フリーアナウンサー・神田愛花『鳴かないホトトギス、貴方ならどうする?』

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恐ろしい武将

母と栃木県の日光東照宮に行ってきた。小学生の時に修学旅行で行ったきり、35年ぶりくらい。世界文化遺産に登録されてからは初めての拝観だ。

常日頃から旅行好きの母に、「次の旅行はいつなの?」と急かされることもあって、年4回は二人で国内外を旅している。行き先にはお互い初めての地を選んできたが、週末に東京からパッと行ける観光地もそろそろネタ切れ。ならば、行ったことはあるが、それが昔過ぎて記憶がほぼ残っていない場所・日光東照宮に行ってみることにした。

すると、″三猿って、陽明門が見え始めて、ついそちらに目が釘付けになってしまう参道の途中にあったのか!″とか″眠り猫って、足元に段差があって目線が下にいってしまう場所の真上にいたのか!″など、すっかり忘れているおかげで、初拝観のような発見や感動があり、興奮した。

ゼーゼー息を切らしながら207段の階段を登ると、徳川家康公のお墓があった。そこで久しぶりに母と、この会話をした。織田信長の「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」と、豊臣秀吉の「鳴かぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」、そして徳川家康の「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」の中で、どのタイプの武将が一番好き?

きっと読者の皆さんも幾度となくしてきた会話だろう。日本史界のスーパースターである3人の武将の性格をわかりやすく表現した句。それらを比較して、自身の憧れや思考を分析する3択だ。

私は子どもの頃からこの質問に「織田信長!」と答えてきた。圧倒的なカリスマ性と凄みは、信長について勉強したばかりのまだ幼い私に、強烈なインパクトを与えた。以来、私にとって信長は3人の中で一番恐ろしい人物で、憧れるべき存在という認識になった。

一方、豊臣秀吉は、その句から実直さと賢さが伝わってくるが、カリスマ性や勢い、華やかさが足りない。徳川家康は″静″で、なぜ待つの? 待ってたら不安にならない? と、せっかちな私にはまったく理解できない、人畜無害なのんびり屋さんという認識だった。

だがこの日、久しぶりに母とこの句の話をしたら、ふと、(あれ? 本当は逆かも。家康が一番恐ろしい人物なのかもしれない!?)と思ったのだ。

強い意志でどんどん諸将にぶつかっていき、自滅した信長。苦労してコツコツ努力して天下を獲るも、長続きせずに滅びていった豊臣。それらをじーっと見守りながら時が熟すのを待ち……「今だ!」という時にスッと入って、その結果、誰よりも長く天下を獲った家康。やっぱりそうだ、(家康が一番、恐ろしい!!)。

まさか家康とリンクするなんて

そのことに学生時代はもちろん、20〜30代の頃も気付かなかった。だが社会に出てもうすぐ四半世紀。多くの人に出会い、さまざまな経験をしてきたからこそ、″鳴かぬなら 鳴くまで待とう″が出来る徳川家康の強さと怖さに、ようやく気が付くことが出来た。「愛花よ、よく頑張ったね」と、自分を褒めてあげたくなった。

だが同時にもう一つ気付いてしまった。NHKの同期のアナウンサーたちが私よりもずっと早く活躍し始めた時、もの凄く焦った。周りのフリーアナウンサーたちが、自分よりも華やかな番組に出演して楽しそうにしている時、もの凄く嫉妬した。

だが相手に挑戦状を叩き付けるわけでもなく、表立って何か工夫をするわけでもなく、ひたすら悔しい気持ちを溜め込んでいった。そして(今に見てて、絶対に超えてみせる!)と思いながら、虎視眈々と自分が入り込む隙を狙っていたことを……。

そして今、有り難いことにお仕事を頂戴できている。これってもしかして、家康っぽい!?(まさか私が家康タイプ!!)そう思えてきてショックなのと、自分が怖くなった。

私は天下を獲ったわけではないが、似ているとなると家康が天下人になった後にどうなったのか知っておいたほうがいい気がする。家康が失敗したことは、私もしないほうがいいのではないか!? お恥ずかしながら、昔から日本史の勉強が得意ではなく、彼が天下を獲った後のことをほとんど知らない。昔読んだ学習まんが『日本の歴史』のその部分を、もう一度読んでみようと思う。

かんだ・あいか/1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)にメインMCとしてレギュラー出演中

『FRIDAY』2026年8月7・14日合併号より

イラスト・文:神田愛花