子どもが当たり前のようにしている掃除や給食の配膳、運動会の練習は特別だった。日本の公立小学校の日常に世界が注目した、その理由

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“公立小学校”と聞くと、どんなイメージを抱くでしょうか。幼少期の懐かしい記憶がよみがえる人もいれば、いままさに子どもが通っている場所、という人もいるかもしれません。

毎朝のように「行ってきます」と出かけ「ただいま」と帰ってくるまで、子どもたちは学校で先生や友だちと一日の大半を過ごします。

保護者がその様子を見ることができるのは、入学式や卒業式、運動会、参観日といった特別日だけ。でもそれは、子どもにとっては特別な一日であり、その何倍、何十倍もの「日常」があります。

朝礼や給食の配膳、掃除の時間に休み時間と言った何気ない日常。そして運動会や演奏会の“特別”な日のために、何度も繰り返される練習といった時間。そんな日常を、先生と子どもたちは一体、どのように過ごしているのでしょうか。

アカデミー賞短編賞ノミネートされた「日本の公立小のドキュメンタリー」

こうした日本の公立小学校の日常を約1年間にわたって記録したドキュメンタリー映画があります。

『小学校〜それは小さな社会〜』

監督を務めたのはイギリス人の父と日本人の母を持つドキュメンタリー映画監督の山崎エマさん。完成した作品は世界各国で上映され、短編版はアメリカのアカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされるなど、高く評価されています。

さらに、エマさんによる長編ドキュメンタリー映画『モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険』が日本語吹替版として2026年8月14日より全国にて上映もされています。本作はナレーションの吹替を俳優の河合優実さんがつとめています。8月20日には、大リーグのドラフト会議でマーリンズから指名を受けた米スタンフォード大の佐々木麟太郎の密着番組「佐々木麟太郎 in AMERICA」もNHKで放送され、話題を呼びました。

各方面で注目を集めている山崎エマさんの、世界で高い評価を受けている映画『小学校〜それは小さな社会〜』の特別上映会&トークイベントを「FRaU SDGs edu こどもプレゼン・コンテスト2026」のキックオフイベントとして開催しました。

その様子を前後編にわたってレポート。前編では映画制作の裏側や、700時間もの撮影の記録から見えてきた日本の小学校について山崎エマさんが語ったことをご紹介します。

「公立」にこだわった理由

上映後、司会を務めたFRaUweb編集長・新町真弓が山崎さんに投げかけたのは、「なぜ公立小学校だったのか」という質問でした。

山崎エマ(以下、山崎):日本では98%以上の子どもたちが公立小学校に通っています。特色のある私立ではなく、地域性や規模の違いはあっても、日本人のほとんどの子どもたちが過ごしている日常の教育を描きたかったんです。しかも、1クラスだけではなく、学校全体を撮ることにこだわっていました。公立にこだわっていたこともあって、撮影にこぎつけるまで約6年かかりました。その間、30校から「NO」と言われ続けました。

ーー交渉を続けていた2020年に転機が訪れます。東京オリンピック開催にあたり、世田谷区がアメリカのホストタウンに。それを機にようやく撮影許可が下りました。

しかしその直後、新型コロナウイルスの感染拡大によって撮影は延期に。それでも諦めることなく、翌2021年から撮影を始めたそうですね。

山崎:前例がないことを実現するには、特別な何かが必要だということは、これまでの仕事を通して学んでいたので、オリンピックはチャンスだと思いました。その後、コロナの影響で延期にはなりましたが、諦めようとは思いませんでした。

コロナ禍で見た、子どもたちの「力」

FRaUweb編集長・新町真弓(以下、FRaU):プロデューサーであり公私ともにパートナーであるエリックさんは、日本で暮らして随分長いと聞きました。日本の公立小学校のことをどのように感じていますか。

エリック:日本の小学校のことは、エマから話を聞いていたので興味はありましたが、ほとんど知りませんでした。

映画の撮影が2021年から始まったのですが、その当時は世界中でワクチンやマスク着用を巡って混乱が続いていました。そんな中で、日本が休校だったのはわずか3ヶ月。

先生方だけでなく、6〜7歳の子どもたちが学校生活を続けるためにいろいろな工夫をして、がんばっていたんです。

その時、人類が直面した困難を乗り越えるヒントさえ、日本の小学校にあるかもしれないと思いました。

小学校の「日常」を邪魔しないように

FRaU:映画の中の子どもたちが、カメラを意識せずに学校生活を送っているのが印象的でした。撮影クルーはどのようにして子どもたちの日常に溶け込んでいったのでしょうか。

