「まさか2人そろって投身するとは」柴田勝家と市の最期に視聴者注目『豊臣兄弟!』第33話画面注視データを分析
●秀吉に殺意を向ける茶々に最注目
テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、8月30日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第33話「北庄城の別れ」の視聴分析をまとめた。

(左から)宮崎あおい、山口馬木也=『豊臣兄弟!』第33話より (C)NHK
○守り刀に力を込めた瞬間、1匹の蝶が…
最も注目されたのは20時23~24分で、注目度75.9%。茶々(井上和)が秀吉(池松壮亮)と刺し違えようとするも、舞い込んだ蝶に母・市(宮崎あおい)を感じて思いとどまるシーンだ。
市の遺した3人の娘、茶々、初(森みなみ)、江(永井花奈)は播磨・姫路城で母の仇である秀吉と会った。秀吉に座礼する3人だが、みなその顔をこわ張らせている。「これから姫様方のお世話をする者に、お引き合わせいたしまする。ついてこられよ」秀吉はそう言うと3人を別室に案内した。「は…はあ…」無防備な仇の背中を前に、心を乱す茶々。そんな茶々の様子に異変を感じた秀吉は、背を向けたまま立ち止まった。茶々は懐の短刀に手をかける。市から託された守り刀だ。茶々は柄を強く握りしめた。秀吉は振り返りもせず、その場に身を委ねる。
茶々が守り刀に力を込めた瞬間、1匹の蝶が舞い込んできた。蝶は秀吉の肩に止まった。茶々の脳裏に市の声がよみがえった。「母はいつでもそばにおりまする」茶々は母と別れた日のことを思い出した。守り刀は己の身を守るためのものであり、先んじて相手を傷つけるものではない、という母の言葉。秀吉と差し違える覚悟が、茶々の胸から消えていった。蝶は秀吉の肩から離れていく。秀吉は何も言わずに再び歩き始めた。

