【川口 マーン 惠美】独・メルツ首相に次ぐ実力派政治家が同性の夫との「代理出産」を幸せ報告も国民は大激怒の複雑背景

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“We are Family”

ドイツにはゲイの政治家がたくさんいるが、イェンツ・シュパーン氏(46)もその一人。ついこの間まで院内総務(日本でいう幹事長と国対委員長を足して2で割ったような重職)として、フリードリヒ・メルツ首相に次ぐ権力を誇っていた。

2026年7月15日、その事件は起こった。シュパーン氏の“夫”はドイツの元ジャーナリスト(現在は有名なアパレル企業に勤務)のダニエル・ファンケ氏(45)で、2人は2017年12月に結婚しているが、そのファンケ氏がInstagramに、シュパーン氏と一緒にベビーカーを押して散歩している幸せそうな写真をアップ。キャプションは“We are Family”だった。

また、シュパーン氏もドイツ最大部数を誇る大衆紙『ビルト』のインタビューに応じ、「私の夫がパパになり、私も彼と共にパパ。ゲオルク(←赤ん坊の名前)は私たちの幸せの塊。この気持ちはとても言葉では言い表せない」という舞い上がりメッセージを発信。

ちなみに、この赤ん坊は米国で代理母から生まれた。だから、「私の夫がパパになり」というくだりは、赤ん坊の生物的父親、つまり精子の提供者は夫であるファンケ氏だという意味だ。しかし、生物的繋がりのないシュパーン氏も、最終的には戸籍に父親として登録されることになる予定。

いずれにせよ、このニュースが出た途端、あちこちから抗議と批判の声が巻き起こり、爆弾が炸裂したような大騒ぎとなった。というのも、ドイツ国内では代理出産は、法律によって固く禁じられているからだ。特に、シュパーン氏が重職を担っているCDU(キリスト教民主同盟)は代理出産反対の急先鋒で、シュパーン氏自身も、過去には、代理出産を「レンタル子宮」と批判していた。

それどころかCDUは、今年2月の党大会で、婦人部から出された声明を採択し、「禁止の維持」を再確認している。ちなみに声明文には、「米国のようなライフスタイルは、我が国には存在すべきでない」「欧州議会は代理出産を、特に貧しい女性に対する性的搾取、人権侵害と断じている。代理出産は、奴隷制、強制結婚、違法な養子縁組、子どもに対する搾取と同じレベルに据えられている」と明記されている。要するに極めて犯罪性が高いという定義だ。

党内からも批判の嵐。苦しい言い訳に国民も激怒

しかし、2月にこれを採択した時点で、シュパーン氏の子どもはすでに代理母のお腹の中ですくすくと育っていたわけで、多くの国民がこの“ダブルスタンダード”に、「国民に禁じていることを自分にだけは許すのか!」「いつも他人に説教している倫理はどこへいった?」と激しく憤慨したのは当然のことだった。

誤解のないように言っておくが、国民が怒ったのは代理出産そのものよりも、シュパーン氏のダブルスタンダードだったのだ。

それにもかかわらずシュパーン氏は、国民はすべては大目に見て、皆で祝福してくれるだろうと信じていたらしいから、無神経というか、モラルの崩壊というか…。結局、氏は国民の信頼を完全に失ってしまった。

困ったのは、今年9月に州議会選挙を控えた旧東独3州のCDUの候補者たち。AfD(ドイツのための選択肢)が強すぎて、そうでなくても苦戦を強いられているというのに、党の幹部が法の抜け道を使ってシャーシャーとしているのだから、まさに致命的。「これでは国民に顔向けができない。どうやって選挙を戦うのか!」と、すぐさま党内からも鋭い批判が巻き起り、翌日には辞任要求の声まで上がった。

しかし、シュパーン氏は逃げ切るつもりで、「代理出産については、いつも心が引き裂かれる思いだった」と自身の葛藤を強調したり、「これは個人の私生活の問題で、政治家の適性とは別問題だ」と居直ったり、「メルツ首相が祝福してくれた」と虎の威を借りてみたり。しかし、そんな自分勝手な屁理屈が通るわけもなく、苦しい言い訳はますます人々の反発を呼び、CDU党内からの批判も急激に膨らんでいった。

その結果、問題の拡大にビビったメルツ首相が、急遽、シュパーン氏に辞任を促したらしく、力尽きたシュパーン氏、2026年7月18日には、「個人的な幸福と政治的職務のギャップは、自分が予想していたよりも大きかった」という言葉を残して、呆気なく辞任。同氏はメルツ首相が庇ってくれると思っていたのかもしれないが、メルツ首相は究極の風見鶏だ。

政治家のモラルに関して国民はさらに反発

ところが、奇妙だったのはその後のメルツ首相の言動。翌19日に第2テレビで恒例のサマー・インタビューを受けた首相は、「シュパーン氏から事前(一般公表の1週間ほど前)に出産の報告を聞いた時に、まず、何を思ったか?」という質問に対し、「子どもの健康」という返答。さらには、「彼が国民とうまくコミュニケーションを取ることを願った」と述べただけで、今、国民を憤慨させているダブルスタンダード問題にも、代理出産の法的、および倫理的問題にもまったく触れず仕舞いだったのだ。