山崎:必要なときにプロデューサーのエリックが同行することもありましたが、基本的には私とカメラマン、音声さんだけ。そして子どもたちに慣れてもらうために固定のメンバーで行いました。

それからとにかく“環境の一部”になろうと意識したんです。この作品は、小学1年生と6年生をメインに撮影しているのですが、6年生には、5年生の3学期から学校に通い、撮影の説明をしました。初めはお互いが探り合うような時期もありましたね。

小学1年生の子たちからは、入学式の日から私たちがいたので、「学校にはカメラがあるもの」だと思っていたかもしれません。これがあなたの机です、椅子です、カメラです、監督です、みたいな(笑)。

先生や親とはまた違いますが、学校に行けばそこにクルーがいて、安心できる存在だと思ってほしかったので、撮影のない時間は、休み時間に子どもたちと一緒に遊ぶこともありました。

FRaU:また、ドキュメンタリーといえば大抵はナレーションが入っていることが多いのに、この作品にはナレーションがないことにも驚きました。

山崎:その場で撮れた映像と音だけで作品を成立させたいと考えていました。撮れなかったものは「存在しなかったもの」として扱う覚悟です。

だから先生が子どもたちに何を説明しているのか、子どもたちがどんなことを話しているのかをきちんと録るために気を遣いましたね。

また、この映画にメインで登場するのは先生と子どもを合わせて12〜3人ほどですが、実際には、6年生5クラス、1年生4クラス、それぞれの担任・副担任の先生11名と生徒たちを撮影させてもらっていました。

気づけば撮影時間は700時間に。撮影していない時間も含めると、学校や子どもたちのご家庭で4000時間を共に過ごしていました。

撮影が始まってすぐにご自宅の様子を撮らせてもらう子もいましたが、撮影を続けていく中で大切な存在を見つけることもありました。

FRaU:その一人が、映画の中では1年生のあやめちゃんという女の子ですね。彼女は演奏会でシンバルを担当していましたね。泣きそうな小声で話す彼女の声もしっかりと聞き取れたのは、音声へのこだわりがあったからこそですね。あやめちゃんを中心にした短編映画は、アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされましたね。

この写真はアカデミー賞の際のレッドカーペットでの山崎さんですね。隣に写っている少女は……。

山崎:あやめちゃんです。アメリカで行われた授賞式に招待したんです。

FRaU:作品が完成したら終わりではなく、その後も子どもたちとの関係が続いているのですね。

山崎:今回出会った子どもたちとは、一生付き合う覚悟でいます。この映画は制作時から世界中で観てもらうことを目標にしていましたが、まさかこんなに評価されると思っていなかったので、動揺しました。でも子どもたちにはそんな私の姿も見てもらって何か学んでほしいと思っていますし、映画に出たという特別な経験が、子どもたちにとって少しでもプラスになればと思っています。

私にできることは限られていますが、できることはいくらでも協力したいと思っています。

今年は撮影当時、1年生だった子たちが、6年生になったので、3月の卒業式に行く予定です。親戚のおばさんのように泣いてしまうかもしれません。

参加者からの質問

ーートークイベントでは、山崎さんが参加者からの質問に答える時間も設けられました。

参加者:ドキュメンタリー映画は社会課題にフォーカスした作品やサクセスストーリーが多い中で、当たり前の日常を描いているにもかかわらず、なぜこんなにも観ている人を飽きさせずにできたのでしょうか。撮影や編集で工夫したことはありますか。

山崎:1年後、どのような状態になっているのか、わかっていることは1年生が2年生に進級し、6年生は卒業することだけでした。

さらに、コロナ禍で先のことが誰にもわからなかった時期だったので、演奏会の練習をたくさんしたとしても、本番は中止になるかもしれないという緊張感が続く中で撮影をしていました。不安定な時期でしたが、とにかく撮り続けようと思ったんです。撮ってさえいたら、必ず面白いものが作れると信じていました。

