正捕手の衝撃トレードから日々痛感する「野球の怖さ」 ハマの逸材・松尾汐恩の現在地 首脳陣が求める“覚悟”「ピッチャーは人生が懸かってる」【DeNA】

日々さまざまな経験を積み重ねながら一流への道を歩む松尾(C)産経新聞社
エースから厳しさの裏に込める期待
ソフトバンクに移った山本祐大の衝撃トレードから約4か月。いわゆる「正捕手」として扇の要となったDeNAベイスターズの松尾汐恩は、日々、成功と失敗を繰り返しながら、投手の人生を背負う覚悟を深めている。
「僕とだけ良くてもダメ」
【動画】打撃も任せろ!松尾の圧巻ホームランシーン
エースの東克樹は、松尾にあえて厳しい言葉を残す。一見すると、プレッシャーを感じさせない佇まいと、物怖じしないリードを実行できている。だが、先発ローテーションの柱として投手陣を牽引する左腕の眼差しは、決して甘くない。
「堂々とはしてると思うんですけど、まだまだ甘い部分はあるかなとはありますね。僕とは良いかもわかんないですけど、他のピッチャーとも、トータルで良くないと意味ないんで。やっぱり、そのピッチャーの特性を知る、それを知った上でのリードっていうところを、もっと勉強する必要があるかなと思います」
エースの求めるハードルの高さは、若き司令塔への愛情の裏返しでもある。とりわけ今季のベイスターズ投手陣は故障離脱者が相次ぎ、ニューフェイスとバッテリーを組む難しさがある。その中で「僕が引っ張っていきながら育てていく」と語っていた東だからこそ、松尾への叱咤には“もっとできるはず”という強い信頼と期待が込められている。
そもそも松尾が明確に「正捕手」となったのは、突然だった。今年5月12日に山本祐大がソフトバンクにトレードで移籍したことでポッカリと空いたレギュラーポジションを与えられた。そんな22歳に対し、同じ捕手出身である逈岡賢二郎ベンチコーチは、確かな成長と直面している“リアルな壁”を感じ取る。
「ジェスチャーが自然に出てくるようになったのは、本人の意識と日頃の監督、コーチのインプットの成果が出ているんじゃないかなと個人的には思います。ただ、去年までは怖さを知らずに思い切っていけた部分があったけれど、レギュラーとして本格的に出るようになってから、特に『野球の怖さ』というか1球の怖さ、ひっくり返されるシーンや詰め寄られるシーンを体験しているはずです」
プロの厳しさ、そして野球の恐ろしさを知り、慎重さと強気のバランスを模索する日々。逈岡コーチは「勝ち試合の中で反省できて、次に行けるのが一番。負けてから反省は誰でもできる。苦しみながらも、勝った試合で何かを体感して、バッテリーで協力して次の実戦に向かっていくのが非常に大事」と成長へのプロセスを強調する。
さらに逈岡コーチは、連戦による心身の疲労についても「元々そんなに身体は強くないと僕は思っています。だから目に見えないダメージも蓄積されていると思います。常にガソリンを使っている状態ですね」と配慮。その上で「でも、レギュラーとして出れている、この時間はかなり大事です。まだまだ今の力よりも守備でも打撃でも出ると思いますし、ただいま絶賛勉強中ですね」と温かい眼差しで期待を寄せた。
もちろん愛情はある。一方で首脳陣にはドラ1で獲得したトッププロスペクトである松尾を一人前に育てるという重大なミッションも課されている。
「このまま成長していってくれるパターンと、全然伸びなかったねというパターンの両方ある世界です。我々は後者にして行くことがマストです。しっかり主戦を任せられる選手に育ってほしいです」

球団からも信頼を寄せられる松尾。その責任の重みは本人も理解する(C)萩原孝弘
「サインを出すにも責任がある」元巨人の担当コーチが求める“基準値”とは?
最も近くで松尾に向き合い、熱い情熱をもって指導にあたっている担当の加藤健バッテリーコーチは、ホームベースを守る捕手が背負う責任の重みを力強い言葉で表現する。
「いろんな成功と失敗を体験してると思うんですけどね。それをふまえてホームベースを守ってる時に、瞬間的に状況判断ができるように。ピッチャーは人生が懸かってますからね。だから、いい結果になれば、自分の人生にとっても変わってくると思います。やっぱり出てる以上は責任がある。サインを出すにも責任があるし、人を動かすっていうのは、やっぱり相手の人生を背負ってるっていうくらい意識してやってほしいなと思います」
自身は現役時代を巨人一筋で送った。日本球界の盟主で酸いも甘いも見てきた加藤コーチだからこそ、松尾に求めているのは、華やかなプレーではなく「当たり前の基準値」を上げ続けること、にある。
「『ファインプレーの練習をしろ』って言ったってなかなかできないですから。当たり前のことができる方がいいんじゃないのかなって思います。過去を振り返りながら頭の中に引き出しを増やしながら、勝負できるように。痛い目に合わないと『痛い』って思い出せない。基準値が低いままなので」
そして、捕手として信頼されるポイントも指南する。
「あとはやっぱり試合が始まる前の姿っていうのは大切にしようねっていう話はします。プレーボールがかかってから、指で人を動かすのって、動く人と動かない人がいると思うんです。そのために口があったり、コミュニケーションがある。試合前のそういう時間というのも大切にしていってほしいなと」
エースからの叱咤激励、コーチ陣からの密なインプットと厳しい要求。そのすべてを全身で受け止めながら、松尾自身も自らの現在地をまっすぐに見つめている。
「自分のやるべきことっていうのは、もうわかってますし、調子に関してもいろんなことがわかってきて、自分の中で『もっとこうしないといけない』『ああしないといけない』っていうのが出ているので。毎日が勉強ですし、毎日努力しないといけないっていう日々が続いています」
コーチ陣から言及された「1球の怖さ」についても、松尾はしっかりと自身の言葉で噛み締めていた。
「本当に1球の怖さというところも改めて感じます。試合に出ていく中で、難しいところも、毎日勉強させてもらってます。いろんな先輩とかコーチにいろいろ助けられながらやってます」
ルーキー時代から「レギュラー取り」を宣言していた強気な男は、簡単ではない状況にも、「本当に充実しています」と切れ長の目を光らせる。自身の成長とも向き合う22歳は、苦しみながらも一歩ずつ階段を登る真っ只中にある。すべては「完全無欠の司令塔」という目標を果たすための過程だ。
[取材・文/萩原孝弘]

