【櫛田 泉】ゴーストタウン化が進む北海道長万部で奮闘「かにめし発祥店の凄み」…他の販売店は次々と廃墟に
北海道の長万部町は「かにめし」で全国的に有名だ。
しかし現在、長万部の駅前にはシャッター商店街が広がり、国道沿いには”かにめし”と書かれた朽ちた廃墟ドライブインが目立つ。2026年6月末時点での同町の人口は4573人。2020年の5109人から約10%減少している。町の一部はゴーストタウンの様相すら呈している状況だ。
1980年代の国鉄の合理化による大幅な人口減少に加え、高速道路の延伸によって貸切バス利用の観光客が町を素通りするようになったことが、町の衰退に拍車をかけた。目下、北海道新幹線の新駅建設が進むものの、どれだけ町の活性化につながるかは不透明だ。
本稿では、そんな長万部町で奮闘する「かにめし本舗かなや」に焦点を当てる。同店の歩みは、北海道のかにめしの歴史そのものだ。
前編記事〈北海道「かにめしの聖地」に広がる異様な光景…朽ちかけた廃墟店舗が並び、一部ではゴーストタウンの様相に〉から続く。
かにめし「かなや」の奮闘
長万部駅前のシャッター商店街の中でも客の絶えない店がある。「かにめし本舗かなや」(以下、かなや)だ。
かつて、長万部駅構内や特急列車の車内で販売されていた駅弁だった「かなやのかにめし」(以下、かにめし)は、全国的にも広く知られた存在で、このかにめしを目的に全国から来店する客は多いという。
もともとかにめしは、国鉄時代に長万部の駅ホームで立ち売りを行っていた。しかし、国鉄分割民営化によりJR北海道となってからは窓が開かない特急列車が主体のダイヤへと変更になり、車内販売へと移行。最盛期には、1日に300食ほどを列車に積み込んでいた。
しかし、2019年2月末をもってJR北海道の特急列車の車内販売は終了した。その後、かなやでは、かにめしの予約購入を希望する特急列車の乗客に対して長万部駅ホームで手渡し販売をするサービスを行っていたが、各車両の扉ごとに人員を配置しなければならず、人手不足の現在はサービスを終了している。
かにめしは長万部駅や特急列車での購入はできなくなってしまったが、駅前の店舗や国道5号沿いのかなや直営のドライブインにて1350円で販売している。
ちなみに、駅前の店舗には列車の車内を模した無料休憩所「自由席」が併設されており、かつての汽車旅気分に浸りながらかにめしを食すことが可能だ。座席の前方に設置されたモニターには鉄道関連の動画が流されており、旅情をより引き立たせてくれる。
かにめし本舗かなや取締役の松島徹さんに話を聞いたところ、もともとは車両1両まるごとを展示する構想だったという。
「自由席は、駅弁だったかにめしを食べながら列車の雰囲気を味わってほしいという思いから始めた演出でした。当初は、車両1両まるごとを使う構想だったのですが、輸送することが困難だということが分かり、やむなく椅子だけを譲り受けることになりました」
そもそも、全国からの旅人を惹きつける長万部のかにめしは、どのような経緯で誕生したのだろうか。
長万部でかにめしが誕生した訳
かなやの創業は1928年(昭和3年)。この年、現在のJR室蘭本線である国有鉄道長輪線が東輪西駅(現・東室蘭駅)まで全通し、多くの人々をのせた列車が長万部駅を行き交うようになった。当時、長万部駅で発生していた10〜20分程度の停車時間に目を付けて、弁当の販売を始めたのがきっかけだった。
1947年には飛躍の契機が訪れる。起爆剤となったのは塩ゆでした毛がにだった。食材の入手が困難だった戦後の食糧難の時代、長万部町が面する噴火湾では大量の毛がにが獲れた。これを「煮がに」として長万部駅で販売を始めたところ、列車の乗客から大好評となったのだ。
そして、1950年に今日まで続く「かなやのかにめし」が誕生した。
かにめしの開発は、創業者の金谷勝次郎氏と料理人の伊藤友一氏の共同で行われ、長万部駅長をはじめとした当時の国鉄職員に何度も試食を願い出て、納得のいくまで試作を重ねたという。
かにめし発祥店の強さ
こうして完成したかにめしは、かなやが発祥とされている。タケノコと一緒に炒ったカニのほぐし身は口に入れるとふわっと柔らかく、芳醇な香りが鼻を抜ける。白米との相性は抜群だ。添えられた錦糸玉子、しいたけ、グリーンピース、梅も彩り豊かで、旅の気分を高揚させてくれる。
1960年代に駅弁大会ブームが巻き起こると、このかにめしはまたたく間に人気となり、全国に知られるようになった。長万部と言えば「かにめし」というイメージが定着したのはこの頃だ。
当時のかなやには15名の売り子がいたが、それぞれ100個の「かにめし」を持ち、駅ホームで販売を行っていた。中には、あっという間に完売し、都度、店まで「かにめし」を取りに戻る売り子もいたという。
自動車の大衆化が進んだ1973年(昭和48年)には町内の国道5号沿いに「ドライブインかなや」も開業。この時期から、国道沿いにはほかのドライブインも出店するようになり、かにめしの販売をはじめたそうだ。
しかし、2000年代以降、高速道路の延伸により団体旅行者が長万部の町を素通りするようになってからは廃業に追い込まれたドライブインも多く、路面店でのかにめし販売はドライブインとともに徐々に姿を消していった。
そうした中で「かなやのかにめし」は駅弁として、全国区の知名度を確立できた点が強く、今なお全国から多くの旅行者を惹きつけている。
長万部に新幹線駅ができても…
かつては、駅弁としてブームを巻き起こし、全国的な知名度を誇るようになったかにめしであるが、長万部駅構内や特急列車車内での販売が取りやめになって久しい。そんな中で、かなやは現在どのような販売戦略を描いているのだろうか。
「特急列車での車内販売が終了する前後からスーパーでの販売に力を入れ始めました。おかげで今ではかなりの数が売れています。今後はさらなる販売アップを目指して、冷凍のかにめしを通信販売で全国に発送することも考えています。
新幹線の開業に関しては、駅のテナントとして入れるかどうかもわからない状態です。今まで培ってきたブランド力を活かして、百貨店などでの催事展開に力を入れることが現実的だと考えています。
町の区画整理事業では当社も計画区域に入っていることから、かにめしの販売を始めた1950年(昭和25年)ころから変わっていない社屋を建て替えることになります。しかし、新幹線の開業が大きく遅れており先行きは不透明です。古い社屋を直すに直せない点はもどかしいです。
新幹線の長万部駅が開業しても、大半の観光客は札幌や東京方面に素通りすることになると思っています。特急北斗が、長万部駅を始発として洞爺や登別を経由して札幌まで運行する話もあるようですが、長万部からはせいぜい苫小牧くらいまでの利用に限られます。長万部駅を乗り換えに使う乗客数は少ないのではないでしょうか。」(松島さん)
長万部では人口減少が続き、駅前の再開発や北海道新幹線の開業も先行きが見通せない状況が続いている。その中で、「かにめし本舗かなや」は鉄道に依存した駅弁販売から、スーパーや催事、通信販売へと販路を広げ、新たな活路を模索している。
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