「夏休み、来なくていいよ」72歳母のまさかの一言。40代息子夫婦、高速道路の〈7時間大渋滞〉に耐えた孫連れ親孝行が“お互いの負担”になった理由【FPが解説】
毎年子どもの夏休みに実家へ帰省する――それは、日本の夏の風物詩ともいえる光景です。帰省ラッシュの時期には高速道路が大渋滞となることも少なくありません。しかし、「実家はいつでも迎えてくれる」「顔を見せれば親は喜んでくれる」――そんな子世帯の当たり前が、ある日突然覆されることもあるようです。本記事では、波多FP事務所の波多勇気氏が、佐藤大輔さん(仮名)の事例から、お金と帰省の対話について考えます。※紹介する事例は、相談者より許可を得て、プライバシー保護の観点から相談者の個人情報および相談内容を一部変更して記事化しています。
電話口で母が漏らした、まさかの本音
神奈川県川崎市に住む会社員の佐藤大輔さん(仮名/45歳)は、同じく会社員の妻・美咲さん(仮名/42歳)と、世帯年収約750万円で、小学5年生と小学2年生の2人の子どもを養っています。
毎年8月のお盆には、新潟県にある実家へ車で帰省するのが恒例でした。実家で暮らすのは、母の恵子さん(仮名/72歳)。5年前に夫を亡くし、いまは一人暮らしです。お盆には、県内に嫁いだ大輔さんの妹一家も実家に顔を出すのが毎年の習わしでした。
「渋滞は覚悟のうえですよ。むしろ、あの渋滞を抜けて実家に着いたときの達成感まで含めて、夏の行事みたいなものでした」
大輔さんはそう笑います。実際、昨年の帰省では、実家へ向かう関越道の下り線で30km近い渋滞を含むいくつもの渋滞に立て続けにつかまり、通常なら3時間半の道のりに7時間近くかかりました。
後部座席では子どもたちが飽きたから帰りたいだのトイレに行きたいだの騒ぎ、車内の空気は重くなるばかり。それでも「おばあちゃんが待ってるから」と、励ましながらハンドルを握り続けたといいます。帰りのUターンでは上り線の渋滞が待っており、往復とも渋滞との戦いでした。
かかる費用も決して小さくありません。往復の高速代とガソリン代で約2万5,000円、手土産に約8,000円、帰省中の外食やレジャー費で約2万円、さらに妹の子どもである甥と姪へのお小遣いも含めると、毎年の帰省費はおよそ6万円。佐藤家にとって、夏のボーナスから真っ先に確保する固定費のような存在でした。
ところが今年の7月、恒例の帰省の相談で実家に電話をかけたときのことです。
「今年も13日から帰るからね。子どもたちも楽しみにしてるよ」
「……あのね、大輔。今年はいいよ。夏休み、来なくていいよ」
受話器の向こうの母の言葉に、大輔さんは一瞬、耳を疑ったといいます。理由を尋ねても、母は「暑いし、渋滞も大変でしょう」と繰り返すばかり。釈然としない思いを抱えた大輔さんは、たまたま職場の同僚から紹介されていた筆者のFP事務所を、自身の家計相談を兼ねて訪ねてきました。
母が帰省を断った理由
相談の冒頭、大輔さんはこう切り出しました。
「正直ショックなんです。孫の顔を見せるのが一番の親孝行だと思ってきたのに、来なくていいなんて……」
筆者はまず、感情の話をいったん脇に置き、数字から見ていきましょうと提案しました。
「大輔さん、お母さまの毎月の収入はいくらか、ご存じですか」
「え……いや、考えたこともないです。年金で普通に暮らせているものだと」
「では、あくまで仮の数字で計算してみましょう。会社勤めだったお父さまの遺族厚生年金と、お母さまご自身の年金を合わせて月13万円前後というのは、地方で暮らす同世代の女性によくある水準です。ここに、ご一家4人が1週間滞在したら、なにが起きると思いますか」
筆者は電卓を大輔さんのほうへ向けながら、続けました。
「食べ盛りのお子さん2人を含む4人分の食材を1週間分となると、いまの物価ではざっと2万円を超えます。お母さまの世代なら、帰ってくる家族に不自由をさせまいと、普段は買わないような食材も用意してくれていませんか。エアコンも普段より長く回しますから光熱費も上がる。そしてお孫さんへのお小遣いです」
ソニー損保の2026年の調査では、お盆に孫や親戚の子どもに渡す、いわゆるお盆玉を用意する人は38.6%と増加傾向にあり、1人あたりの平均額は約1万円です。孫2人なら2万円。合計すると、1回の帰省でお母さまの財布から5万円近くが出ていく計算になることを伝えました。
「5万円……月13万円のうち、ですか」
