YouTubeチャンネル「アポロの野球・歴史探訪」が、「【原爆と広島カープ】原爆投下からわずか4年…なぜ広島にプロ野球球団が誕生したのか|ヒロシマの強さとは」を公開した。動画では、1945年の原爆投下からわずか4年後に誕生した「広島カープ」の数奇な歴史と、市民による球団存続の歩みが解説されている。

広島における野球の歴史は古く、1886年に用具が伝来して以降、戦前から県内各地で盛んに試合が行われる「野球王国」であった。しかし、原爆投下によって街は一瞬にして焦土と化し、その文化も分断されてしまう。

生き残った人々は焼け跡から立ち上がり、少しずつ復興へと歩み始める。1949年のプロ野球2リーグ制移行に伴い、広島を平和記念都市として再建しようとする機運の中、プロ野球チーム設立の計画が持ち上がった。こうして誕生したのが広島カープである。動画では、設立趣意書に記された「広島再建の先駆」という言葉を紹介し、カープが単なる娯楽ではなく、街が再び立ち上がっていることを全国に示す役割を担っていたと解説する。

しかし、特定企業を親会社に持たない官民共同の球団としてスタートしたカープは、創設直後から深刻な資金難に直面する。選手の給料や遠征費にも事欠き、他球団への身売りが囁かれる消滅の危機に陥った。そこで立ち上がったのが市民だった。球場入り口に置かれた酒樽に小銭を入れる「樽募金」など、自らの生活も苦しい中で「自分たちの球団を無くしたくない」と人々が寄付を寄せた光景が紹介されている。

その後、市民と球団が一体となって建設した広島市民球場が完成し、創設から26年後の1975年には悲願の初優勝を果たす。焼け跡から街を作り、暮らしを繋ぎ、球団を守ってきた人々の歩みは、カープの成長と重なっていた。広島カープの歴史は、失われた日常を取り戻し、未来へ進もうとした「広島復興の記録」そのものである。

チャンネル情報

このチャンネルでは、野球を入り口に地域の歴史や文化をわかりやすく解説しています。 新球場や球場跡地、野球と社会の関わり、そして歴史の裏側まで 現地取材や資料をもとに、“今につながるストーリー”を探訪します。 野球ファンの方も歴史好きの方も、知的な旅を一緒に楽しみましょう! 主なテーマ :プロ野球・高校野球の歴史と文化 :球場跡地・野球遺産の現地解説 :日本史・世界史・社会問題と野球の関係 :万博・地域文化・スポーツ観光など https://www.youtube.com/@baseballAPOLLO a7401781@gmail.com https://x.com/shin_gt57