大チョンボで即交代、2軍落ち…それでも主力、エースへ プロ野球「懲罰」の歴史
「当たり前のプレー」ができなければ、即交代、そして2軍へ……。日本ハム・新庄剛志監督が7月25日の楽天戦で行った懲罰交代が話題になった。【久保田龍雄/ライター】
ベース踏み忘れの大チョンボ
同点の3回2死、吉田賢吾が右翼線へ長打性の打球を放ち、二塁を狙ったものの、スライディングをせずにタッチアウト。新庄監督は「スライディングしていたら、間違いなくセーフ」と、5回の守りから吉田を交代させた。翌26日には登録抹消。基本的なプレーを怠った代償は大きかった。
新庄監督は5月27日の阪神戦でも、走塁ミスを犯した上川畑大悟を懲罰抹消している。今季は他球団でも広島・小園海斗、西武・長谷川信哉らが懲罰交代を命じられるなど、基本的なプレーを怠った選手への厳しい処分が目立った。

こうした“お灸”は今に始まった話ではない。プロ野球界では過去にも、目を疑うようなミスによって即交代、2軍落ち、さらには試合途中の“強制送還”まで命じられた選手がいる。その屈辱をバネに結果を残し、その後の飛躍につなげた例も少なくない。そんな懲罰交代・抹消事件を振り返ってみよう。
阪神・緒方凌介は、ベース踏み忘れの大チョンボで懲罰交代を命じられた。
2014年6月9日のソフトバンク戦、0対5の6回、先頭の緒方は四球で出塁したが、上本博紀の右中間真っ二つの二塁打の際に二塁ベースを踏み忘れ、慌てて帰塁するチョンボを犯してしまう。
本来なら1点入っていたかもしれない場面で三塁止まりとなり、この回阪神は無得点に終わった。
和田豊監督も「あの走塁でちょっとね……。自ら流れが来そうなところを放棄してしまったような形になってしまったので……」と怒りを禁じ得ず、7回の守りから緒方を引っ込めた。
「結果で取り返せるように頑張ります」と汚名返上を誓った緒方は、翌日の練習からまるで小学生がやるようなベースを踏むタイミングの“罰走練習”を必死に繰り返した。
同15日の西武戦、1対1の5回1死一、二塁のチャンスで、野上亮磨から中越えに決勝3ランを放ち、見事6日前の汚名を返上した。
何を話しても言い訳になる
DeNAでは、懲罰抹消を経験した2人の選手が、その後押しも押されもせぬ主力へ成長した。
一人は梶谷隆幸だ。2013年4月9日の広島戦に二塁手で先発出場した梶谷は、1対4の3回2死満塁の守りで、大竹寛が遊ゴロを転がした直後、二塁カバーに入らず、なぜか真逆の一塁ベース方向にゆっくり走っていった。
この間に2者が生還。菊池涼介、丸佳浩の連続タイムリーも重なり、計5点を失った。
梶谷が二塁に入っていればスリーアウトチェンジだっただけに、中畑清監督も「あれは大チョンボ。野球人として言い訳は立たない。愛してやまない選手だけど、チームとしてけじめがつかない」と即刻2軍落ちを命じた。
「何を話しても言い訳になる」と反省し、名誉挽回を期した梶谷はその後2度の抹消を経て、8月に打率.389の好成績を記録。7年目でレギュラー定着を果たし、翌14年から背番号も「63」から「3」に大出世した。
もう一人は宮崎敏郎だ。
2014年4月26日の阪神戦、3番・セカンドで先発出場した宮崎は、1対5の9回無死一塁の守りで、大和の投前バント処理の際に山口俊が二塁に送球すると思い込み、ボールから目を切り、二塁方向を見つめていた。
ところが、山口は一塁に送球し、周囲が「ファースト(に入れ)」と指示したときには手遅れ。送球は宮崎の顔面の左側を通過し、右翼ファウルゾーンへと転がっていった。
一塁走者・上本博紀はこのプレーで6点目のホームを踏み、打者走者の大和も三塁へ。気落ちした山口は鳥谷敬にもタイムリーを許し、DeNAは1対7と大敗した。
草野球レベルともいうべきチョンボに、中畑監督も「野球の世界にないボーンヘッド。ショックでした」と呆れ、試合後、宮崎の2軍降格を決めた。
1軍登録からわずか2日でUターンとなった宮崎は「僕の判断ミスです」と肩を落としたが、翌27日のイースタン・ヤクルト戦では気持ちを切り替え、4打数4安打4打点と打棒爆発。「1日も早く1軍に戻るんだ」という気迫が、3年後の首位打者獲得につながった。
次へのきっかけに変えるのか
野手の懲罰交代はベンチに残れるが、投手にはKO後、そのまま強制送還という非情のペナルティが待つこともある。
ホームゲームなら地元なので実質“強制帰宅”だが、ビジターでは、まさに“強制送還”となる。
中日のエース・大野雄大も、試合中に東京から名古屋へ強制送還されたことがある。
2014年4月26日のヤクルト戦、開幕から2連敗と調子が上がらない大野は、この日も初回に1番・山田哲人、2番・上田剛史に連続四球と制球が定まらない。3番・川端慎吾に中前先制タイムリーを浴びたあと、バレンティンにも四球で満塁。ここから飯原誉士、畠山和洋の連続タイムリーなどで計5失点と炎上した。
1回でマウンドを降りた大野は即刻宿舎に帰され、そのまま新幹線で名古屋に強制送還された。
友利結コーチは「あんな投球をされたら、みんなの和を乱す。いても仕方ないから帰した」と説明。森繁和ヘッドコーチも「大野? いないよ。途中から帰した。(先発を)飛ばすもないよ。(1軍に)いねーんだから」と、抹消を決めたことまで明かした。
ペナルティの効果はてきめんだった。5月14日のDeNA戦で1軍復帰を果たした大野は、この試合でシーズン初勝利を挙げ、2年連続の二桁勝利となる10勝をマーク。竜のエースとして覚醒した。
冒頭で紹介した日本ハム・吉田も“懲罰明け”となった8月7日の楽天戦で、3安打1死球と全4打席で出塁。いきなり結果を残し、チームの勝利に貢献した。
プロ野球選手であっても、チョンボや“やらかし”は誰にでもある。緒方、梶谷、宮崎、大野は、それぞれ厳しいペナルティを受けながら、その後のプレーで取り返してきた。
懲罰をただの罰で終わらせるのか、それとも次へのきっかけに変えるのか。失敗した瞬間より、そのあとにどう立ち上がるかが、選手の野球人生を左右するのかもしれない。
久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)
デイリー新潮編集部
