日帰り登山で人気の「高尾山」で、遭難する人が後を絶たない。標高599mの低山で何が起きているのか。ノンフィクションライターの羽根田治さんの著書『低山遭難 「まさかの遭難」から生きて帰った人たち』(東洋経済新報社)より、遭難者の実態を紹介する――。

※本稿は、羽根田治『低山遭難 「まさかの遭難」から生きて帰った人たち』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chaoss

高尾山の「遭難者」は富士山より多い

登山者や観光客の増加に伴って増えてきたのが山岳遭難事故である。警察庁が毎年発表している「山岳遭難の概況等」という統計資料には、2023年分より「主な山岳別遭難状況」というデータが加えられるようになった。

23年の統計によると、高尾山遭難者数は133人で、富士山の97人、穂高連峰の80人よりも多かった。24年の統計でも、高尾山は131人で、富士山の83人、穂高連峰の66人を抜いて、やはり最多であった。

ミシュランにも掲載された、“山”というより観光地のイメージが強い高尾山で、日本一標高の高い富士山や、険しい峰々が連なる穂高連峰よりも多くの人が遭難しているというデータは、その意外性からマスコミの格好のネタとなった。

たとえば、「遭難が日本一多い山は富士山ではなく『高尾山』 標高599メートル『下りの山道』に潜むホントの危険」(2024年10月20日公開 AERA dot.)、「『富士山より遭難者が多発する……標高599m・高尾山が「下山できない人」を続出させる“危険な山”になった真相』(2025年12月19月公開 プレジデントオンライン)といったタイトルを見れば、誰もが「なるほど。低山だけど実は危険な山なんだ」というイメージを持つだろう。

しかし、記事の内容は、「疲れて歩けないなど軽微な理由での救助要請が多い」「観光気分で訪れる人や軽装の人が遭難している」というようなもので、タイトルから連想されるような“危険さ”はほとんど感じられない。

■本当に高尾山はそれほど危険なのか

そもそも高尾山に“日本一遭難者の多い山”というレッテルを貼ってしまうこと自体がおかしいと思う。

年間の入り込みが300万人もいれば、それ相応の遭難事故が起こるのは当然である。もし富士山や穂高連峰にそれぞれ300万人の登山者が入山すれば、高尾山遭難者数どころの話ではないはずだ。

ただ、遭難事故が増えつつあることはたしかである。「高尾山は東京と神奈川にまたがっているので、神奈川県側の数字はわかりませんが、東京都側ではコロナのときは減少したものの、その後は年間の遭難者数は100人を超えてだんだん増えてきています」(高尾警察署警備課長で山岳救助隊長の佐伯敏郎氏。以下、コメントはすべて佐伯氏のもの)

では、実際の遭難事情はどのようなものなのか。前述のとおり、メディアの報道は、「軽装や観光気分でやってくる人が遭難している」というニュアンスのものが多い。具体的には――。

■サンダルやヒール靴で登山にくる若者

〈取材班:あちらの男性、げたを履いて登山道を上っていきます。あちらの女性はヒールを履いて登っていきます。ヒールで山頂まで登って来た女性に話を聞いてみると……。
20代女性:すごく滑りやすい、階段も多かったし。割と軽い気持ちで。
女性の友人:ハイキングくらいのつもりだった〉(FNNプライムオンライン 2023年2月5日)

〈気軽に登山できる一方で、ほとんどヒモだけといった足の指が出ているものなど、街中を歩くようなサンダルでの登山が後を絶ちません。厚底サンダルで登山する女性も見られました。

サンダルで来た登山客:「簡単なルートで来ると、このサンダルでも全然大丈夫なんです。でも、私くじきそうになったよね。このサンダルでくじきそうになった。サンダルのせい、自分のせい。親に止められて、『こんな(服装)でいくな』と。これで来ちゃいました」〉(テレビ朝日系「グッド! モーニング」2023年7月21日放送分より)

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〈記者が高尾山を訪れた日は好天に恵まれ、平日にもかかわらず、山頂は大勢の人で賑わっていた。親子連れや高齢者のグループ、外国人観光客がのんびりとくつろぎ、弁当を広げて缶ビールを飲んでいる人もいる。だが、このすぐ近くに危険は潜んでいる。

「『ここから山道』って、(標識に)書いてある。面白そうだから、ちょっと行ってみよう」「えーっ、危なくない?」「大丈夫、大丈夫!」山頂直下の登山道「4号路」の分岐では、50代くらいの夫婦が立ち止まり、こんな会話を交わしていた。

夫婦は街を散歩するような軽装で、女性はロングスカートにハンドバッグを持っていた。その先は急な下りだが、夫婦は森の小道を進んでいった〉(前出のAERA dot.)