私は耳を疑った。自身が党首を務めるCDUは、代理出産を奴隷制や人身売買と同等に見ているというのに、シュパーン氏が国民にもう少しうまく伝えれば、政治家のダブルスタンダードは問題なしという認識? ただ、実際にはこの後、CDUの支持率が下がり、1位のAfDとの差がさらに広がるという現象が起きた。次々に起こる政治家のモラル崩壊に対する国民の拒絶は、半端ではなかったのだ。

代理出産ドイツでは固く禁じられているものの、海外で行う場合には罰せられない。要するに、法律自体が「禁止だけれど容認」という矛盾を抱えた立て付けとなっている。

CDUが党大会で採択した声明文にある「米国のようなライフスタイル」というのは、米国の代理出産が、需要と供給に基づいて自由市場でオープンに営まれていることを指す。ただ、米国の代理出産は世界一高額で、15万〜25万ドル(日本円で約2300万〜4000万円)が相場、30万ドルを超えるケースも多いという。

その代わりに、人権重視で代理母を搾取しないし、医学的配慮、法整備などが完璧で、まさに富豪相手の高級ビジネス。当然、代理母も厳格に選考され、“高級な”子どもが作られる。代理母で作った子どもが“ハリウッドスターのアクセサリー”などと言われる所以だ。これらの事実も相まって、シュパーン事件はおそらく国民の反発を買ったのだろう。

ウクライナに集中していた“子ども工場”

一方、それほど高額な費用を払えない人が頼った代理出産の中心は、長い間、ウクライナだった。ウクライナの強みは「圧倒的な安さ」と「依頼者に有利な法律」にある。ウクライナでは、「生まれた瞬間から依頼者が法的な親である」という法律が整備されており、依頼者は自分の国に、自分が正式な親として子どもを連れ帰ることができた。ただし、ウクライナは原則、同性愛者の利用は認めておらず、対象は子どもができない夫婦だった。

実態としては、首都キエフに“子ども工場”とも呼ばれた不妊治療専門のクリニックが50件ほども集中しており、年間2000人もの赤ん坊が生まれ、外国人の依頼親に引き取られていったという。以前は、ドイツのドキュメントなどで時々、大きなお腹を抱えた若い女性たちが何十人も集団生活している映像などが出た。女性たちは、妊娠中はこういう施設で管理されながら暮らさなければならなかったのだ。その代わり、1回の出産で、一般の平均月収(5万円)の4〜5年分に当たる報酬を得ることができたという。ウクライナは貧しい国だ。

ウクライナ戦争が勃発すると、妊娠中の代理母は、国外で産むと自分が子どもの母親になってしまうため避難することができず、問題となった。しかも、依頼主が引き取りに来なかったため、生まれた赤ん坊が残されるというケースも頻発したという。

なお、現在、代理母産業の中心はジョージア、キルギス、南米などに移っているということだが、ウクライナ西部の安全な地域に移転し、再開しているクリニックも多いらしい。要するに、需要は多く、たとえ格安といっても、クリニック側は膨大な利益が見込めるのだろう。

アジアでは、タイ、カンボジア、インドなども代理母産業が盛んだったが、人身売買事件や、障がい児置き去り事件、そして、代理母の搾取など、あまりにも深刻な問題が続出し、今ではほとんどの国で、外国人の依頼は禁止、あるいは制限されているという。

支払う費用に応じて行われる“いのちの選択”

そうした中で浮上したシュパーン問題は改めて、代理出産の是非を私たちに問いかけているようだ。

ドイツでは、シュパーン問題が炎上した途端、リベラル系の弁護士が出てきて、「子どもを持つことは、憲法の基本的人権で保障された権利だ」と主張していた。しかし、子宝に恵まれない夫婦が代理母に頼るのは理解できるが、男性同士のカップルが代理母を通して子どもを持つ権利が、本当に憲法の基本的人権で保護されているのだろうか。さらには、そうやって生まれてきて、自分の本当のルーツを知り得ない子どものその後の心理はどうフォローするのか? ドイツ国内では、それらの議論は尽くされたどころか、まだ始まってもいない。

誰と誰が愛し合おうが自由だし、異論はない。私たちは、いろいろなことを自分で自由に決断できる有難い時代に生きている。しかし、決断とは往々にして選択であり、当然だが失うものは必ず出てくる。同性同士では生殖は望めない。基本的人権を持ち出す前に、この自然の摂理に今一度目を向けてもいいのではないか。

さらに私が疑問に思うのが、一部の生殖医療では、提供者の身体的特徴や遺伝的情報を、支払う費用によって選択できるという事実。これにより、子どもの資質や特徴をかなりの確率で自分の望む状態に近づけることができるという。そうなると、これは不妊治療を遥かに通り越し、赤ん坊はあたかも商品のよう。生命の選別? でも、生まれてくる子どもには、何の罪もない。

ひょっとすると将来、赤ん坊は女性の子宮ではなく、精密ラボの人口子宮から生まれてくる時代になるのだろうか。ふと、そんな考えも脳裏を掠める。

蛇足ながらドイツの政界。シュパーン氏の辞任を機に、大々的な内閣改造で人気挽回を図ったメルツ首相だが、それが悉く脱線。実は今回の事件は、国民のメルツ政権に対する不満がシュパーン氏に向かって炸裂しただけだったのではないかという疑いも、私は捨てきれない。

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