北中米W杯のラウンド32でブラジルに敗れた日本代表。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/JMPA代表撮影)

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「日本は組織力こそあったが、個の力が足りなかった」
 
 それは、森保ジャパンの“敗因”のひとつとして語られる。たしかに、ブラジルを相手にした時、「個の力」の違いを見せつけられた。ミクロで勝てないことで、マクロで負けていた。クロス攻撃への対処など象徴的だった。
 
 しかし、本当に組織力はあって、個の力だけが足りなかったのか?
 
 サッカーにおいて、組織と個は密接につながっている。個を生かすのは組織であり、組織を成立させるのは個である。その前提からいえば、どちらかはあって、どちらかはなかった、というのはあり得ない。
 
 組織という表現はいわゆる集団性を指しているが、そもそも多様で捉えづらい。ディシプリンのようなモラルはそうだし、フォーメーションなどのメカニズムもそうで、さらにプレーモデルを運用する力にも置き換えられる。献身や犠牲精神にしばしば変換されるが、集団のために補完効果が期待できるなら、枠に囚われるべきではない。
 
 たとえば、アルゼンチン代表ではリオネル・メッシがピッチではほとんど歩いているが、それは許されている。なぜなら、メッシはパスを受けたら、誰にもできないコントロールとキックでチャンスを作り出せる。そこで周りはメッシの力を引き出すため、彼のために走り、ボールを供給する。個を引き出すことが集団の成功につながっているのだ。
 
 ブラジル戦、森保一監督は中村敬斗、堂安律をベンチに下げ、鈴木淳之介、菅原由勢を入れた時、攻撃的なキャラクターの選手から守備が本職の選手に代えたことで、守備偏重になることを予期していたという。

 案の定、後ろが重たくなって攻められ続けて逆転弾を叩き込まれたのだが、「代わりになる選手がいなかった」と語っている。それは正論のようだが...。
 
 監督という組織を司る立場で、最上の手を打てたかというと違う。森保監督は「ベンチにいなかったから無理」と言っている。その発言そのものが組織のリーダーとしては物足りない。なぜなら、組織を運用する上での定石は、「選手を替えるのは下策、選手同士の位置や役割を変えるのが上策」と言われるからだ。

 つまり、人を替えるのではなく、3バックから4バックに変える変更をするべきだった。中村、堂安のいずれかは残し、サイドバックを入れ、守りを固めながらも、攻撃のカードを残すべきだったのである。一方、中盤を分厚くするための組織を作り直すのも一つの手で、そう考えると守田英正のような選手を招集しなかったことは、組織としての本来的な欠落だったと言わざるを得ない。