AIは「記者」を殺すのか、それとも「人間」を解放するのか…メディアの変化に見る本当の価値
2026年8月、日本のコンテンツ業界とメディア関係者の間で、ちょっとした衝撃が走った。エイベックス代表取締役会長の松浦勝人氏がnoteで公開した連載記事が、万単位の「スキ」を集め、大きな話題になったのだ。
金の話、友だちがいないという話、貸しレコード店で働き始めた頃の話、そして100億円を失った話。どれも、松浦氏自身の人生から出てきた、生々しい経験談だった。ところが8月20日、その制作の裏側を本人がXで明かした。松浦氏によれば、AIが本人の指令でnoteのアカウントを作り、最初の記事を自動投稿したという。本人がやったのは「パスワードを入力したことくらい」。その後の3本についても、「ほぼほぼAIがやってます」と説明した。
4本の記事についた「スキ」は5万を超えていた。しかも、AIが書いたと明かされた後も、その数字は減らなかった。さらに松浦氏は「僕の60年分のデータを入れた」と説明している。
ここが、この話の面白いところだ。AIが文章を書いた。しかし、AIが書くために使った材料は、松浦氏しか持っていない人生だった。つまり、文章を書く仕事をAIに渡しても、「何を書くのか」までAIに渡したわけではない。
この出来事を追っていくと、いまメディアで起きている変化が、少し違った角度から見えてくる。
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米ニュースサイトの独自調査記事は生成AI記事の11.7倍読まれる
海外には、すでに記者を一人も雇わずにニュースを作るメディアが登場している。その一つが、アメリカのRuntimeWire(ランタイムワイヤ)だ。AIと、立ち上がったばかりのスタートアップを扱うニュースサイトで、創業者のライアン・マーキット氏が一人で運営している。
2026年5月15日に始まり、8月21日時点で記事は2054本。8月に入ってからは20日間で610本、1日30本を超えるペースで記事を公開していた。ここだけ聞けば、「AIならニュースサイトも人間なしで作れる」という話に聞こえる。
ところが、RuntimeWire自身が公開している数字を見ると、少し違う景色が見えてくる。筆者が調べた時点では8月にAIが自動生成した記事は588本。合計63742回読まれ、1本あたりでは108回だった。一方、「独自調査」と分類された記事は22本しかない。こちらはマーキット氏が実際に外へ出て取材した記事で、合計27990回読まれていた。1本あたり約1272回。AIが自動生成した記事の11.7倍である。
もちろん、これは一つのメディアの数字にすぎない。それでも、かなり示唆的だ。AIは、ニュースを大量に「書く」ことができる。しかし、人間がわざわざ外へ出て「取ってきた」情報には、まだ大きな差がある。
AI「コタツ記事」大量生産で検索順位下落、広告収益停止された例も
では、人間のメディアもAIを使って記事を量産すればいいのか。そう考えるのは自然だろう。実際、国内でもAIを使ってネット上の情報をつなぎ合わせる「コタツ記事」を大量に作る試みがあった。
芸能人のSNS投稿を集め、決められたフォーマットに沿ってAIに文章を書かせる。記事にするかどうかも、読者が何を知りたいかではなく、担当者の趣味や検索アルゴリズムへの適合性が優先される。AIによって、人間がやっていた「記事を書く」という作業は、恐ろしいほど安くなる。
しかし、その結果は思わしくなかった。検索順位が下落し、広告収益まで停止され、後から大量の記事を削除することになった。短期的な効率化を求めた結果、メディアそのものの価値を傷つけてしまったのである。
ここで重要なのは、AIが記事を書いたことではない。書く前から、そこに読者に届けるべき情報がなかったことだ。空っぽの情報をAIに渡せば、AIは空っぽの記事を、人間より速く、大量に作ってくれる。
あいまいだった倫理上の境界線
もう一つ、AI時代に避けて通れない問題がある。他人が苦労して集めた情報を、AIで要約して記事にすることだ。
