中国には強気な高市首相がロシアには手も足も出ない…屈辱的な「プーチンの北方領土初上陸」を許した"日本の急所"

■日本外交が「敗北」した屈辱的な日
2026年8月13日は、日本の外交史において屈辱的な日となった。
ロシアのプーチン大統領が、日本固有の領土でありながらロシアが不法占拠を続ける北方領土の択捉島に、2000年の大統領就任以来、初めて足を踏み入れたのである。
水産加工場を視察した際、イクラをほおばりながら見せた大統領の余裕の表情は、長年にわたり、平和条約の締結と領土返還を模索してきた日本に対する、明確な「拒絶」のメッセージとして映った。
この事態を招いた遠因が、エネルギー安全保障上の焦りからロシアとの関係修復を急いだ日本政府自身の見通しの甘さにあったとすれば、これは、単なる領土主権の侵害にとどまらず、日本外交の明らかな「敗北」と言わざるを得ない。
なぜ日本はプーチン氏に隙を突かれたのか。本稿では、この事態の裏側にある国際政治の冷徹な力学と、高市政権の対露アプローチにおける誤算を紐解いていく。
■イクラをほおばる余裕の表情
タス通信などの報道によると、プーチン氏は13日、択捉島に入り、北方領土を事実上管轄するサハリン州のリマレンコ知事と会談した。ロシア国営テレビは、プーチン氏が水産加工場の生産ラインを視察し、生産されたイクラを試食する様子を大々的に放映した。
これまでのロシア首脳による北方領土訪問といえば、2010年11月に当時のメドベージェフ大統領(現・国家安全保障会議副議長)が国後島に上陸し、旧ソ連時代を含め、国家元首として初めて北方領土を訪問している。メドベージェフ氏は、首相を務めていた2012年と2015年、2019年にも訪問した。また、2021年には、ミシュスチン首相が択捉島に上陸している。
ただ、実質的な最高権力者であるプーチン氏は、これまで対日関係に一定の配慮を示し、自らの訪問は控えているとの観測が強かった。それだけに、今回あえて現地に出向いた意味合いは極めて大きい。
潮目が決定的に変わったのは、2022年2月のウクライナ侵略と、それに伴う日本の対露経済制裁の発動である。
■あえて「終戦の日」直前に決行した
ロシアは日本を「非友好国」に指定し、首脳や閣僚レベルの対話は途絶えた。外務次官級協議も打ち切られ、事務レベルの接触さえ乏しくなった。
こうした中、プーチン氏は、2024年1月、極東ハバロフスクを訪問した際、クリル諸島(北方領土と千島列島)について、「残念ながらまだ行ったことはないが、必ず行く」と公言していた。そして今回、ついにその予告を実行に移した形だ。
訪問のタイミングには、冷徹な政治的計算が透けて見える。日本が第二次世界大戦の終戦の日とする8月15日の直前を選んだのは、ロシアが「戦勝国」として北方領土を正当に獲得したという自国の歴史観を誇示し、対露制裁を続ける日本に揺さぶりをかける狙いがあることは想像に難くない。
事実、プーチン氏は、前日の12日、極東サハリン州で始まったロシア海軍太平洋艦隊の軍事演習を視察し、海軍幹部らとの会合で、北方領土の帰属について「第二次世界大戦の結果により生じた現実として、国際文書に明記されている」と述べた。国際法上も疑義がある一方的な主張であり、日本の返還要求を退ける立場を改めて強調したものだ。

