会議室の大画面に映った「破廉恥な衣装の私」…元CAグラドル・風吹ケイが語る航空会社退職の真相と妹の涙

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男性のみならず、女性からも支持されているグラビアアイドルの風吹ケイさん。タレント活動を始める前、新卒で入社した客室乗務員時代にはコロナ禍で極限の生活苦に追い込まれたという。お金のために始めたマッチングアプリや相席屋通い、そして日払いのバイトでの偶然の出会いから踏み出したグラビアの世界--。デビュー当時のエピソードを本人のエッセイ形式でお届けする。

【写真】客室乗務員時代の風吹ケイさん

マチアプで遊びまくり

皆様はじめまして。風吹ケイと申します。

現在グラビア誌やバラエティ番組に出させていただいている私は、客室乗務員として勤務していた経験があります。

当時は夢に向かってとにかく一直線で、お金のことや、これからの人生のことなんか全く考えたことがありませんでした。

ですが、2020年3月ごろに新型コロナウイルスが蔓延しOJT空け直後、これから華々しいCAライフを送るぞという時に蔓延防止措置が発令され、フライトができなくなりました。

正確には月に6時間しか飛べませんでした。6時間というと、福岡2往復(片道1時間半)のみで、月に2日しかフライトしていません。

私が勤めていた会社のお給料システムは、乗務手当(45時間以上から追加される)でまかなわれているので、基本給のみの支給になります。私は専門卒で、当時の基本給は14万円。

家賃手当もなく、14万円で1ヶ月を凌いでいました。当時は家賃が8万円だったので、その他固定費を合わせると本当にお金がなくて、就職したにも関わらず、もやし生活でした。

時節柄飲むとなったらビールではなく発泡酒で、かつ同期とzoom飲み。悲しかったです。

ただ当時の私は、CAとして就職した一番の目的、「ちやほやされたい」という思いを捨てたくありませんでした。

もちろん女性CAの全員がちやほやされたい訳ではないとは思いますので、決めつけて論じることだけはやめてくださいね。

それで当時同じくプライドを捨てられなかった同期たちと結託し、マッチングアプリを始めました。

「彼氏欲しいなー」という気持ちがありつつも、それよりなんとか美味い飯を食べたい。

主にご飯を食べさせてくれる人を求めてアプリをしていました。先に伝えておくと、結果的に色恋的なものは一切して無いです。できませんでした。

そして、緊急事態宣言が出ていない期間に男性とお会いしていました。

「お金がないのですが、私と同期であなたのことを最大限気分が良くなるように盛り上げるので、どうかご飯を食べさせてください」

と、アプリで男性にお伝えし、会わせていただいていました。

今思えば中々のことをしていますね。

念のためですが、ちゃんと会う前に伝えていたので、トラブルになったことは一度もありません。

ただ、相席屋もご飯を食べるためにめちゃくちゃ利用させてもらってました。

先輩に誘っていただいた合コンに行き、最大限後輩してタクシー代を稼ぎに行っていた時期もありました。

ろくでもないことしてすみません。でも当時は本当にお金がなかったんです。

グラビアに興味ありますか?」

そんなことをしながらも、ちゃんと労働してお金を得なければという考えはずっとありました。

同じように苦しい生活を送っている同期の中にはバイトをしてる子もおり、私もバイトを探し始め、たまたま見つけたのが日払いのウエディングドレスモデルのお仕事。

ここで私の人生が大きく変わります。

日払いという理由で行っただけで、特に何も準備していませんでした。

行ってみると現役のバレリーナさんや恐らくモデルの方など、とにかく細い人がいっぱいいて恐縮したのを覚えています。

当時は今より9キロぐらい太っていたので、ドレスの着付けの先生に「ちょっと…後ろの紐が閉まらないんですけど~、何キロですか?」とスーパー嫌味を言われました。

最近、ピーチジョン様のモデルなどをさせていただいてようやく気付きましたが、それはそうすぎる。モデルをやるには太すぎた。

嫌な思いをしながらとにかく仕事を終え、お給料が入った茶封筒を渡していただいた若い男性から「少し時間ありますか?」と言われ奥の部屋に通されました。

「率直にグラビアに興味ありますか?」と聞かれました。

全然なかったです興味。アプリで食事を食べたり、バイトをしながらも教官になりたくて航空業界に入ったし、この世界で働き尽くして死にたいとまで思っていました。

でも、今はとにかくお金がなくて、そんな私にピンポイントで仕事を提案してくれてるのが嬉しくて、なおかつ当時は「おっぱいでかいの得やな~」と思っていたので、気付かないうちに「無いことはないです」と言っていました。

そして、「地元で飲食店のバイトをしてたときに、お客さんに小池栄子さんに似てるってよく言われてました」と、グラビアやってやらんこともないですよと自分の発言を補完してました。

それを言った瞬間、その男性の目が輝きを増したことを鮮明に覚えています。

そこからは目にも止まらぬ速さでもっと詳しい担当者に繋げますと言われ、グラビアアイドル風吹ケイとして初めて会った担当者が今のマネージャーです。

そこからありがたいことに本当にトントン拍子にDVDを撮影し、ほぼ全てのグラビア誌に載せていただきました。CAとして飛んだステイ先のコンビニでもちらほら私の表紙が見つかりはじめ、同期や先輩から「すごいやん!」と褒められていい気分になっていました。

ですが人生そんなうまくいくわけもありません。

乗務中に身バレしてSNSで炎上?

