【木田 トウセイ】「カンヌ絶賛!」ではなかった…是枝裕和『箱の中の羊』の本当の評価
綾瀬はるか&大悟主演の『箱の中の羊』が低迷
ドキュメンタリーで培ったリアリティのある演出面を評価され、現代の映画界を牽引する巨匠になった是枝裕和監督。しかし、彼の輝かしいキャリアに暗雲が垂れ込めている。
5月29日に全国公開された最新作『箱の中の羊』。
綾瀬はるかと千鳥・大悟のダブル主演、そして第79回カンヌ国際映画祭コンペティション部門への正式出品という、これ以上ないほどの触れ込みで公開された同作ではあったが、その興行収入は関係者の期待を大きく裏切るものとなっている。
初登場5位、公開から3日間の初動興行収入は約1億9600万円。この数字だけを見れば惨敗とまでは言えないが、公開から2カ月弱の23日現在、累計興行収入は8億円に届いていない。
第71回カンヌ国際映画祭で最高賞の「パルム・ドール」を受賞した『万引き家族』(2018年)は初動で約5億7800万円、最終興行収入は45億5000万円を記録。また、前作『怪物』(2023年)も初動で約3億2500万円を稼ぎ出し、最終的には21億5000万円のヒットをマークした。これらの作品と比較すると『箱の中の羊』は失敗作と言えるだろう。
前編記事『千鳥・大悟の起用が裏目に…是枝裕和作品『箱の中の羊』が低迷した理由』では、SF要素の内容と、主演である綾瀬はるかと大悟の起用について、業界関係者の辛口意見をお届けした。
後編では、メディアで「絶賛」とされていた同作のカンヌでのリアルな評価を、関係者に語ってもらう。
カンヌ国際映画祭でのリアルな評判
「正直、公開前からヒットは厳しいと思っていました。カンヌ国際映画祭で上映後に9分間にも及ぶスタンディングオベーションを受けたというニュースが報じられていましたが、現地の批評家からはかなり厳しい評価が下されていましたから」
映画配給会社で勤務し、現場にも出向いていたD氏は、カンヌでの実態をこう明かした。
「カンヌでは、各国の主要メディアの批評家による星取表を発表するのが恒例となっている。『箱の中の羊』は、この星取表で4段階評価の平均1.4点。コンペティション部門で最下位のスコアでした。
海外の批評家がこぞって指摘していたのは『AIというテーマに対する掘り下げの浅さ』です。彼らはテクノロジーと人間との共存、AIがもたらす社会的問題に対して鋭い視点や新しい解釈を期待していたようです。
ところが、同作でのAIは単なる“亡き息子の生まれ代わり”という装置としてしか機能しておらず、SF作品を愛する批評家たちからは『既視感のある作品。新鮮さがない』『舞台設定の説明がなさすぎる』と映ってしまったようです。
日本のメディアでは『カンヌで絶賛!』と報道されていましたが、映画ファンの間ではこういった海外での低評価がSNSで先に広まってしまっており、初動が伸びなかった。
過去に海外出品された映画がメディアプロモーションで成功した事例は多々ありましたが、SNSの普及によって、印象操作が通用しなくなったのだと痛感しましたね」
リアリティを追求できていなかった脚本
さらに、ドラマや商業映画で実績を残す女性脚本家・E氏は脚本面での問題点も指摘した。
「冒頭でドローン配送や見守りロボットによる通学支援のシーンなどを描き、近未来のSF社会であることが示唆されていましたが、物語が進むにつれてその構造は描かれなくなり、夫婦とヒューマノイドを中心としたストーリーになっていった。
そのおかげでヒューマンドラマを描く作品としては重厚なモノになっており、私自身も感動したシーンはいくつかもありましたが、一方で『ヒューマノイドである必要性』が置き去りになっているように感じました。
なぜなら、彼らの環境下以外のヒューマノイドに関する描写がほとんどないうえに、ヒューマノイドの性能に関する疑問点が多すぎたから。SF作品として全く機能していなかったです。ストーリーに入り込めなかったので、夫婦が最終的に下す“とある決断”も納得感が薄かったです。
『怪物』で坂元裕二さんという才能ある脚本家と組んでヒットしたのだから、脚本に関しては本職に任せても良いフェーズにいるのではと感じてしまいましたね」
是枝裕和の今後
『箱の中の羊』での失敗を経て、是枝裕和監督はどうなっていくのだろうか。
先述のライター・B氏はこう指摘する。
「是枝さんの強みは俳優の自然体な演技を引き出す演出や映像のクオリティにある。逆にいえば、それ以外の強みは他の監督に比べると無いことが今回の作品で露呈した。
プライドを捨て去って、次回作では脚本を信頼できる書き手に委ねて監督業に専念すれば、もう一度海外で絶賛される作品を生み出すことはできるはずです」
最終的な興行収入と関係者たちの指摘を真摯に受け止め、再び「パルム・ドール」受賞に返り咲く日が来ることを信じたい。
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