「そうです。月収の3分の1以上が、たった1週間で消える。現役世帯の感覚でいえば、月給40万円の家庭が1週間で約15万円使うようなものです。しかも72歳のお身体で、布団の準備、買い出し、連日の炊事までこなされる。お金と体力、両方の負担が限界に近づいていたと考えるほうが自然ではないでしょうか」
大輔さんは、しばらく黙り込んでいました。
「……母はずっと無理をしてくれていたんですね。全然、気づきませんでした」
「気づけないのが普通なんです。親は子に弱みを見せませんから。ちなみに、負担はお母さま側だけではありませんよ」
筆者はそういって、大輔さん側の負担も数字で確認しました。ソニー損保が2026年のお盆に車で帰省する予定がある20代〜50代の男女1,000名に行った調査では、往復のガソリン代や高速道路代、滞在中の消費、手土産代などを合わせた帰省費用の平均は2.4万円。ただし移動時間が長いほど費用はかさみ、移動時間6時間以上の人では平均6.6万円にのぼります。
佐藤家が毎年出している約6万円という金額は、まさにこの長距離帰省組に匹敵する大きな出費です。しかも佐藤家の場合、出費の大きさだけでなく「時間と体力の削られ方」も深刻でした。通常3時間半の道のりが、お盆の大渋滞で片道7時間へ膨れ上がる。お金だけでなく、移動ストレスの面でも大きな負担となる設計になっていたのです。
時間コストも見逃せません。NEXCO各社が発表した2026年お盆期間(8月7日〜16日)の渋滞予測では、10km以上の渋滞が上下線合計で436回と、前年実績の345回を91回上回る見込みです。なかでも8月15日の関越道上り線・坂戸西スマートIC付近では、約40kmもの渋滞が予測されています。佐藤家がUターンの帰り道に走る、まさにそのルートです。
「つまり大輔さん、いまの帰省は、送る側も迎える側もお互いに我慢を積み上げる設計になっているんです。どちらかが悪いのではなく、設計を変えればいいだけの話ですよ」
FPが提案した3つの見直し…「来なくていい」の裏にあった本音への答え
筆者が大輔さんに提案したのは、次の3つです。
1.帰省の時期をお盆から外す
お盆期間中の高速道路は、渋滞の激化を避けるために休日割引が適用されません。9月の連休なら、お盆ほどの渋滞はまず起きませんが、ただし、一つ注意点があります。
2024年度からシルバーウィークが、2025年度からは3連休も、休日割引の適用除外になりました。割引まで狙うなら、連休を外した通常の土日か、平日に休みを取って動くのが最も安く上がります。渋滞がなければ片道3時間半。家族の疲労も、恵子さんが気を揉む時間も大きく減るでしょう。
2.費用分担のルール化
実家に泊まるからタダ、という前提をやめましょう。滞在中の食材の買い出しと支払いはすべて大輔さんの側が持つ。目安として1泊5,000円相当を現金で渡すか、同額分の食材や日用品を持参する。これだけで恵子さんの家計への圧迫はほぼ解消します。お盆玉も、お母さまの気持ちに甘えきらず、金額に上限を設ける相談をすることを勧めました。
3.今回のことを、母の家計と将来について話すきっかけにする
実はこれが最も大切です。年金の額、医療費、介護への備え、実家の維持費。切り出しにくい話題ですが、親が我慢の限界まで黙っているほうが、家計的にも関係的にも、よほど高くつくからです。
相談を終えて数日後、大輔さんから報告の電話がありました。FP相談を経て、母の恵子さんに自分の言葉で伝えたというのです。
「母さん、この前はごめん。母さんが毎回どれだけお金と体力を使ってくれてたか、考えたこともなかった。今年はお盆を外して、9月の連休に2泊だけにする。食費も全部こっちで持つ。だから、無理のない形でまた顔を見せに行かせてほしいんだ」
電話口の恵子さんは、少し間を置いてこう答えたそうです。
「……ありがとう、待ってるよ。子どもたちの顔、やっぱり見たいからね」
なお、後日大輔さんが思い切って年金額を尋ねたところ、実際の金額も相談時に仮置きした水準とほぼ同じだったといいます。息子に心配をかけまいと、母はそれすら一度も口にしたことがなかったのです。
親孝行とは、渋滞や出費に耐えることではありません。お互いの財布と体力を数字で見える化し、無理のないかたちを言葉にして設計すること。「来なくていいよ」という寂しい一言の裏には、「本当はいつでも会いたい」という本音が隠れています。それを引き出すのは気合いや我慢ではなく、冷静な家計の対話なのです。
波多 勇気
波多FP事務所 代表
ファイナンシャルプランナー

