元日本テレビアナウンサーの福留功男氏(左/時事通信フォト)

写真拡大

 夏の風物詩となっている日本テレビチャリティー番組『24時間テレビ 愛は地球を救う』。今年の総合司会は内村光良、羽鳥慎一アナ、水卜麻美アナが務め、番組は49回目を迎える。同局の看板番組である『24時間テレビ』に第1回から携わり、1991年には総合司会を担当したあの元日本テレビアナウンサーは近年、メディア露出が激減し、いつしか表舞台から姿を消していた──。

【写真を見る】今年4月に投稿された香美市長のインスタに写っていた、元日本テレビアナウンサー・福留功男氏の近影ほか

「日本全国、今朝のあなたの笑顔に向かってズームイン!」──約30年前、情報番組『ズームイン!!朝!』の司会を担当し、長年、"朝の顔"としてお茶の間に愛された福留功男氏(84)は、番組初期から『24時間テレビ』を支え続けてきた1人だった。

 同局を代表する人気アナだった福留氏は人気番組『アメリカ横断ウルトラクイズ』の司会を14年間務めてきた。1983年から始まった『全国高等学校クイズ選手権(高校生クイズ)』は福留氏が企画し、今も続いている。

 クイズ番組にとどまらず、ときには事件の現場に出向き、視聴者と同じ目線で語りかけるなど、福留氏の声は多くの人々の心を引き付けた。テレビ局関係者が語る。

「福留さんは人気絶頂だった1991年に、25年間勤続した日本テレビを退社してフリーとなりました。その後、闘病中だった逸見政孝さんの代理で『いつみても波瀾万丈』の司会を引き受け、逸見さんが亡くなったあとは正式に司会者に就任して約15年も番組を担当しました。

 また、情報番組『ブロードキャスター』(TBS系)も番組のスタートから半年後に司会に就任。的確なコメントと安定した進行で、フリーとしても活躍しました」

 しかし、時代の流れが福留氏の状況を一変させた。

「出演していた番組の視聴率が下がり、2008年にすべてのレギュラーが打ち切りとなりました。その頃、福留さんは体調不良が続いたこともあり、体に負担のない仕事にシフトチェンジし、一線を退くかたちになったそうです」(同前)

 福留氏のメディアへの出演機会は激減しているが、近年は明治大学の後輩で元福岡放送のアナウンサーだった古賀ゆきひと(67)参議院議員の後援会名誉顧問を務め、同議員のYouTubeチャンネルに出演したこともある。

 また、今年4月にはSNSで白髪姿の近影を久しぶりに披露していた。地方紙記者が語る。

「福留さんは高知県香美市出身で、2019年から同市の観光大使も務めています。そんな縁からか、今年4月には同市の依光晃一市長のインスタグラムにツーショット写真が投稿されました。

福留さんは少しほっそりしていましたが、元気そうな笑顔を見せていました。彼は同市にある公園の整備に長期にわたって寄付していて、地元の方々とも交流を続けています」

 今後、福留氏が再び表舞台に姿を現わす機会はないのだろうか。テレビ局関係者が打ち明ける。

「一線を退いてからは"若い人に道を譲るべき"と、周囲に話しているそうで、自分でなければいけないという仕事以外は基本的にオファーを断っているみたいです」

『24時間テレビ』から離れても、チャリティーの精神を受け継いでいる福留氏だった。