「毎日家にいるならお願いがあるの」65歳夫、退職祝いの翌日に妻から告げられた一言
定年退職は、仕事だけでなく家庭での過ごし方も大きく変える節目です。それまで朝から夜まで会社にいた人が毎日家にいるようになれば、食事や家事の分担も以前と同じとは限りません。夫にとっては仕事から解放される日でも、妻にとっては夫婦の暮らし方を見直すタイミングになることがあります。
「夕飯、週3回お願いね」退職祝いの翌日に妻が切り出したこと
和夫さん(仮名・65歳)は、大学卒業後から勤めてきた会社を定年退職しました。
退職日には妻の裕子さん(仮名・63歳)が自宅で好物を用意し、2人の子どもからも「長い間お疲れさま」と連絡がありました。
「次の日から会社に行かなくていいと思うと、開放感がありました。最初の1ヵ月くらいは何もしないでゆっくりしようと思っていました」
ところが、その翌朝です。朝食を終えたところで、裕子さんが言いました。
「毎日家にいるなら、お願いがあるの」
和夫さんは「何?」と聞き返しました。
「夕飯、週3回お願いね。月、水、金でどう?」
あまりに具体的な提案に、和夫さんは言葉に詰まりました。
「俺、昨日退職したばっかりだぞ」
「だから昨日までは言わなかったのよ」
裕子さんは笑いましたが、冗談ではありませんでした。
裕子さんは現在も週3日、午前9時から午後3時までパートに出ています。
子どもたちが家にいたころから、炊事や洗濯、掃除の中心を担ってきました。和夫さんも休日にゴミを出したり、風呂を掃除したりすることはありましたが、平日の家事はほとんど裕子さん任せでした。
和夫さん自身、「自分は仕事、妻は家のこと」という生活に特に疑問を持っていなかったといいます。
「退職したら旅行に行ったり、ゴルフをしたりしようとは考えていました。でも、家の中で自分の役割が変わるとは考えていなかったんです」
裕子さんの考えは違いました。
「私はまだ仕事に行くのに、あなたは毎日家にいるんでしょう? 私が帰ってきてから2人分の夕飯を作るのは変じゃない?」
和夫さんは反論できませんでした。
総務省『令和3年社会生活基本調査』では、夫婦の家事時間について、夫と妻それぞれの家事時間を年齢別に集計しています。65歳以上についても「家事をしない」から「2時間以上」まで大きな幅があり、退職年齢を迎えたからといって、家庭内での役割が一律に決まるわけではありません。
さらに内閣府『令和6年度 高齢者の経済生活に関する調査』では、60歳以上で継続的に「就労・就業」をしている人は43.6%。男女とも69歳までは半数を超えています。夫婦の一方が退職したあとも、もう一方が働き続ける家庭は十分に考えられます。
結局、和夫さんは「とりあえずやってみる」と答えました。最初の担当日は、2日後の水曜日でした。
「飯を作るだけじゃないんだな」1ヵ月後に夫が気づいたこと
和夫さんが最初に作ったのはカレーでした。
スーパーで肉と野菜、カレールーを買い、午後4時ごろから調理。裕子さんが帰宅すると、すでに夕食ができていました。
「おいしい。ありがとう」
そう言われると、悪い気はしませんでした。ところが、毎週続けるとなると話は別でした。
月曜日にカレーを作れば、水曜日は何にするのか。冷蔵庫に何が残っているのか。足りないものは何か。
「最初は料理さえすればいいと思っていたんです。でも献立を考えて、買い物して、作って、片づけるところまである。それを次の日もまた考えるんですよね」
ある日、冷蔵庫にキャベツが残っているのに、和夫さんがもう一玉買ってきたことがありました。
裕子さんに「冷蔵庫、見てから買い物に行った?」と聞かれ、「そこまで考えてなかった」と答えると、今度は裕子さんが笑いました。
1ヵ月ほどすると、和夫さんは月、水、金の夕食をほぼ一人で用意できるようになりました。洗濯も、裕子さんが仕事の日には和夫さんが担当します。
一方で裕子さんも、「毎日全部半分にしよう」と考えているわけではありませんでした。料理が好きな裕子さんは休日には自分で作り、和夫さんがゴルフに出かける日は担当を入れ替えます。
「50対50にしたいわけじゃないの。2人とも家にいる時間に合わせて変えたかっただけ」
その言葉を聞き、和夫さんもようやく妻が退職翌日に話を切り出した理由が分かったといいます。
退職後の暮らしでは、収入や資産だけでなく、夫婦がそれぞれ何を担うのかも変わります。一方が家にいる時間が大幅に増えても、もう一方が以前と同じ家事を担い続ければ、負担のバランスが合わなくなることもあるでしょう。
家事を完全に折半することが、すべての夫婦に適しているわけではありません。大切なのは、現役時代から続いてきた役割を当然のものとして固定せず、生活時間が変わったときに改めて話し合うことです。
和夫さんにとって65歳の退職は、会社員としての役割を終えるだけではなく、夫婦2人の新しい生活で、自分が何を担うのかを考え直す節目にもなりました。