■「サンダル登山」は意外と迷惑をかけない

しかし現実は、こうした報道とはちょっと違っているようだ。

「マスコミは『サンダル履きなど軽装の人たちが遭難している』という絵を撮りたいみたいですが、それは誇張されているというか、つくられたイメージだという気がします。

そういう人たちが遭難することはほとんどありません。サンダル履きで来るような人たちは若いし体力もあるので、転んでケガをしたとしても、救助を呼ばずに自力下山しちゃっています」

ただ、計画が不充分で救助を要請してくるケースは散見するという。たとえば、昼ごろから登りはじめたはいいが、山頂周辺でのんびりしているうちに日没となって下りてこられなくなるというパターン。

スタート時刻が遅すぎるし、登山の基本装備であるヘッドランプも持っていないから、救助を要請せざるをえなくなってしまうわけだ。また、山頂で酒を飲み過ぎて転倒したり、具合が悪くなって自力下山できなくなるという事案もたまにあるという。

■「中高年の転倒事故」が圧倒的多数

実際の現場で起きている事故について、佐伯氏はこう述べる。

「我々が救助に出動する案件は、年齢でいうと50歳以上の中高年の遭難が半数以上を占めています。登山経験は長短があって、20、30年って方もいれば、2、3年という方もいます。ほとんどの方はちゃんと登山やハイキングの装備を持ってきているんですが、それでも遭難しちゃうみたいな感じですね」

事故要因で圧倒的に多いのは転倒だという。これは高尾山に限ったことではなく、全国的に見られる傾向で、近年は転倒による事故が本当に多い。

「下りでつまずいて転ぶケースが目立ちます。油断してしまうのか、もう少しで下り終えるというところで転んで救助要請してくることもけっこうあります。

ちょっと変なたとえですが、運動会でリレーに参加したお父さんが、速く走ろうという気持ちはあるんだけど、足がついていかなくて、もつれて転んでしまうのといっしょだと思います。

写真=iStock.com/Pheelings Media
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若い人たちだってつまずいたりするんだけど、とっさにリカバーできるから、転んでもかすり傷程度ですんでいるんでしょう。でも中高年はうまくリカバーできずに、手首を折っちゃったり、頭や顔面を地面に強打したりしてしまいます。

体力はもちろん、バランス感覚も低下しているし、反射神経も鈍ってくるから、仕方ないんですよね」

■滑落、転倒、道迷い、疲労、病気…

高尾山での遭難事故の統計データは、前述の警察庁のもの以外は公表されていないので、詳しいことはわからない。ただ、ネットで探してみたら、「高尾山岳救助隊調べ」という「高尾山における2017年の遭難事故の概要」というデータが見つかった。

それによると、2017年は死亡5件、重症18件、軽症24件、無事救出等57件など計107件の事故が起きている。事故要因は滑落、転倒、道迷い、疲労、病気などさまざまで、死亡事故5件のうち2件は病死、2件は滑落、1件は首吊り自殺だった。

近年多発しているのは転倒事故だが、そのほかの事故要因は2017年同様、やはり多種多様だという。高尾山には何本もの登山ルートがあるが、道標がしっかり整備されていることもあり、道迷い遭難者はそれほど多くないようだ。

死亡に至る事故も少なく、急性心不全や滑落によって亡くなってしまう事例は年に1回あるかないか。

もうずいぶん昔、高尾山で行方不明になった人が何年間も発見されていないという話を聞いたことがあるが、そうしたケースはここ何年も起きておらず、たいていは短時間で、長くて も1、2日で見つかっているという。

首吊り自殺は数年に1件ぐらいあるそうで、登山者が自殺した人をたまたま発見したとか、自殺願望者が死にきれずに救助隊に出動要請したこともあったが、極めてレアケースとのことだ。

■山頂付近で雷に打たれた男性が滑落

高尾山は一年を通して登山者や観光客で賑わうが、最も人が集中するのは10〜12月の秋口から初冬にかけてで、とくに芋を洗うかのような人出となる紅葉の時期には事故も多い。

