落合博満氏 初めて明かした秘密の打撃練習 山田久志さんからの初安打でヒントを得た
山田久志さんとの対決で得た感覚が3冠王誕生への原点だった。現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(72)が14日、自身のYouTube「落合博満のオレ流チャンネル」を更新。プロ3年目の1981年、当時、阪急のエースだった山田さんから放った初安打が、偉業への第一歩だった。
「ヒット打ったの(入団)3年目だよ。それもたった1本だけな。ピッチャーゴロがグローブをはじいてピッチャー強襲ヒットになったんだよ。あの山田さんからヒットを打ったんだよ。当たりはどうであれ、あっエラーだなと思ったら記録はヒットになったんだよ。うれしかったね。“あっ、あの山田久志からヒット打ったんだ”って」
いつも淡々と話す落合氏が、山田さんからの初安打を思い出し満面の笑みを浮かべた。
1981年7月31日。通算9度目の対戦だった。そこまで8打数無安打5三振と、サブマリンに封じ込められていた。
「どうやっても打てないピッチャーだった。当時から下手投げ、サイドスローっていうのは嫌いではなかった。嫌いではなかったんだけど、どうやっても打てなかった。本当に偶然だよ」
カウント0−1からのシンカーをはじき返し、記念すべき初安打をマーク。ただし、この年も安打はこの1本だけ。11打席、9打数1安打だった。
「山田さんからヒットを打てるんだったら、どんなピッチャーからでもヒットを打てるだろうと思ったよ。あのシンカーをどうやったら打てるんだろっていうのを必死に考えた」
どんなシンカーだったのか。
「普通のピッチャーっていうのは膝元に落としてくるのがシンカーなんだよ、低いところへ。山田さんは高いところからシンカーを落としてきてたもん。一瞬、ボールだなと思うやつが、そこから落ちてくるからストライクなんだ。それを打ちにいかなきゃいけない。どうやって打つんだろうと思ったよ」
高めから落ちてくるシンカーへの対策。「でも、その1本のヒットから、こうやって打つ練習したら打てるようになるんじゃないのかな」。落合氏の頭の中で攻略への練習方法が浮かんだ。
それがボールの頭をたたいてスピンをかける独特の打撃スタイルだった。上からボールをつぶすように、バットを下へ潜らせるスイング。ボールにスピンをかけて打球を上げるという方法だ。
川崎球場での打撃練習ではティー打撃で試した。「(この練習方法を話すのは)初めてじゃないかな。川崎球場のバックネットをティーで越すなんていうのは。普通に下から上にしゃくり上げると簡単に飛ぶ。でも実際にバッターボックスではそういう打ち方はできない」
そこで思いついたのが「上から(ボールを)つぶしてスピンをかけてボールを上に上げてバックネットを越せばなんとかなるんじゃないのかなって。そういう練習を毎日やっていた」。
通常のティー打撃では考えられない打球。「普通、ペッパーっていうのは、来るボールに対して、打ってワンバウンドで返しなさいって言うでしょ。オレのトスバッティング、ペッパーっていうのは全部フライで返すんだよ。頭を叩たたいてスピンをかける。バットを(ボールの)下に潜らせるんだ。結構、難しいんだよ。だから、(周囲からは)“お前なにやってんだよ”とよく言われたよ」
川崎球場のバックネットを越すことで手応えをつかんだ打撃方法。「あの高めのシンカーを打つんだもん。普通に打っていたらゴロにしかならない。上からボールをつぶす感覚で打ってみたらボールは上がるんじゃないのかなっていうところにたどりいきついて、じゃあそれを練習してみようっていう。これは自分がそういう形で打っているっていうイメージなんだよ。実際、その通りに打っているかどうかはわかんないけども。イメージ的にボールを上からつぶすようなイメージでボールを打っていったら(打球が)上がるだろうっていう。それに近づこうとして打席で来るボールを打ってたっていうことなんだよ。実際はそうでない可能性があるんだよ。でも、それを普通に打っていたらもっとひどい状況になっているってことなんだ。打つためには打つための準備が必要だったんだよ」。ピンポン球のようにはじき出される打球は“山田攻略法”の産物だった。
山田氏との対戦成績は8年間で119打席、105打数32安打、打率・305。「通算で3割打ったっていうけども、本当にあのピッチャーゴロだよ。あのピッチャーゴロがヒットになっていなかったら永遠に打っていないかもわからない。ボールのヘッドをたたくっていう打撃も生まれていなかったかもわからない。だってオレの中で最高のピッチャーは、右ピッチャーは山田さんで、左ピッチャーは鈴木啓示さんなんだよ」。通算284勝、317勝のレジェンド投手との対戦が落合氏を3冠王3度の大打者へと成長させた。
それだけに「(山田さんには)300勝してもらいたかったなぁっていうのが本音」とあらためてリスペクトしていた。

