食べ過ぎると命の危険があるヒマラヤの「マッドハニー」が世界中でオンライン販売されている

ハチミツは甘くておいしいだけでなく健康にもいい食品として知られており、多くの人々が日常的に食べています。そんなハチミツの中には大さじ数杯ほど食べると心拍数や血圧が急低下し、命の危険すらある種類が存在しており、世界中でオンライン販売されていると専門家が警告しています。
Mad honey poisoning in Nepal: ecology, epidemiology, and clinical spectrum of grayanotoxin intoxication (2009-2026) - ScienceDirect
‘Mad honey’ that can stop your heart is now being sold online worldwide
https://theconversation.com/mad-honey-that-can-stop-your-heart-is-now-being-sold-online-worldwide-290090
ネパールの化学生態学者であるプラヤン・ポカレル氏はある日、同僚から「ネパールの山から持ち帰ったハチミツを食べた義父が、急激に心拍数と血圧が低下して救急搬送された」という出来事を聞かされました。この話を聞いたポカレル氏はすぐに、「ヒマラヤオオミツバチ(Apis laboriosa)」というハチが取ったハチミツを食べたのだろうと思い当たったとのこと。
ヒマラヤオオミツバチは体長が約3cmに達する世界最大のミツバチであり、標高4000mを超えるヒマラヤ山脈の高地のみに生息しています。春になってツツジの花が咲くと、ヒマラヤオオミツバチは花に群がって蜜を集め始めますが、ツツジの葉や花には「グラヤノトキシン」という有毒物質が含まれています。
詳しいメカニズムは不明ですが、ヒマラヤオオミツバチはグラヤノトキシンの影響を受けないようで、毒を気にすることなくツツジからハチミツを集め続けます。こうしてツツジの毒素が濃縮され続けたハチミツは「マッドハニー」と呼ばれており、近年はオンラインを通じて世界中で購入可能になっているとのこと。

ネパールの山岳地帯に住んでいるグルン族の人々は長年にわたり、安全にマッドハニーを採取しています。マッドハニーの採取はグルン族の儀式に結びついた神聖な伝統であり、何世代にもわたってマッドハニーの安全な摂取量についての知識を蓄積してきました。
実際、小さじ1杯程度のマッドハニーを食べるだけであれば、心地よい温かさとめまいを感じる程度で済むことが多いそうです。しかし、大さじ数杯ほど摂取するとグラヤノトキシンの作用で心臓を動かす筋肉の電気信号が阻害され、心拍数や血圧が急低下します。
ほとんどの患者は食後30分~60分でめまい・吐き気・脱力感などの症状を訴えるそうで、直ちに治療を受けなければ命の危険があるとポカレル氏は警告しています。症状は正常な心拍数を取り戻すアトロピンという薬や点滴によって治療することが可能であり、ほとんどの患者は1~2日で回復するそうです。
マッドハニーは食べ過ぎなければ問題にならないケースが多いものの、害を及ぼす正確な量は製造ロット・季節・生産地域などによってさまざまです。そのため、ある人では問題なかった量でも、別の人では深刻な症状を引き起こすリスクがあります。

近年は個々の医師によってマッドハニーによる健康被害が報告されているものの、その全体像はよくわかっていなかったとのこと。そこでポカレル氏は他の医師らと協力し、2009年以降に報告された68人の患者についての症例を分析しました。
分析の結果、マッドハニーによる症状を呈した患者の約72%は中年男性であり、高血圧や性機能の改善といった民間療法的な目的でマッドハニーを摂取していたことが判明。実際、ラットを用いた(PDFファイル)研究では少量のマッドハニーが血圧を下げることが示されているとのこと。しかしポカレル氏は、「問題は薬効量と毒性量の差が非常に小さく、製造ロットごとにばらつきがあることです」と指摘しています。
また、マッドハニーによる中毒者はツツジの花が満開になって、ハチミツの収穫が本格化する春に集中していることもわかりました。実際に、春に採れるハチミツは特にグラヤノトキシンの濃度が高いことが報告されています。
マッドハニーの問題をより大きくしているのが、近年ではオンラインを通じて世界中のさまざまな地域で販売されているという点です。これらの通販商品には必ずしも安全な摂取量が記載されておらず、たとえ注意書きがあっても消費者が用量を守るとは限りません。
韓国では2013年の時点でマッドハニーによる中毒者が多数報告されており、フランスやカタールでも患者が発生しています。これらの国々では医師がハチミツ中毒に遭遇することはまれであり、患者がハチミツを食べたと伝えなかった場合、対応が遅れてしまう可能性もあります。

ポカレル氏らは今後、ネパール各地で採取したハチミツのサンプルを調査し、グラヤノトキシンがどの程度含まれているのか、どの種類のツツジに由来するグラヤノトキシンが多いのかといった点を調査するとしています。グラヤノトキシンの影響を受けないヒマラヤオオミツバチの体内で何が起きているのかも、ポカレル氏が興味を引かれる点だとのこと。
また、ヒマラヤオオミツバチは乱獲・生息地の破壊・気候変動によって個体数が減少しており、これらの研究は種の保存という観点からも重要です。ポカレル氏は、「ヒマラヤオオミツバチはヒマラヤ山脈の高山植物、中でも蜜が毒性を持つツツジなどの受粉を担っています。私たちはこの貴重なミツバチの存在を理解する前に、その価値を失ってしまう危険にさらされているのです」と述べました。
