千葉公平さん

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関西のビッグコンテンツ「吉本新喜劇」で、「初の関東弁を話す座員」として活躍する千葉公平さん(50歳)。
彼は自身を「『じゃないほう芸人』の元祖だと思います」と称する。 彼はかつて、「ハローバイバイ」というコンビで東京で活動。相方は、Mr.都市伝説として知られる関暁夫だったのだ。

コンビとして混迷していた時期に、相方が一人で売れていった芸人の思いと振る舞いとは? 千葉本人に語ってもらった。

◆相方が先にブレイクするも焦りはなかった

--ハローバイバイは1996年に結成。相方の関暁夫さんが注目を集めたのが、『やりすぎコージー』(テレビ東京)で2005年に放送された「芸人都市伝説」ですね。コンビとしての当時の状況はどうだったんですか?

千葉公平(以下、千葉):直前に、さまぁ~ずさんが司会の『新すぃ日本語』(TBS系列)という番組に出させてもらってコントもできていたので、「ここからいくぞ!」という感じだったんです。

--東京03・フットボールアワー・友近など、のちに売れる若手芸人さんが多く出ていましたね。

千葉:チャンスをものにする前に番組が終わっちゃって。何かしら動かないいけないタイミングで、関はずっと好きだったオカルト方面の活動をしはじめました。

--結果、関さんは一躍人気者になりますが、相方として悔しさはなかったですか?

千葉:特になかったですよ。僕もまだ20代で若かったし、あまり色々考えるタイプではないので。なので、むしろ「僕も自由に好きなことができる」ぐらいに感じていました。

--焦りもなかったですか?

千葉:ないです。ただ、僕はお笑い番組に出てネタやお笑いがやりたかったので、関が都市伝説にどっぷりになっていくのを見て、「ちょっと方向が違うな」と感じ始めるようにはなりました。 それに、自分の中では自由になったと思っていても、世間的には「じゃない方」という扱いにはなっていました。当時は、まだそんな言葉もなかったですけどね。

--『アメトーーク』(テレビ朝日系列)で、「○○じゃない方芸人」という回が最初に放送されたのは、それより4年後の2009年ですからね。

千葉:ゆえに、僕は“元祖”じゃない方芸人かもしれないと思うのですよ。

◆ネタ作りで生まれた、コンビの亀裂

--それまでは、コンビ間の絆は盤石だったんですか?

千葉:いえ、ネタ作りで関係が崩れました。当初、関が「ネタを書く」ところから始まったんですが、行き詰まった時期がありました。煮詰まると関にイライラをぶつけられたりして、雰囲気はよくなかったのです。