とある日フライト乗務日がいきなりスケジュールチェンジで地上勤務になりました。特に何もないCAが地上勤務にスケチェンされるなんて、大怪我してフライトできないとか妊娠したとかでしか、あり得ないんです。

なのでそのメールが来たときに「今日で最後かもです」と一番面倒を見てもらっていた先輩にLINEして出社しました。

ここからは他でもよくお話しさせていただいているのですが、会議室に行くと部長と課長がいてパソコンになかなか破廉恥な衣装の私が大画面に映されていて「これって風吹さんですか…?」と。

私が意外だったのが、全く怒っている様子がなかったこと。

会社に伝えず、水着になって雑誌やDVDに出るという本当に今思えばとんでもないことをしでかした平社員なのに、なんで怒鳴られなかったんだろうと思います。

部長と課長のすごく心配してる声色で、自分がしでかした事の重大さと上司に迷惑をかけた申し訳なさが込み上げてきました。

お客様からクレームが入る、乗務中に身バレしてSNSで炎上し会社に迷惑をかける、あるいはストーカーされて危険な思いをする。

お金に困っていたとはいえ、そういったことを考えられていなかったことを今では反省しています。

その日に退職することを決意し、オフィスを後にしたら無気力というか、何にもやる気が出なくて、気付いたら行ったことない羽田のスタバにいました。

とりあえずマネージャーに経緯を連絡し、「これから頑張っていくしかないね」という結論で電話を切ったのですが、どこか気持ちが晴れなくて。

でも理由はわかってて。実は両親にグラビアのことを一切話してなかったんですよね。

そもそもこんなことになる予定なかったし、言う必要もなかった。だってただのお小遣い稼ぎに過ぎなかったから。わりかし自分の判断に根拠をつけて決断するので自信があるタイプだったのですが、こればっかりは人生で一番の誤算でした。

あんたを操っている人間を

意を決して、母に電話し経緯を話したところ「あんたを操っている人間を大阪まで連れてきなさい」と言われ、電話を切られました。この言葉しか発してないのに、電話越しに驚きと悲しみと焦りと怒りを感じました。もうほんとにスタバで大泣きした。何をやってしまったんだと。大罪を犯した気分でした。

晴れない気持ちのまま、マネージャーと一緒に大阪の実家に行きました。実家に着いて、形式的にマネージャーが鳩サブレを渡して、無理矢理笑顔を作ってる母と表情が読めない父、なぜか隅っこで正座してる妹…この世の終わりかと思いました。

丁寧に経緯を説明し、許しを乞おうとしました。だからぶっちゃけどんな話してたか全く思い出せません、とにかく必死過ぎて。

埒の明かない話が続き沈黙がやってきたとき、一言も発してなかった妹が「今までパパとママがどんな思いしてきたか分かってるん」と涙を流しながら話し出しました。あまり感情的にならない妹が大泣きしながら怒ってたんですよね。

仕事も辞めちゃってる以上、親もやるなとは言えず気を付けろやという感じでその日はまとまりました。マネージャーと家を出る際、その日も寡黙だった父が「家族なんやからなんでも言え」と。

今でもどんなトーンで言ってたか思い出せるくらい心に重く響きました。本当にちゃんとこの仕事で食っていかないと、と腹を括りました。

そこからは不安で仕方なかったけど、がむしゃらにやるしかなかったという気持ちです。

今になってグラビア好き! とはっきり言える感じ。嫌いじゃないけど、当時は無だったなと思います。

母に私が転職したことを「ばあちゃんに言わないでと、びっくりして死んでまうから」と、口止めされてたんです。ちなみに今も。

大阪に帰ってばあちゃんに会ったとき、「最近は外国人のお客さんいるん?」とか「どこに行ったの?」とかまだCAだと思ってて、でも言えるわけなくて、申し訳ないと思いながらCAのフリしてました。

それがばあちゃんのためになるし、全部私が悪いから。

でも、本当最近になって、母からそろそろ言ってもいいかもねとお許しをいただきました。こうやって家族が胸を張って私を応援してくれていることが本当に嬉しいし、ここまで連れてきてくださったファンの方には頭が上がりません。本当にありがとうございます。

今となっては明るくお話しできるようになりましたが、当時は本当に人生終わったと思うレベルで暗闇にいました。でもこんな簡単に人生終わらせてたまるかって感じです。

応援してくれる全ての方に感謝を込めて、初心を忘れず全速で進んで参ります。ありがとうございました。

文/風吹ケイ 

写真/峠雄三