元大関・琴光喜が貴闘力と二人で「同居生活」を送っていた…!野球賭博で解雇後に”月500万円の借金”を背負い、焼肉店を手放したワケ
「いらっしゃいませ〜!」
店内に入ると、現役力士さながらの巨体を誇る元大関の威勢の良い声が店内に響き渡る。2010年の「大相撲野球賭博問題」で日本相撲協会を解雇され、角界を去ってから16年。琴光喜(50歳)はいま、栃木県鹿沼市の山あいにある蕎麦とちゃんこ鍋の店「力貴庵(りきあん)」で厨房に立ち、笑顔で客を迎え入れている。地元・愛知で14年間経営していた焼肉店を手放し、なぜ縁もゆかりもない栃木にやってきたのか。その波乱万丈すぎる「第二の人生」に迫る――。
貴闘力の店で厨房に立つ日々
東京の都心部から車で約2時間。東北自動車道の栃木インターを降り、田園風景が広がる一般道を鹿沼方面へ20分ほど走ると、「力貴庵」の看板が見えてくる。店がある鹿沼市上永野地区は蕎麦の産地であり、周辺には競合店が点在するが、ピークを過ぎた13時に到着したにもかかわらず、駐車場には湘南やつくば、葛飾など他県ナンバーの車が10台ほど停まっていた。
店内に入ると、ファンからプレゼントされたという真新しい鯉口シャツとハーフパンツに身を包んだ琴光喜が、満面の笑みで出迎えてくれた。奥には店のオーナーであり、野球賭博問題で共に相撲協会を去った元関脇・貴闘力(58歳)の姿もあった。
現在、琴光喜は朝9時頃から店に入り、ちゃんこの味付け、接客、会計、ファンとの写真撮影などフル回転している。
「最初の頃は朝7時に来て、午後3時にバイトが帰った後は夜の8時まで力関(りきぜき、貴闘力を指す)と2人で皿洗いや片付けをしていました。もともと『お前はいるだけでいいから』って言われていたのに全然違いましたね(笑)。高校時代に寮生活を経験したとはいえ、皿洗いなんてしたことなかったから、最初は『これ、(体力が)持たないな』と思うぐらいしんどかったです」
相撲ミュージアムが併設されている同店には、相撲ファンのみならず、県内外から老若男女が訪れる。現在は常時8人のスタッフが店に出ており、店内は活気にあふれている。店で提供される一品料理の8〜9割は、琴光喜が考案したメニューだ。
「焼肉店を経営していた時代から賄いを作るのが好きだったんですよ。ちゃんこ鍋はそばと並ぶ看板メニューで、素材にこだわり、親鳥で出汁を取っています。お客さんに『おいしかったよ』と言われるのが本当にうれしい。いつも『僕が作りました』と挨拶しています」
金利だけで月500万円の返済
それにしても、なぜ地元である愛知を離れ、栃木で飲食店のイチ従業員となったのか。
「名古屋で14年間『やみつき』という焼肉店を経営していました。ピーク時は月に1000万円以上の売上がありましたが、その後、人に騙されたりして精神的に辛いことがいろいろありまして。地元を離れ、心機一転やり直したいと思っていた昨年9月頃、付き合いの長い力関から『こっちに来て、もう一度頑張ってみたらどうだ』と誘われたんです。
この辺りは横綱が土俵入りで締める『綱』にも使われる麻の産地として有名な場所で、麻の収穫後の畑で育てたそばはおいしいと評判です。力関は、付き合いのあった麻農家の方との縁で出店を決めたと聞きました。最初は迷いましたが、どうしても人生をやり直したかったので『行きます!』と返事をしたんです」
「辛いこと」の内容について尋ねると、琴光喜は重い口を開いた。発端は、親友の代わりに億単位の借金を背負ってしまったことだったという。
「自分にとって彼は親友のような存在で、『(借金を抱えているため)金を借りられないので、光喜さん、(代わりに)借りてください』と頼まれ、自分が借りた形になっています。一番多い時は金利だけで月に500万円以上払っていました。『ミナミの帝王』でトイチ(10日で1割)なんて言いますが、上には上がある…。自業自得とはいえ、他人の借金で人生おかしくなったんです。それ以前にも、他の人に2億円貸したものの、まったく返ってこないこともありました。ホント、俺の人生なんなんだろうって」
この金銭問題が原因となって、家族とも離れ離れになってしまった。さらに焼肉店「やみつき」も失い、ボロボロになって辿り着いたのが栃木だった。
貴闘力との「2人きりの合宿所生活」
今年1月に「力貴庵」がオープンして以来、琴光喜は栃木県内にある貴闘力の一軒家で共同生活を送っている。
「(貴闘力とは)世間を騒がせたときから一緒に博打をやっていたくらいですから。大先輩ではありますが、その後もずっと付き合いがありました。栃木に移ってからは力関の家に居候している感じです。2人だけの合宿所生活みたいなものですよ、がはははは! 最初は力関がずっとご飯を作って面倒を見てくれて、『ママトウリキ』だなって思いました(笑)。通勤も2人で車に乗って、俺が運転しています」
開店当初は、疲れ果て帰宅後すぐ寝落としてしまう生活だったというが、生活に慣れたいまは自分の時間を楽しんでいる。
「韓国ドラマが好きで、『愛の不時着』など話題作はほぼ見ています。『サンクチュアリ-聖域-』ですか? 若い衆にお尻を拭かせる演出は事実と異なりますが、相撲をある程度知っている人が脚本を書いていると思います。あれは面白かったです。
でも、一番の楽しみはアニメですね。45歳くらいでアニメが好きになって、Netflixで『無職転生』や『転スラ』などの転生モノをよく見ています。力関は俺よりかわいらしいアニメを見ていて、2階までデカい音が聞こえてきますよ(笑)」
後編記事『「濃い人生を送った…」「マンジャロも打ちました」元大関・琴光喜が栃木の蕎麦屋に「転職」した“土俵際の事情”』につづく。
【つづきを読む】「濃い人生を送った…」「マンジャロも打ちました」元大関・琴光喜が栃木の蕎麦屋に「転職」した”土俵際の事情”