■高市首相も茂木外相も抗議したが…
この事態を受け、高市早苗首相は13日、首相公邸で記者団の取材に応じ、「歴史的にも国際法上もわが国固有の領土だ。日本国民の感情を傷つけるもので、断じて許容できない」と強いトーンで抗議した。
ロシアのウクライナ侵略により日露関係が厳しい状況にあるなかでも「できる限りの努力を払ってきた」と強調し、茂木敏充外相も同日、外務省にノズドレフ駐日大使を呼び出して厳重に抗議した。日本政府は、過去のメドベージェフ氏の訪問時よりも深刻な事態だと受け止めたのだ。
しかし、ロシア側は日本の抗議に対して冷ややかな対応を見せた。ロシア外務省はマリア・ザハロワ報道官名義で声明を出し、日本の抗議について、「憤慨を禁じえず、断じて容認できない」と逆非難。
「あつかましくも、ロシアの指導者が自国内のどこを訪問すべきかを指示するに至った」と反発し、在日ロシア大使館もSNSで「大統領の国内訪問は主権行為であり、外国との協議事項ではない」と一蹴した。
なぜ、日本は足元を見られ、隙を突かれたのか。その背景には、高市政権下で定まっていなかった「対露外交のブレ」がある。
■「原油がない国」の苦渋の選択
2022年以降、日本は米欧の対ロシア制裁に足並みをそろえてきたが、結果として、ロシアとの首脳・閣僚レベルの対話は途絶え、事務レベルの接触さえ乏しくなっていた。しかし、2026年2月、イランへのアメリカの軍事攻撃が発生したことが大きな転機となる。
原油の輸入の9割超を中東に依存する日本にとって、エネルギー調達先の多様化は死活問題である。この危機感から、高市政権は足元の数カ月間、制裁を維持しつつもロシアとの関係改善を模索するような動きを見せたのだ。

今年5月には、経済産業省や外務省の幹部が訪露し、ロシア経済発展省の担当者と協議した。三井物産や三菱商事が参画するロシア極東の石油・天然ガス開発事業「サハリン2」の権益維持を念頭に、ビジネス環境の改善を申し入れたものとみられる。
7月には、外務省が2019年を最後に中断していた、日本の大学生らのロシアへの短期派遣事業の再開方針を発表。教育関係者から、安全面のリスクを危ぶむ声があがる中での決定だった。
さらに同月、茂木外相が訪問先のフィリピンで、ラブロフ外相に近寄り、挨拶を交わした。日露外相による5年ぶりとなる接触であり、茂木氏は記者会見で、「政府間の意思疎通は必要だ」と関係修復の意向をにじませた。
■日本の歩み寄り姿勢が逆効果に
一方で、高市首相は、ロシアの侵略を受けるウクライナとの対面での首脳会談を実現させておらず、ウクライナ支援が主要議題となった7月のNATO・北大西洋条約機構首脳会議も欠席した。
こうした外交的動きは、エネルギーの確保を優先した、ロシアへの配慮とも受け取られかねない。
実際、一連の動きは、クレムリンにどう映ったか。
「日本はエネルギーの調達でロシアを頼りにしており、強硬な態度には出られない」と見透かされた可能性は極めて高い。関係改善の糸口を探ったはずの行動が、逆にプーチン氏の択捉島上陸を後押しする、誤ったメッセージとなったとすれば、対露外交の失態と言わざるを得ない。
今回のプーチン大統領の北方領土訪問は、長年にわたる日露間の領土交渉の実質的な終焉を告げる出来事かもしれない。ロシアに歩み寄れば、領土問題で何らかの進展が得られるのではないかという、日本側の一方的な期待は見事に打ち砕かれた。
■消滅した「安倍外交の遺産」
振り返れば、故安倍晋三政権下の2010年代は、ロシアとの平和条約締結に向けた環境整備の動きが活発化した。2013年4月に安倍氏とプーチン氏が「戦後67年を経て平和条約が存在しないことは異常」との認識を共有。
2016年には、今までの発想にとらわれない「新たなアプローチ」で交渉を進めることを確認し、2018年には、「平和条約締結後に歯舞群島、色丹島を引き渡す」とした1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速させることで合意した。北方四島のうち、せめて二島だけでも、という現実的妥協の道を探る、ぎりぎりの外交交渉であった。
安倍元首相はロシアと交渉を進めるにあたり、常に同盟国である米国との関係に気を配った。米国との強固な同盟関係を維持し、東アジアにおける抑止力を確保することが、対露交渉力を高める基盤になると理解していたからだ。同時に、中国との関係を安定させることにも腐心していた。
しかし、プーチン氏の姿勢は次第に硬化していく。米露対立の激化を背景に「引き渡し後の島に米軍基地が置かれない保証がない」と難色を示し始め、2020年の憲法改正では、他国への領土割譲を原則禁止する条項を盛り込んだ。
こうした流れを経ての今回の初上陸は「領土の帰属問題は解決済みであり、もはや日本との交渉議題ではない」という宣言に等しい。日本は、「軍事力を背景に実効支配を強めるロシア」という冷酷な現実の前に、過去の外交的遺産を事実上無にされたのだ。

