【F1】元ホンダ・浅木泰昭が語る改良型PUの問題点「なぜ急にドライバビリティが悪化したのか」アロンソ9位のオランダGP
【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第16回(前編)
後半戦のスタートとなる第12戦オランダGPのザントフォールト・サーキットに、ホンダが大幅にアップデートしたパワーユニット(PU)を持ち込んだ。日本のファンの期待は大きかったが、アストンマーティン・ホンダのドライバーふたりはQ1落ちという結果に終わった。
フェルナンド・アロンソとランス・ストロールからは新しいPUのドライバビリティに不満の声が上がっていたが、決勝ではアロンソが1ストップ作戦を成功させ、今季最高の9位入賞を果たした。アストンマーティン・ホンダの真の実力は? ホンダPUの今後の改善ポイントは? 元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏に話を聞いた。
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浅木泰昭氏にホンダの改良型PUについて語ってもらった photo by Ryo Higuchi
ホンダも今シーズンから導入された新システム「ADUO」(追加開発・アップグレード機会)を活用し、第12戦オランダGPに改良型のPUを投入しました。
予選ではQ3進出(トップ10)を狙えるようなところまで行ってほしいと期待していたので、ザントフォールトでの予選結果(フェルナンド・アロンソ=18位、ランス・ストロール=19位)には正直、ガッカリしました。
ただ、そんななかで迎えた決勝では、アロンソ選手がアストンマーティン・ホンダにとって今季最高となる9位入賞を果たします。
この結果にはビックリしました。チームの戦略、タイヤを長持ちさせる車体、アロンソ選手のドライビングスキル、そして、レース終盤に後方から追い上げてきたアルピーヌのピエール・ガスリー選手のオーバーテイクを阻止できたPU......それぞれがうまく噛み合ったのでしょう。
ただ、ドライバーやチームのコメントから、新しいPUはドライバビリティに問題があることが伝わってきました。実際にホンダのエンジニアも、「特にシフトダウンやコーナー立ち上がり加速時のドライバビリティ向上が課題」と話しています。
【ドライバーの不満を解消するには......】エンジニアやドライバーは、コーナーの立ち上がりで何をしているのか──。説明すると、F1のスリックタイヤがまったく滑っていない時を100パーセントとすると、状況によって変わりますが、110パーセントくらいでタイヤを回転させると(タイヤを10パーセントほどスリップさせる状態)、接地面のゴムが路面に食いついて、最大の駆動力を得ることができます。
しかし、それ以上になると縦方向のグリップが低下し、加速が遅いだけでなく、横方向のグリップも失って、スナップ(挙動の乱れ)してスピンしたりします。
したがって、ちょうどいいスリップ率を長時間キープすることを、ドライバーとエンジニアは目指しているのです。ですが、今年からの新レギュレーションではMGU-H(熱エネルギー回生システム)が廃止されて、従来のようにターボの回転を電動で直接制御できなくなりましたので、減速時にアクセルを戻すと排気ガス量が減り、回転が下がってしまいます。
そこからアクセルを踏んでも、ターボの回転が上がるまでは十分な馬力が出ません。いわゆるターボラグが発生するので、その分をモーターでアシストしながら馬力が出るのを待ちます。ただ、急激にターボの回転が上がった時には出力がオーバーシュート(おつりが来る)するので、車体がスナップしてしまいます。
その結果、ドライバーは思いどおりにマシンをドライブすることができず、不満を感じているのでしょう。ドライバーやチームのコメントからも、そのことがうかがえます。今後、ドライバビリティを向上させるためには、以下の制御を組み合わせて改善していく必要があります。
・なるべく早くターボ回転を上げる制御
・シフトダウン時の回転低下を最小にする制御
・足りないトルクをモーターで補う制御
・おつりが出ないようにしてオーバーシュートを防ぐ制御
ただ、エンジンのスペックが変わっただけで、「そんなに急にドライバビリティが悪化するのだろうか?」と不思議にも感じています。もしかしたら今回のアップデートの際に、ホンダはターボのA/R比(スクロール流路の断面積と、タービン軸中心からその断面までの距離との比)を変えたのかもしれないと推察しています。
【ホンダの追加アップデートは1回のみ】A/R比が大きくなると、効率がよく最高出力を出しやすいのですが、ターボラグが大きくなり、レスポンスは悪くなります。逆にA/R比が小さくなると、馬力は出ませんが、コーナーの立ち上がりのレスポンスはよくなります。馬力とレスポンスは、トレードオフの関係にあります。
おそらく、ホンダはパワーを上げるためにA/R比が大きくなる方向でアップデートしたものの、ターボラグが大きくなり、ドライバビリティが悪化しているのだと思います。でも、F1ドライバーは非常に優秀ですから、オーバーシュート量とタイムラグが毎回一定であれば、慣れてコントロールしてしまいます。
「ドライバーがパワーを予測しやすい範囲で、ターボラグを消す制御を開発する」というのが、これからホンダが目指す「ドライバビリティの改善」の中身だと思います。
ホンダは「ADUO」の判定に基づき、シーズン中に追加アップデートを2回行なえる権利がありますが、改良版の投入はオランダGPでの1回のみにとどめるようです。新規参入のアウディもホンダと同様に、シーズン中のアップデートは第7戦バルセロナGPでの1回のみにとどめると言われています。
フェラーリはすでに第8戦オーストリアGPで1回目のアップデートを行なっていますが、モンツァ・サーキットで開催される母国イタリアGPで2回目のアップデートの権利を行使し、改良型のPUを持ち込むと言われています。
PUメーカーごとに、ADUOによるアップデートの戦略は分かれています。あくまで私の想像ですが、フェラーリは最初のPUの出来がそれほど悪くないので、抜本的に改良する必要がなかった。だから、小規模な改良をしているのだと考えています。
「スタート性能をよくするために小型のターボチャージャーを採用して、低回転域でのトルクとレスポンスを重視したけれど、ちょっとターボを小さくしすぎたので大きくしようか」とか、「本来は開幕のタイミングでやるべきだと思っていたけれど、間に合わなかったアイデアを投入しよう」といった、いわば根本的な治療ではないということです。PUの周辺を改良する場合、アップデートを何回かに分けるのは、よくあることです。
でも、ホンダの場合は、マイナーチェンジでは対応できず、根本的な治療が必要だったのだと思います。周辺の細かい改良をちょこちょことやって、今さら0.1秒~0.2秒速くなっても仕方がない。それよりは満を持して大がかりなアップデートを投入しよう──という戦略だった。
その場合は、やっぱりいったん落ち着いて、「我々には何が足りなくて、何をすべきなのか」というのをしっかりと見つめ直さなければならなかった。ホンダの場合は、1回のアップデートに全力を注ぐために半年ぐらいかけて、じっくりとアイデアを練って準備を進めてきた──というのが私の予測です。
(つづく)
◆第16回・後編>>「ホンダのアップデートはフェラーリと同じ方向性」
【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。
川原田 剛●取材・文 text by Tsuyoshi Kawarada
