芝浦自転車研究所の自転車博士である疋田智氏が、「ボクの自転車はスーパーカーになりたかったから、シンクロメモリーでリトラクタブルライトだったんだ。いま懐かしのジュニアスポーツ自転車を振り返る「進化と爛熟」篇」と題した動画を公開した。昭和の少年たちを熱狂させたジュニアスポーツ自転車の歴史と、スーパーカーブームの影響を受けた独特の進化について解説している。

疋田氏はまず、大量の単1電池を消費する第1期のフラッシャー自転車が、コストや重さの問題から、次第に勢いを失っていった背景を説明する。しかし、1975年頃から巻き起こったスーパーカーブームが“神風”となり、第2期となる「スーパーカー自転車」が誕生。世界的カーデザイナーのジョルジェット・ジウジアーロがデザインを手掛けたモデルまで登場したという。

さらに疋田氏は、当時の子供たちやメーカーが、PTAのママたちと繰り広げた攻防を紹介。自転車が華美で高価すぎるというPTAの意見に対し、ブレーキに関してだけは「安全のための部品だから仕方ない」という口実で、メカメカしいディスクブレーキが搭載されたエピソードをユーモアを交えて語る。また、変速位置を記憶する「シンクロメモリー」や、電池不要の手動ワイヤー式「リトラクタブルライト」、自動車を模したフロアシフト風レバーなど、スーパーカーの要素を自転車に落とし込むメーカーの情熱を高く評価した。

動画の後半では、シマノが開発した画期的な「FF(フロントフリー)システム」を図解を用いて解説する。通常は後輪にあるフリー機構を前輪のペダル側に配置することで、走行中は常にチェーンが回り、ペダルを止めた状態でも変速が可能になるという革新的な仕組みだった。「みんな『これはスゴい』と思った」と語る一方で、ズボンの裾を巻き込むリスクやメンテナンス性の悪化などの弱点があり、次第に姿を消していったと述べる。

子供たちの憧れとメーカーの技術の粋が詰め込まれたジュニアスポーツ自転車。昭和という時代ならではの熱気と技術の進化の過程を学べる、貴重な解説となっている。

チャンネル情報

自転車ハカセ・自転車ツーキニストの疋田智です。デビュー作『自転車通勤で行こう』(WAVE出版・1999年)からはや四半世紀、ずーっと自転車のことばかりを考え続けて生きてきました。自転車関連の著書は約30冊、自ら発行するメールマガジンは1000号を超え「CYCLE SPORTS」誌をはじめ雑誌連載も色々と複数継続中です。