■結託する中露、動けない高市政権
さらに、今回のプーチン氏の行動の背後には、変転する国際情勢、特に「中国との結託」という外交的地殻変動がある点を見逃してはならない。
プーチン氏の北方領土訪問は、9月初めに行われる中国と共同の対日戦勝記念日を前にした「日本と戦ったのは中国だけではない」という強烈なアピールとしての側面がある。実際、訪問当日の13日には、在日中国大使館が、呉江浩(ごこうこう)大使とロシアのノズドレフ大使の共同声明を発表。
両国が第二次世界大戦で「ナチズムや日本の軍国主義と戦うために多大な犠牲を払った」と主張した。日本に対する強硬姿勢で中露の共同歩調を誇示した格好だ。台湾有事を巡る高市首相の発言などを「新型軍国主義」と批判する中国と、ロシアの利害が一致している構図が浮かび上がる。
中国メディアも、プーチン氏の択捉島訪問を一斉に速報した。中国国営中央テレビなどを運営する中央広播電視総台は、政府系シンクタンクの専門家の見解を引く形で「西側諸国があおる『ロシア軍はウクライナ危機にかかりきりで極東に気を配る余裕がない』という論調を打ち破った」と称賛している。
日本の専門家からは、「高市政権全体で外交政策としてロシアをどう位置付けるかの議論が不足している印象だ」との指摘も上がる。
■「関係回復」を望む甘いアプローチの限界
現在、日中関係は冷え込んでおり、首脳間で円滑に対話できる環境にはない。
地域の不安定要因が高まる中、国際関係全体を見据えた戦略的な対露外交を構築しなければ、日本は中露両国からのさらなる圧力にさらされるリスクを抱えることになる。

またロシアは、中東でのアメリカとイランの交戦などにより、米国の国際的威信とアジア太平洋地域への関心が相対的に低下していることを見透かしている。
米国のジョージ・グラス駐日米大使は14日、SNSで日本の主権を支持しロシアを非難したが、国際社会全体がロシアの行動を強く制止できる状況にはないのが現実だ。
高市首相は「中長期的な関係回復を困難にしたと言わざるを得ない」と強い懸念を示し、対露外交のあり方を練り直す考えを示唆した。しかし、そもそも現在の力学において「関係回復」を望むこと自体に無理があったのではないか。
■戦略を変えないと日本の領土は守れない
エネルギー権益の確保や「安倍時代」の対話の遺産にすがり、明確な戦略なきままに「歩み寄り」を見せれば、待ち受けているのは、足元を見られ、主権を軽視されるという厳しい現実である。
ロシアとの意思疎通に向けた試みが、結果的にプーチン政権側に誤ったメッセージを送ることがなかったか、政府は真摯に検証する必要がある。
日本外交は、ここで手痛い「敗北」を喫した。しかし、この冷徹な現実から出発しなければならない。軍事力を背景に北方領土の実効支配を強めるロシアの現状を直視し、幻想の「対話路線」とは決別すべき時である。
目先の動きに動じることなく、領土主権の侵害は決して許さないという毅然とした姿勢を示すとともに、アメリカをはじめとする同盟国・同志国との連携をより一層深める。国際関係全体を俯瞰した緻密な戦略のもと、主権国家としての確固たる覚悟を示すことこそが、今の日本外交に強く求められている。
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増田 剛(ますだ・つよし)
政治・外交ジャーナリスト
一橋大学法学部卒業。NHKで33年間、報道記者として勤務し、この間、政治部記者、ワシントン特派員、解説委員、NHKワールド編集長を歴任。専門分野は、政治・外交・安全保障。記者・解説委員として「おはよう日本」「時論公論」「くらし☆解説」、NHKワールド「NEWSLINE」など出演多数。日本が直面する政策課題をわかりやすく伝えることをライフワークとする。
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(政治・外交ジャーナリスト 増田 剛)