『豊臣兄弟!』第33話の毎分注視データ推移
○「お市さまが止めてくれたのかな」
このシーンは、秀吉に殺意を向ける茶々に視聴者の注目が集まったと考えられる。
柴田勝家(山口馬木也)率いる軍勢は数で勝る羽柴軍に圧倒され、北庄城へ撤退・籠城する。敗北を悟った市は夫・勝家と運命を共にした。生き残った3人の姫である茶々、初、江は姫路城へ連れられ、敵である秀吉の庇護下に置かれることに。世話役となる寧々(浜辺美波)の元へ案内される途中、秀吉の無防備な背中を見た茶々は、復讐心に駆られ守り刀に手を掛けた。
そんな茶々を止めたのは1匹の蝶だった。織田家の家紋でもある蝶を見て、母・市の遺言を思い出した茶々は、その手を血で汚すことを思いとどまった。SNSでは「蝶が現れたのが印象的。お市さまが止めてくれたのかな」「茶々さま、長女の業を一身に背負って健気だな」「茶々はよく踏みとどまったな。市から妹たちを託されたからね」と、茶々の葛藤に視聴者のコメントが寄せられている。
1583(天正11)年時点で茶々は14歳、初は13歳、江は10歳となっている。作中で3人は姫路城で世話役となる寧々と対面した。しかし『玉興記』によると3人を迎えたのは秀吉だが、後見人となったのは織田信雄(山脇辰哉)であり、3人は安土城に入ったという説もある。
●勝家と市、北庄城から身を投げる
今回は前回に引き続き、1583(天正11)年の様子が描かれた。以下では、最も注目されたシーン以外の見どころを紹介していく。
まずは、互いに手を取って北庄城の天守から身を投げた、柴田勝家と市のシーンが挙げられる。一度は自害を決意した市だったが、勝家によって思いとどまる。迫りくる羽柴軍の兵に対し勝家は奮闘するが北庄城の天守にまで追いつめられ、後がなくなった勝家と市は小一郎(仲野太賀)の目の前で飛び降りることを選ぶ。夫婦として過ごしたのは約7か月の短い期間だった。
SNSでは「まさか2人そろって投身するとは思わなかった」「短い結婚生活だったけど、2人とも本当に満足していたんだな」と市と勝家の衝撃的な最期にコメントが集まった。
作中で登場した織田信長(小栗旬)のきょうだいは、織田信勝(中沢元紀)と市の2人だったが、史実では少なくとも兄弟は合わせて11人、姉妹は市のほかにお犬の方という女性がいたとされている。1583(天正11)年時点でも織田信包、織田信照、織田有楽斎の3人が生存していた。信包は織田一門衆の中でも実戦経験が豊富で、長島一向一揆攻め、越前一向一揆攻め、石山本願寺攻め、雑賀攻め、荒木村重討伐に参戦している。1581(天正9)年の京都馬揃えでは信長の嫡男・織田信忠、次男・織田信雄に続く3番目の地位だったとされている。のちに出家し老犬斎と号した。
信照は他の兄弟に比べてほとんど実像が分からない人物。尾張志によると常に屋敷にいて、あまり外出しなかったようだ。1594(文禄3)年に熱田神宮へ長刀を寄進したという記録が残っている。
有楽斎は1582(天正10)年、本能寺の変が起きた際、弟である織田長利と信長の嫡男・織田信忠と共に二条御所にいた。長利と信忠は討死したが、有楽斎は生き延びた。その後、千利休(吉岡秀隆)の弟子となる。江戸時代になると徳川家康から屋敷を与えられ、その周辺が有楽原などと呼ばれ後に有楽町という地名につながったという説がある。
○織田信孝(結木滉星)、自害に追い込まれる。
次に捕えられ、織田信雄の前に引きずり出され、自害に追い込まれた信孝の姿がある。
手を組んでいた柴田勝家が秀吉に敗北したことで信孝も捕らえられる。そして兄である信雄と対面することに。兄弟の間にできた溝はもはや埋めることは叶わなかった。信孝は恨みの言葉を残して尾張・内海へ送られる。SNSでは「信孝の最期の場面が信雄との対面というのが兄弟を徹底して描くこのドラマらしいと言えるね」「信孝の方が信雄より優れてそうだったのに。組む相手は重要なんだな」と、信孝の最期に注目が集まった。
今回自害した信孝だが、史実では岐阜城を開城した後、尾張知多郡野間へ送られると大御堂寺、現在の野間大坊に入る。そして大御堂寺14坊の1つである安養院で信雄の命令で自害させられた。この野間はかつて1160(平治2)年に源頼朝・義経の父である源義朝が長田忠致・景致父子に裏切られて殺害された地。そして信孝は義朝にちなんだ「昔より 主を討つ身の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前」という辞世の句を残したと伝わっている。「昔からこの野間は主君を討つ者が出た場所である。主君を討とうとしている秀吉よ、お前にもいずれその報いが来るのを待っていろ」という意味だ。
さらに信孝は腹を切った後、自分の腸をつかみ出し、床の間に掛かっていた梅の掛け軸へ投げつけたという壮絶な逸話があり、秀吉に対して激しい恨みを抱いていたことがうかがえる。安養院には信孝が自害に使用されたと伝わる短刀や、血痕が残るとされる掛け軸が残っている。なお、信孝の介錯人を務めた太田新左衛門尉という家来も自害して殉死した。また、信孝の母である坂氏は、賤ケ岳の戦いの前に秀吉によって岐阜城が攻撃され降伏した際に信孝の娘と共に人質となっている。しかし、賤ケ岳の戦いの後に秀吉の命令で孫娘と共に磔にされた。
○小一郎、千宗易と対面する
最後に大徳寺で修行することで傷心を癒やす小一郎が千宗易(吉岡秀隆)と対面するシーンがある。目の前で市を死なせてしまった小一郎。すでに覚悟が決まっていた秀吉とは違い、小一郎は大きく傷つく。
大徳寺で修行に励む小一郎は宗易という茶人と出会った。茶人ながら抹茶を好きではないという宗易。破天荒な性格の宗易だが、そんな彼との問答で小一郎は天下人を目指す秀吉を支えることを改めて決意した。SNSでは「この利休、ものすごい曲者感がするな」「抹茶が苦手な利休なんて斬新すぎる」と、利休の強烈なキャラ設定が話題となった。
きょう6日に放送される第34話「最強のライバル」では、秀吉は権力を示すため、大坂城の築城を開始。一方、織田信雄が徳川家康(松下洸平)に接近し、共に秀吉を討とうと誘いかける。