著作権が保護するのは基本的に文章などの「表現」であって、そこに含まれる事実やデータ、アイデアそのものではない。だから、他人の記事をそのままコピーせず、自分の言葉で要約し、出所を示す。法的には、それだけで著作権侵害になるとは限らない。
しかし、取材した側からすれば話は別だ。何日もかけて人に会い、資料を調べ、ようやくつかんだ情報を、AIなら数秒で要約できる。しかも、その要約のほうがSNSで広く読まれるかもしれない。「違法ではない」と「やってほしくない」は、同じではない。
AIによって情報を加工するコストがほぼゼロになったことで、これまであいまいだった倫理上の境界線も、これからますます問題になるだろう。
「書く」AIと「取材」する記者
では、AI時代に人間の記者やクリエーターに何が残るのか。私は、むしろ以前よりはっきりしてきたと思う。
AIが得意なのは、情報を集めること、整理すること、要約すること、翻訳すること、文章にすることだ。大量の選択肢を出してもらい、壁打ち相手になってもらうこともできる。
一方で、AIが自分ではできないことがある。
現場に行くこと。人に会うこと。偶然に出会うこと。失敗すること。そして、自分自身の人生を生きることだ。
松浦氏の記事には、AIが検索しても出てこない話が入っていた。100億円を失ったとき、本人は何を考えていたのか。なぜ友人に通帳や実印を預けたのか。貸しレコード店で働き始めたとき、何を感じていたのか。それは「松浦勝人」という人間が持っている情報であり、AIが勝手に取りに行けるものではない。
RuntimeWireも同じだ。AIが自動生成した588本より、人間が取材した22本のほうが11.7倍読まれた。ここで価値を生んだのは、文章を書く能力ではない。AIが取りに行けない情報を、人間が取りに行ったことだ。
これまで記者という仕事には、取材して、考えて、書いて、編集して、確認するという一連の作業が含まれていた。しかし、そのうち「書く」はAIがかなりのところまで代替できるようになった。
そうなると、人間に残る仕事がむしろはっきりしてくる。何を取材するのか。誰に会うのか。何を聞くのか。その話をどう解釈するのか。そして、記事として世に出すのか。
つまり、「書く仕事」から「取りに行く仕事」と「決める仕事」へ、人間の役割が移っていく。
これは記者に限った話ではない。評論家も、ライターも、編集者も、クリエーターも同じだ。
AIが文章を作れるようになったことで、文章そのものの希少性は下がる。その代わり、その文章の中に何が入っているのかが重要になる。
誰が経験したのか。誰が見たのか。誰に聞いたのか。そして、誰が責任を持って書いたのか。
これからのメディアで最後に残る価値は、情報の「量」ではなく、発信者に対する「信頼」なのかもしれない。
「作業者」ではない人間の価値
AIによって、作業者としての人間の価値は下がっていくだろう。文章を整える。情報をまとめる。翻訳する。検索する。こうした仕事は、どんどんAIに渡っていく。
しかし、それは必ずしも悲しいことではない。AIに下作業を任せることで、人間はもっと現場に行ける。もっと人に会える。もっと自分自身の経験を積める。そして、それを自分の言葉で語れる。
松浦氏がAIに渡したのは、文章を書く仕事ではなく、60年分の人生だった。RuntimeWireが人間に残したのは、記事を書く仕事ではなく、AIには取れない情報を取りに行く仕事だった。
この二つの事例は、同じ方向を向いている。
AIが文章を書けるようになったからこそ、人間が何を経験し、何を見て、何を感じたのかが、これまで以上に重要になる。
AIは「記者」を殺すのかもしれない。ただし、それは「記者」という職業そのものではない。「書くことだけを仕事にしていた記者」から先にいらなくなる。
その代わりに残るのは、AIには取れないものを探しに行く人間だ。現場へ行き、人に会い、自分で経験し、自分の名前で語る。AIが文章を作る時代になったからこそ、そんな人間の価値は、むしろ高くなるのではないだろうか。
文/佐藤崇 内外タイムス

