聖路加病院で性被害の女性、裁判で勝訴したのに「嘘つき」呼ばわり…告発者がさらに追い詰められる“二次被害”の構造
性暴力の被害を訴えたことで、「嘘つき」や「被害妄想」とレッテルを貼られ、トラブルメーカーとして敬遠されてしまう――。
かつて性被害を受けたAさんは、性被害を告発したことで受けた二次被害が、名誉毀損に当たるとして東京地裁にて訴訟を起こしている。
そもそも「性暴力の二次被害」とは、一体どのようなものなのか。Aさんは性被害を訴えた後、何に苦しめられてきたのか。Aさんや原告代理人の弁護士らが、その実態と問題を訴えた。(ライター・佐藤隼秀)
まずAさんが性加害に遭った背景を振り返りたい。
遡ること10年近く前、Aさんは難病の治療のため、聖路加国際病院(東京都)に通院していた。しかし病状が快方に向かうことはなく、そこで受け始めたのが「スピリチュアルケア」という精神面でのケアだった。
これを担当していたのが、病院に所属する元牧師のB氏だった。B元牧師は「チャプレン」と呼ばれる、患者やその家族が直面する苦悩などに寄り添い、精神的・宗教的なケアを行う聖職者として勤務していた。
ところが2017年5月から、Aさんは病院内のチャプレンルームで、担当していたB元牧師から複数回にわたり性被害を受けたと訴えている。B元牧師はケアを行っている最中に内鍵を閉め、陰部のマッサージを強要するなどのわいせつ行為に及んだとされる。
B元牧師は、2018年9月に強制わいせつの疑いで書類送検されたが、不起訴となった。その後Aさんは、B元牧師と聖路加国際病院を相手取り提訴。
東京地裁は2022年12月、B元牧師による性加害と病院側の使用者責任を認め、両者に計110万円の支払いを命じた。Aさんが訴えた性被害そのものに関しては、すでに民事裁判で司法判断が示され、2023年7月には一般社団法人日本スピリチュアルケア学会がB元牧師を除名処分している。
しかし、Aさんを長年苦しめることになったのは、性被害そのものだけではなかった。
「無実の罪を着せられた」という加害者を擁護する声明時系列を2018年まで戻そう。
B元牧師が書類送検された直後、キリスト教関係者らで「B牧師を支えて守る会」が発足され、連名で声明を発表。Aさんの訴えとは相反する、B元牧師を擁護する姿勢を見せた。
声明には、「真面目に患者に寄り添ってきたチャプレンが無実の罪を着せられた」「援助者は患者らから一方的な要求や愛憎等の感情をぶつけられても防ぎようのない立場にある」といった内容が記載されていた。
その後、キリスト新聞社が運営するオンラインメディア「Kirishin」や、いのちのことば宣教団が発行する「クリスチャン新聞」も引用して報じ、SNSでも拡散されていったという。
Aさんは、この声明と報道により、性被害を告発したにもかかわらず、かえって誹謗中傷を受ける二次被害に遭ったと主張する。2023年9月には、「B牧師を支えて守る会」のメンバーだった牧師ら3人と、声明を掲載したキリスト新聞社・いのちのことば宣教団の2社、計5者を東京地裁に提訴。名誉毀損に基づく慰謝料など330万円に加え、記事の削除や謝罪広告などを求めている。
「人生を破壊するほどの大きな影響」こうした性暴力の二次被害の深刻さを訴えるべく、今年8月19日に参議院議員会館で院内集会が開催された。Aさんや原告代理人の弁護士、専門家、支援者などが参加し、二次被害の実態や、被害者に与える影響について問題提起した。
代理人弁護士の岩坂康佑氏は、こう訴える。
「性被害を訴えた人が『嘘つき』『トラブルメーカー』などと周囲から見られ、次第に『声を上げた自分が悪かったんじゃないか』と苛まれていく。さらに職場やコミュニティでの立場が脅かされ、キャリアなども喪失してしまう甚大な被害が発生している。
二次被害とは、一次被害者の相談や救済を著しく困難にする上に、その人の人生を破壊するほどの大きな影響を持っている。一次被害とはその質も内容も全く異なっているものの、二次被害の問題性や重大性は十分に理解されていない現状にある」
実際に、Aさんは性被害を病院側に申告した際に「うちのチャプレンがそんなことをするはずがない」といった対応を受けた。その後、性暴力被害者のためのワンストップ支援センターに相談した際にも、「まさか聖路加国際病院でそんなことはないだろう」と言われたという。
「患者と援助者」に生じる力関係の偏り院内集会に参加した、上智大学総合人間科学部心理学科の斎藤梓教授は、二次被害の概念を次のように整理する。