また、近年は夏場に脱水症や熱中症にかかって救助を要請してくるケースも少なくない。以下、こちらで把握できたいくつかの遭難事例について、概要を記しておく。

●2008年8月9日/「高尾山の山頂付近で男性が滑落している」との通報があり、消防の救助隊が出動し、病院へ搬送された。救助された男性は右手や両足に火傷を負っており、「なにが起きたのかわからないまま飛ばされた」と話した。現場の状況から落雷に打たれたものとみられている。命に別状はなかった。
●2012年4月15日/50代の男性が下山途中で転倒し、左頬を打撲するなどのケガを負い、東京消防庁のヘリで緊急搬送された。男性は山頂で酒を飲んで酔っ払っていたという。
●2015年12月23日/4号路を下山していた登山者が、崖下30メートルほどの倒木の上に、人間が倒れているのを発見し、ビジターセンターに通報。その後、出動した救助隊員が男性の遺体を確認した。男性は60代で登山道から滑落したものとみられる。警察の話によると、即死ではなくしばらくは生存していたとのこと。
写真=iStock.com/chabybucko
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■9歳の女の子が足を滑らせて30メートル滑落

●2017年1月1日/6号路で70代男性が急斜面を約70メートル滑落し、立木に引っ掛かった。救助隊が出動して現場に到着したときには意識があり話すこともできたが、担架に収容して斜面から引き上げたところで容態が急変。その後、死亡が確認された。
●2017年5月20日/高尾山を登るイベントに参加していた9歳の女の子が、登山者とすれ違うために登山道の脇に寄った際に、枯れ葉に足を滑らせて約30メートル滑落。通報から2時間後に救助隊によって救助された。幸い軽傷ですんだ。
●2020年7月12日/54歳男性がトレイルランニング中に、6号路から1号路へつながる登山道の途中で滑落して死亡。

なお、2025年秋には東北地方を中心に各地でクマによる人的被害や目撃情報が急増したが、高尾山周辺もクマの生息域とされ、これまでに目撃情報も寄せられている。

今のところ人的被害は発生していないが、クマが生息している以上、安全が100パーセント保証されるわけではない。万一に備えた対策は必要不可欠である。

■「低山の魅力」を凝縮したような山

年間300万人もが訪れる高尾山ブームは、インバウンドが極端に冷え込まない限り、今後も続くことが予想される。かといって、人が多すぎるから遭難事故が激増しているという状況でもない。

地元の人が公共交通機関を利用できないというような、オーバーツーリズムの弊害も今のところ出ていない。逆に大勢の人が来てくれてお金を落としてくれる、地元を盛り上げてくれているという点で、プラスの効果が現れているという。

高尾山は「低山の魅力」を凝縮したような山なのだと思う。しかし、万人が楽しめるこの山にも、リスクは間違いなく存在する。これから高尾山を訪れようとする人たちに対し、佐伯氏はこう注意を促す。

■低山でも地図やヘッドランプは必携

、羽根田治『低山遭難 「まさかの遭難」から生きて帰った人たち』(東洋経済新報社)

「服装を含め、地図や地図アプリ、ヘッドランプなどの基本的な装備を携行し、きちんと計画性を持って登っていただきたいですね。あと、体調が悪いときには勇気を持って登山を中止してください。

せっかくの登山なのだから、無理せずに楽しんで、無事に下山してもらうのがいちばんです」

そして最も大事なのは、高尾山だからといって決してナメてかからないこと。しっかり計画を立て、準備を整えて臨んだとしても、冒頭で検証した事例の当事者のように、心のどこかに慢心があれば、それがアクシデントを招いてしまうこともある。

世界各国からインバウンドが訪れる有名観光地として見るのではなく、ときに人間の力が及ばない自然が支配する“山”だと捉え、しっかりリスクマネジメントを行なったうえで高尾山を楽しんでいただきたい。

*参考資料「高尾山マガジン」 

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羽根田 治(はねだ・おさむ)
ノンフィクションライター
1961年生まれ。埼玉県さいたま市出身、栃木県那須塩原市在住。日本山岳会会員。山岳遭難登山技術にまつわる取材を重ね、その成果を山岳雑誌や書籍で発表する一方、沖縄、自然、人物をテーマに執筆活動を続ける。最新刊『低山遭難』(東洋経済新報社)、『これで死ぬ』『あなたはもう遭難している』(以上、山と溪谷社)、『人を襲うクマ』『ドキュメント遭難 山岳遭難の教訓』(以上、ヤマケイ文庫)、『山はおそろしい』(幻冬舎新書)など著書多数。小学生のときから登山を始め、現在はピークハントやハイキング、テレマークスキーを楽しんでいる。好きな低山は石垣島の野底岳。
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(ノンフィクションライター 羽根田 治)