(C)NHK

REVISIO 独自開発した人体認識センサー搭載の調査機器を一般家庭のテレビに設置し、「テレビの前にいる人は誰で、その人が画面をきちんと見ているか」がわかる視聴データを取得。広告主・広告会社・放送局など国内累計200社以上のクライアントに視聴分析サービスを提供している。本記事で使用した指標「注目度」は、テレビの前にいる人のうち、画面に視線を向けていた人の割合を表したもので、シーンにくぎづけになっている度合いを示す。 この著者の記事一覧はこちら
テレビ画面を注視していたかどうかが分かる視聴データを独自に取得・分析するREVISIOでは、8月30日に放送されたNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』(総合 毎週日曜20:00~ ほか)の第33話「北庄城の別れ」の視聴分析をまとめた。

○守り刀に力を込めた瞬間、1匹の蝶が…
市の遺した3人の娘、茶々、初(森みなみ)、江(永井花奈)は播磨・姫路城で母の仇である秀吉と会った。秀吉に座礼する3人だが、みなその顔をこわ張らせている。「これから姫様方のお世話をする者に、お引き合わせいたしまする。ついてこられよ」秀吉はそう言うと3人を別室に案内した。「は…はあ…」無防備な仇の背中を前に、心を乱す茶々。そんな茶々の様子に異変を感じた秀吉は、背を向けたまま立ち止まった。茶々は懐の短刀に手をかける。市から託された守り刀だ。茶々は柄を強く握りしめた。秀吉は振り返りもせず、その場に身を委ねる。
茶々が守り刀に力を込めた瞬間、1匹の蝶が舞い込んできた。蝶は秀吉の肩に止まった。茶々の脳裏に市の声がよみがえった。「母はいつでもそばにおりまする」茶々は母と別れた日のことを思い出した。守り刀は己の身を守るためのものであり、先んじて相手を傷つけるものではない、という母の言葉。秀吉と差し違える覚悟が、茶々の胸から消えていった。蝶は秀吉の肩から離れていく。秀吉は何も言わずに再び歩き始めた。

