つかった硫黄の内部に塵や砂粒が無かったのは、氷で表面がコーティングされていたためであると考えると説明がつきます。また、硫黄には多数の丸い穴がありますが、これはまだ高温であった流体によって部分的に侵食されたと考えると説明がつきます。


以上の理由からVanBommel氏らは、マグマから逃げ出した硫化水素と二酸化硫黄を含む流体が単体の硫黄の源である可能性が高いと考えています。


単体の硫黄が示す火星の局所環境

ところで、火星の表面には硫黄化合物が豊富なのに、他の場所では単体の硫黄が見つかっていない理由は何でしょうか? VanBommel氏らは、ゲディズ渓谷流路の独特の環境が関係していると考えています。


ゲディズ渓谷流路を含むゲール・クレーターは、38億~35億年前に形成されたとされていますが、硫黄そのものは31億~28億年前に形成されたと考えられます。この時代は、火星が温暖湿潤だったヘスペリア代から、冷涼乾燥な現在の気候になるアマゾニア代へ移行する時代となります。


単体の硫黄を壊してしまう要素はいくつかありますが、特に大敵なのは水です。水は硫黄を少しずつ酸化させ、水溶性の硫黄化合物へと変質させるためです。単体の硫黄があるということは、少なくとも硫黄が作られた時代には、ゲディズ渓谷流路はすでに乾燥していたことを示しています。


今回の火星における単体の硫黄の発見は、火星の局所的な気候や環境を示す証拠として重要です。権威のある科学誌の表紙を飾った写真は、謎が多い火星について、その一端を見せてくれる証拠ということになります。


ひとことコメント

権威ある科学誌の表紙を飾る研究は、見た目だけでなく、研究としてもインパクトがあるのよ(筆者)


 


文/彩恵りり 編集/sorae編集部


関連記事NASA火星探査車キュリオシティが純粋な硫黄の結晶でできた岩石を発見(2024年7月19日)火星の「核」は軽い元素が豊富な液体 「インサイト」が捉えた地震波により判明(2023年5月5日)参考文献・出典Scott J. VanBommel, et al. “A native sulfur deposit in Gale crater, Mars”.(Science)Chris Woolston. “Pristine sulfur preserves a snapshot of ancient Mars”.(Washington University in St. Louis)