Mami

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-[インタビュー連載『エッジな人々』]-

いま、彼女の前には、屈強なプロレスラーたちが列をなす。完全紹介制のフルオーダーで、国内外のトップ選手から指名が絶えない。さらに、その腕を頼ったのはリングの猛者だけではない。あの世界的アーティスト、レディー・ガガの衣装制作にも携わった。リングコスチューム職人・Mami氏。30年以上にわたり、選ばれ続ける一着を生み出してきた彼女の仕事とは--
◆私が作るのは、晴れの日の「鎧」

 リングコスチュームは、ただ派手で丈夫ならいいわけではない。デビュー戦、タイトルマッチ、海外進出、そして引退試合--。レスラーにとって人生の節目を共にする一着には、その選手だけの覚悟や物語が宿る。30年以上にわたり国内外のトップレスラーを支え、レディー・ガガの衣装制作にも携わったリングコスチューム職人・Mamiは、その仕事を「晴れの日の鎧作り」と呼ぶ。華やかな一着の裏側には、選手が無事にリングを降りてくることを願う、職人の祈りがあった。

--リングコスチュームの世界に入ったきっかけは?

Mami:19歳のとき、アルバイト雑誌で「レオタード縫製、衣装制作」という募集を見つけたのがきっかけです。子供の頃から図工や手芸が好きで、「服を作る人になりたい」と思っていました。専門学校を中退してでも、どうしても縫う仕事がしたくて。

--プロレスの衣装であるとは知らなかったんですか?

Mami:書かれてなかったんです。その募集を出していたのが、後に7年間お世話になる(※1)豊嶋裕司さんの工房でした。お芝居の衣装だと思って面接に行ったら、玄関に(※2)獣神サンダー・ライガーさんのポスターが貼ってあり、そこで初めて知りました。角の生えたマスクや全身タイツのような衣装が並び、「これが作れるなら、何でも作れるんじゃないか」とワクワクしましたね。

◆試合中に脱げるのは、絶対に許されない

--働き始めて、最初に驚いたことは?

Mami:素材も道具も、使うミシンも普通の洋服とは全然違ったことですね。まず素材の名前を覚え、先輩を手伝うところから始めました。半年ほどで女子プロレスラーの衣装デザインを任され、角や(※3)レガース作りも手伝いました。当時は納期が短く、新日本プロレスや全日本女子プロレス所属選手のテレビ用衣装を「明後日までに!」 と頼まれることもあり、徹夜も珍しくありませんでしたが、寝ないで働けることすら面白かった。

--普通の洋服とは、何が違うのでしょう?