中国の中産階級破産7点セット(第3回)受験競争と高額住宅ローンの意外な相関関係
今回のシリーズでは中国の流行語である「中産階級破産7点セット(中産破産七件套)」を基に、中国の中産階級が破産に至る7つのリスクを解説している。
前回の記事では専業主婦化による家計と再就職のリスクを解説した。今回は「子どもへの教育投資」について解説する。
中国の中産階級破産7点セット(第2回)専業主婦から女性フードデリバリー配達員への“転職”急増
塾の規制後も止まらない受験競争
破産7点セットに子どもへの教育投資が入る理由には、その固定費の高さがある。この表は2022年に中国のシンクタンク、育媧人口研究智庫が発表した18歳までの1人当たりGDPに対する子育て・教育費用の倍率だ。
中国は韓国と同様に、受験競争の激化に伴う塾・習い事等の教育費の家計負担が高い。
2023年の北京大学の調査によれば、子ども1人を幼稚園から大学卒業まで教育するための平均費用は約28.7万元(約680万円)だ。しかも平均値であるため、所得の高い都市部や教育投資を積極的に行う家庭では、負担はさらに大きくなる。
この過酷な受験競争の負担を減らすために2021年に導入されたのが双減政策だ。この政策は小中学生を対象に「学校の宿題の負担」と「学習塾など学校外教育の負担」という2つの負担を軽減することを目指したものである。
結果として塾を開く企業や教室数は、規制前の約12万4000から2022年2月時点で9728と、規制強化から半年強で92%減と縮小した 。
ただし、学習塾への需要は存在し続けているのが実態だ。なぜ需要が消えないのか。最大の理由は入試制度そのものが変わっていないことだ。
高校入試では普通高校と職業教育への振り分けが行われ、地域によっては普通高校への進学競争が非常に激しい。さらに大学入試でもトップ校に進学できるのはごく一握りという現実が変わらない限り、保護者にとって「課外授業=進学切符」という認識は揺るがない。
その結果、学習塾での課外授業は「見えない形」へと姿を変えた。受験競争そのものが残っている以上、保護者の教育投資が消えたわけではなく、学習塾は地下化という形で残った。1対1の個別指導など、より高額なサービスへと形を変えているケースもある。
そして一度高い教育水準に慣れると簡単に切り下げられず、家計を長期にわたり圧迫する。
学区内住宅という最大の隠れ負担
日本において中国の富裕層・エリート層から高い人気を集めるエリアの一つに、東京都文京区がある。人気の最大の要因は、その優れた教育環境だ。東京大学をはじめとする文教都市としてのブランド力に加え、「3S1K(誠之、千駄木、昭和、窪町)」と呼ばれる名門公立小学校の学区が広く知れ渡ったことで、不動産需要や越境・入学希望の過熱を招いている。
これは構造的に中国の学区内物件(学区房)と似た現象である。中国では原則として、特定の学校へ進学するためにはその学区内に戸籍や居住実態を持つ必要がある。この制度が「学区房」という特殊な不動産市場を生み出した。
中国では、エリート校の学区内物件が一般物件より割高で取引されるのは珍しくない。優れた教育リソースが不動産と直結しているため、保護者は進学切符を手に入れるために高額な学区房の購入を余儀なくされる。
つまり、受験競争は教育費だけでなく、学区内物件という形で住宅購入にもつながる。高額な住宅ローンを抱えた家庭では、不動産価格の下落がそのまま家計の破綻リスクにつながる。これが「子どもへの教育投資」が中国の中産階級を破滅に導く「破産7点セット」の上位に挙げられる理由である。
かつて親たちを巨額の教育負担へ駆り立てたのは「名門大学に入学すれば良い職に就ける」という教育神話だった。
しかし現在、その神話は崩壊しつつある。若年層の失業率が高止まりするなか、トップ校の卒業生すら安定を求め公務員試験に殺到し、大手IT企業のポジションですら熾烈(しれつ)な争奪戦が繰り広げられている。高学歴を得ても、以前ほど高い所得や安定した雇用が保証されなくなった。
教育競争から降りられないのに、教育投資のリターンが低下している。
この認識は、中国の中産階級で広く共有されている。しかし、入試を取り巻く環境が変わらない限り、教育費という削りにくい支出が、今後さらに多くの中流家庭の家計をむしばむことは避けられないだろう。
文/下川英馬 内外タイムス