○「お市さまが止めてくれたのかな」
このシーンは、秀吉に殺意を向ける茶々に視聴者の注目が集まったと考えられる。
柴田勝家(山口馬木也)率いる軍勢は数で勝る羽柴軍に圧倒され、北庄城へ撤退・籠城する。敗北を悟った市は夫・勝家と運命を共にした。生き残った3人の姫である茶々、初、江は姫路城へ連れられ、敵である秀吉の庇護下に置かれることに。世話役となる寧々(浜辺美波)の元へ案内される途中、秀吉の無防備な背中を見た茶々は、復讐心に駆られ守り刀に手を掛けた。
そんな茶々を止めたのは1匹の蝶だった。織田家の家紋でもある蝶を見て、母・市の遺言を思い出した茶々は、その手を血で汚すことを思いとどまった。SNSでは「蝶が現れたのが印象的。お市さまが止めてくれたのかな」「茶々さま、長女の業を一身に背負って健気だな」「茶々はよく踏みとどまったな。市から妹たちを託されたからね」と、茶々の葛藤に視聴者のコメントが寄せられている。
1583(天正11)年時点で茶々は14歳、初は13歳、江は10歳となっている。作中で3人は姫路城で世話役となる寧々と対面した。しかし『玉興記』によると3人を迎えたのは秀吉だが、後見人となったのは織田信雄(山脇辰哉)であり、3人は安土城に入ったという説もある。
●勝家と市、北庄城から身を投げる
今回は前回に引き続き、1583(天正11)年の様子が描かれた。以下では、最も注目されたシーン以外の見どころを紹介していく。
まずは、互いに手を取って北庄城の天守から身を投げた、柴田勝家と市のシーンが挙げられる。一度は自害を決意した市だったが、勝家によって思いとどまる。迫りくる羽柴軍の兵に対し勝家は奮闘するが北庄城の天守にまで追いつめられ、後がなくなった勝家と市は小一郎(仲野太賀)の目の前で飛び降りることを選ぶ。夫婦として過ごしたのは約7か月の短い期間だった。
SNSでは「まさか2人そろって投身するとは思わなかった」「短い結婚生活だったけど、2人とも本当に満足していたんだな」と市と勝家の衝撃的な最期にコメントが集まった。
作中で登場した織田信長(小栗旬)のきょうだいは、織田信勝(中沢元紀)と市の2人だったが、史実では少なくとも兄弟は合わせて11人、姉妹は市のほかにお犬の方という女性がいたとされている。1583(天正11)年時点でも織田信包、織田信照、織田有楽斎の3人が生存していた。信包は織田一門衆の中でも実戦経験が豊富で、長島一向一揆攻め、越前一向一揆攻め、石山本願寺攻め、雑賀攻め、荒木村重討伐に参戦している。1581(天正9)年の京都馬揃えでは信長の嫡男・織田信忠、次男・織田信雄に続く3番目の地位だったとされている。のちに出家し老犬斎と号した。
信照は他の兄弟に比べてほとんど実像が分からない人物。尾張志によると常に屋敷にいて、あまり外出しなかったようだ。1594(文禄3)年に熱田神宮へ長刀を寄進したという記録が残っている。
有楽斎は1582(天正10)年、本能寺の変が起きた際、弟である織田長利と信長の嫡男・織田信忠と共に二条御所にいた。長利と信忠は討死したが、有楽斎は生き延びた。その後、千利休(吉岡秀隆)の弟子となる。江戸時代になると徳川家康から屋敷を与えられ、その周辺が有楽原などと呼ばれ後に有楽町という地名につながったという説がある。
○織田信孝(結木滉星)、自害に追い込まれる。
次に捕えられ、織田信雄の前に引きずり出され、自害に追い込まれた信孝の姿がある。
手を組んでいた柴田勝家が秀吉に敗北したことで信孝も捕らえられる。そして兄である信雄と対面することに。兄弟の間にできた溝はもはや埋めることは叶わなかった。信孝は恨みの言葉を残して尾張・内海へ送られる。SNSでは「信孝の最期の場面が信雄との対面というのが兄弟を徹底して描くこのドラマらしいと言えるね」「信孝の方が信雄より優れてそうだったのに。組む相手は重要なんだな」と、信孝の最期に注目が集まった。
今回自害した信孝だが、史実では岐阜城を開城した後、尾張知多郡野間へ送られると大御堂寺、現在の野間大坊に入る。そして大御堂寺14坊の1つである安養院で信雄の命令で自害させられた。この野間はかつて1160(平治2)年に源頼朝・義経の父である源義朝が長田忠致・景致父子に裏切られて殺害された地。そして信孝は義朝にちなんだ「昔より 主を討つ身の 野間なれば 報いを待てや 羽柴筑前」という辞世の句を残したと伝わっている。「昔からこの野間は主君を討つ者が出た場所である。主君を討とうとしている秀吉よ、お前にもいずれその報いが来るのを待っていろ」という意味だ。
さらに信孝は腹を切った後、自分の腸をつかみ出し、床の間に掛かっていた梅の掛け軸へ投げつけたという壮絶な逸話があり、秀吉に対して激しい恨みを抱いていたことがうかがえる。安養院には信孝が自害に使用されたと伝わる短刀や、血痕が残るとされる掛け軸が残っている。なお、信孝の介錯人を務めた太田新左衛門尉という家来も自害して殉死した。また、信孝の母である坂氏は、賤ケ岳の戦いの前に秀吉によって岐阜城が攻撃され降伏した際に信孝の娘と共に人質となっている。しかし、賤ケ岳の戦いの後に秀吉の命令で孫娘と共に磔にされた。
○小一郎、千宗易と対面する
最後に大徳寺で修行することで傷心を癒やす小一郎が千宗易(吉岡秀隆)と対面するシーンがある。目の前で市を死なせてしまった小一郎。すでに覚悟が決まっていた秀吉とは違い、小一郎は大きく傷つく。
大徳寺で修行に励む小一郎は宗易という茶人と出会った。茶人ながら抹茶を好きではないという宗易。破天荒な性格の宗易だが、そんな彼との問答で小一郎は天下人を目指す秀吉を支えることを改めて決意した。SNSでは「この利休、ものすごい曲者感がするな」「抹茶が苦手な利休なんて斬新すぎる」と、利休の強烈なキャラ設定が話題となった。
きょう6日に放送される第34話「最強のライバル」では、秀吉は権力を示すため、大坂城の築城を開始。一方、織田信雄が徳川家康(松下洸平)に接近し、共に秀吉を討とうと誘いかける。





(C)NHK