もともと二次被害とは、刑事司法手続きのなかで、被害者が繰り返し被害について説明することで、被害そのものを追体験してしまう事象とされてきた。あるいは「本当に嫌なら抵抗できたはずだ」「加害者は性欲を抑えられなかっただけだ」といった、いわゆる「レイプ神話」に基づく誤った認識によって、被害者がさらに傷つけられる場合などを指してきたという。
そこから現在は、「二次被害もより広く捉えられている」と斎藤氏。被害者を疑ったり、責め立てたりするだけでなく、被害を知ったコミュニティや組織が適切な対応をしないことも二次被害につながり得るとする。
「一例を挙げると、被害を受けた人に『早く忘れた方がいいよ』と言うことも現実に起きているが、当事者からしたら忘れられたら苦労しない。こうした配慮のない対応も二次被害につながる」(斎藤氏)
さらに近年は、「認識的不正義」という観点からも研究が進んでいる。これは女性であることや、人種などの属性、あるいは「被害者らしく見えない」といった理由から、その人の証言の信頼性を不当に低く評価してしまうことを指す。
こうした先入観や偏見により、否定される経験を繰り返すうち、被害者は「どうせ理解してもらえない」と感じるようになる。結果的に、被害者自身が発言を抑え、「被害を訴えたら攻撃される」という風潮が蔓延すれば、声を上げていない別の被害者の沈黙にもつながるだろう。
特に、虐待を受けた児童など、加害者との間で上下関係が明確な場合、被害者は自らが受けた行為を周囲に正しく訴えることが難しくなる。
まさにAさんとB元牧師の関係にも、「医療機関でケアを受ける患者と援助者」「苦悩を抱える患者と聖職者」という力関係の非対称性が見られ、二次被害が助長されやすい環境にあったと見て取れる。
編集部の取材に、被告側のメディア2社は…原告(Aさん)側によれば、現在進められている裁判では、大きく2つの争点があるという。
1つが、「B牧師を支えて守る会」で公表された声明が、名誉毀損に当たるかどうか。もう1つが、仮に名誉毀損に当たるとして、事実の真実性や真実相当性(※)などによって法的責任が否定されないかだ。
※真実相当性:その事実が真実でなかったとしても、真実だと信じるにつき相当な理由があること
名誉毀損が成立するためには、「事実の摘示」が行われたことが要求される。
この点につき、原告側は、声明にある「無実の罪を着せられた」との表現や、患者から「一方的な要求や愛憎等の強い感情」をぶつけられるとの記述について、単なる意見や論評ではなく「事実の摘示」に当たると主張している。
さらに原告側は、声明に関わった個人被告3人のうち、B元牧師本人から直接話を聞いたのは1人だけで、残る2人は本人から直接事情を聞いていなかったという。メディア2社についても、声明掲載にあたり、Aさんへの取材などを行っていなかったと主張している。
一方で、被告側のメディア2社は、編集部の取材に関して、下記のコメントを残している(いずれも原文のママ抜粋)。
【いのちのことば宣教団】
「本件は現在、司法の場での判断を仰いでいる最中でございますので、それ以外の場でのコメントは差し控えさせていただきます」
【キリスト新聞社】
「本訴訟については現在係争中であり、9月4日に尋問が予定されていることから、訴訟上の個別の主張について詳細に申し上げることは差し控えます。
一方、原告側が名誉毀損に当たると主張されている記事については、当社が当時、公に表明された声明の存在と内容を報道したものです。当該声明に記された主張を当社自身の見解として表明したり、その内容を支持・認定したりしたものではありません。
当社としては、声明を引用・掲載した当該報道が原告の名誉を毀損するものとは考えておらず、この点については訴訟において主張しております。
また、その後の民事訴訟で元チャプレンによる性加害が認定された際にはその判決内容を報道し、声明を発表した関係者が声明を撤回し、原告に謝罪したことについても報じています」
最後に、Aさんは「被害者の人格がどうであろうと、障害があろうとなかろうと、性被害は加害者の問題です。 本件訴訟を通じて、性暴力が根絶され、二次被害を許さないというような社会になってほしい」と訴える。
被害を訴えた者が、二重三重に傷つけられる社会が是正される一歩となるのか。次回の期日は2026年9月4日を予定している。
■佐藤隼秀
1995年生まれ。大学卒業後、競馬関係の編集部に勤め、その後フリーランスに。ウェブメディアを中心に、人物ルポや経済系の記事を多く執筆。趣味は競馬、飲み歩き、読書。