この映画を見終わって「で、何が言いたいんですか?」という人もいるかもしれません。

私は、作品の答えを伝えたいのではなく、映像に映し出された景色を“体感”してほしいと思って制作しています。そして、見終わったあとに、誰かと自分が思ったことを共有したくなる、そんな気づきのある作品にしたかったんですね。ご自身がこれまで経験してきたことと、私の映画を掛け合わせることで、「ああ、あのときのことって、こういうことだったんだ」と何かに気づけるきっかけになり、誰かと対話する人が増えて広がることで、より良い社会、より良い教育に繋がっていくと思うんです。

そして小学校教員という参加者からは、現場にいるからこそ感じる貴重な声が上がりました。

参加者:映画に登場した先生が仰った「僕たちは、すごい狭い世界で生きている」という気持ちを僕も同じように感じることがあります。

そして、この映画を通し、私たちは子どもと向き合っているのに、その過程や背景までしっかりと見てあげられていたのだろうかと考えました。そしてもっと子どもたちのがんばっている姿を見てあげたいと感じました。

山崎:先生方から「僕たちは、どうしたら良いと思いますか」と聞かれることがあります。

私は、先生たちが当然のように指導している、給食の配膳や掃除が海外では高い評価を受けていることに気づいてほしいと思います。

そして私は学校だけにすべてを任せるのではなく、家庭や地域も一緒に子どもを育てていく必要があると思います。どんなことを学校にやってほしいか、どれもすべてでは先生方の負担が増えるばかりです。優先順位を決めなくてはいけません。私は小学校が、社会に入っていく練習の場所として、人と関わる“小さな社会”であってほしいと思っています。

公立小学校を知れば、未来の日本が見えてくる

6年間もの交渉期間、そしてコロナ禍による撮影延期。

諦めることなく撮影に辿り着き、そこで1年間、700時間を学校で過ごした山崎さん。記録として撮り溜めた映像は約700時間。

時間をかけて丁寧に子どもたちと向き合い、その関係は今もなお続いています。そして山崎さんは、一生付き合う覚悟でいると語りました。

信頼関係、そして撮らせてもらえたことへの感謝の気持ち、観る人に多くのことを伝えるための編集テクニック。すべては伝えたいという熱量があったからこそ、こうして世界で高い評価を受けた作品になったのではないでしょうか。

後編では、山崎さん自身の幼少期にフォーカスします。日本の公立小学校で6年間を過ごした後、インターナショナルスクールへ進学し、ニューヨークの大学へ進んだ山崎さんが、海外で学び、働く経験を通して気づいた「日本ならではの教育の価値」について、お話を伺いました。

【プロフィール:山崎エマ Ema Ryan Yamazaki】

神戸生まれ。米アカデミー賞・エミー賞にノミネートされたドキュメンタリー監督。日本とイギリスの血を引く大阪育ち。19歳で渡米しニューヨーク大学で映像制作を学ぶ。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かし、人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリー制作を目指す。

また、『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』では高校野球を社会の縮図と捉え、夏の100回大会の年に大谷翔平の母校・花巻東を含む2校に密着。高校野球連盟から特別な許可を得てNHKとの国際共同制作として挑んだ。2020年、米スポーツ局ESPNで全米放送され、日本でも劇場公開。ニューヨーク・タイムズ紙の「海外映画おすすめトップ5」に選出。

2026年には初の著書『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』(新潮新書)を出版。各国の多様な教育を受けてきたドキュメンタリー監督が自身の経験から「“当たり前”の中にある価値」を綴る。

『小学校〜それは小さな社会〜』

日本の公立小学校での1年間に密着。1年生と6年生に焦点を当て、「小学校という名の社会」に入り生き方を学んでいく様子を観察。2023年の東京国際映画祭でプレミア上映され、ドイツのNIPPON CONNECTION、ニューヨークのJAPAN CUTSなど、欧米最大の日本映画祭で観客賞などを多数受賞し、2026年米テレビ界のアカデミー賞とされるエミー賞にノミネート。 日本では13館で劇場公開された後、100館以上に拡大公開され、広く話題を呼んだ。『小学校〜それは小さな社会〜』から生まれた短編『INSTRUMENTS OF A BEATING HEART』は、第97回米アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされ、山崎は日本を題材にした作品で同部門にノミネートされた初の日本人監督となった。

イベント撮影/安田美優(講談社写真部)、 文/笹本絵里(FRaUweb)

【後編】イギリス人の父、日本人の母。イギリス&日本の公立小学校とインター中学に通った山崎エマさんの『小学校〜それは小さな社会〜』上映会&トークイベント開催