視聴率50%超え連発「80年代バラエティ黄金期」の伝説番組をテレビマン6人が語り尽くした舞台裏
フジテレビや業界が燦然と輝いていた黄金時代を振り返る
「30時(朝6時)終了で弁当2回」なんて超ロング収録は当たり前で、1番組あたりの制作費は数千万円。コンプラや働き方改革とは無縁。面白くなければテレビじゃなかった’80年代には、最高視聴率50%を超えるお化けバラエティがキラ星のごとく登場した。
一番面白い’80年代の「珠玉のバラエティ番組」をテーマに今回、FRIDAYは元テレビプロデューサーや放送作家など、歴戦のテレビマンら6人を訪ね、ベスト10を決めるべく取材を敢行した。見事にランクインした番組の魅力を解説しよう。
最も多くの識者が「至高のバラエティ番組」と挙げたのが、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)だ。NHK大河ドラマの裏番組でありながら、最高視聴率は25%を超えた。元テレビ朝日プロデューサーの鎮目(しずめ)博道氏が絶賛する。
「『早朝バズーカ』や『100人隊』といった名物コーナーもさることながら、暴走族を自衛隊に入隊させたり、高校生のダンスバトル全国大会を主催したり、浪人生を東大に挑ませたりと、一般人を巻き込んだ企画が秀逸でした。
″面白い一般人にフォーカスする″という手法は『月曜から夜ふかし』(日テレ系)に、ターゲットが精神的に追い詰められるようなドッキリは『水曜日のダウンタウン』(TBS系)に受け継がれています。ビートたけし(79)が『今のバラエティで面白がられていることの大半は、″元気が出るテレビ″でやってきた』と自負しているのも頷ける」
テレビコラムニストの桧山珠美氏も「『たけしまねきねこ』といったオリジナルグッズの販売やタレントショップの出店など、当時としては画期的なメディアミックス的な展開を取り入れていた」と激賞する。
「『X JAPAN』のYOSHIKI(60)や岡田准一(45)、れいわ新選組の山本太郎(51)ら、この番組から世に出たスターも数多い。テレビ界への貢献は計り知れません」
今のバラエティ界に影響を与えた伝説の番組
’81年に放送が始まった『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系)も1位に迫る支持を集めた。元日本テレビプロデューサーの岡田五知信氏は、「バラエティの教科書」と高く評価する。
「それまでのバラエティは、『ザ・ドリフターズ』が得意とする作りこまれた舞台コントが主流でした。『ひょうきん族』はそれに対抗するかのように、楽屋オチやアドリブを前面に押し出した。実際、人気コーナーの『タケちゃんマン』はたけしと明石家さんま(71)のアドリブ合戦でした。
また、当時ご法度とされていた″スタッフがコントに参加する″スタイルを初めて取り入れたのも『ひょうきん族』です。『めちゃ×2イケてるッ!』(フジ系)や『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日テレ系)をはじめ、『ひょうきん族』の影響を受けた人気番組も数多くあります」
’80年代を語るうえで外せない『とんねるず』の『ねるとん紅鯨団』(フジ系)は3位に入った。深夜帯ながら平均視聴率17%を上回った人気番組だ。
「素人の男女のお見合いパーティーを、木梨憲武(64)と石橋貴明(64)がイジリながら見る。現在の恋愛リアリティショーの先駆けとなり、いわゆる″モニタリング″形式を確立させたのもこの番組です。ヤンキーや金持ちが出てくる昨今の恋愛リアリティショーとは違い、『ねるとん』の出演者は普通の男女。等身大の恋模様が視聴者の共感を呼んだのです。
『男性は慶應義塾大学の学生限定』『女性はロングヘアー限定』など、独特のルールも面白かった。『ねるとん』が大ブームとなるなか、裏番組でタモリ(80)がMCの洗練された大人向けトークバラエティだった『今夜は最高!』(日テレ系)が、ひっそりと終了している。若者を中心とした『ねるとん』の凄まじい人気は、タモリをしのぐほどの勢いでした」(同志社女子大学教授の影山貴彦氏)
とんねるずが時代の寵児となったきっかけが、’83年から始まった『オールナイトフジ』(フジ系)だ。性風俗店の探訪やアダルトビデオの紹介など、過激な演出がこれでもかと炸裂した。
「終了時間未定で生放送中に飛び込みで芸能人が来たり、出演者が泥酔していたりと、自由でしたね。あまりの過激さにクレーム電話が殺到していたようですが、最高視聴率7.2%と深夜帯にしては異例の数字を叩き出した」(キー局バラエティ番組プロデューサー)
’85年には『夕やけニャンニャン』(フジ系)がスタートしている。
「目玉のオーディション企画『アイドルを探せ』からデビューした『おニャン子クラブ』は大成功を収めました。ただ、開始当初は勢いが良かったものの、その後は新たなスターを発掘できず、下ネタ路線も『オールナイトフジ』の二番煎じの感があった。意外ですが、2年で終了しています。輩出したスターたちの格を比べても、『オールナイトフジ』には及びません」(同前)
’60〜’70年代にかけてバラエティでスター街道を歩んできた萩本欽一(85)とザ・ドリフターズの二大巨頭は、’80年代でも勢いを保っていた。放送作家の山田美保子氏は『欽ドン!』シリーズ(フジ系)をベスト10の中に入れるべきだとした。
「特に推したいのは、第2期の番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子』です。視聴者の投稿をベースに、出演者たちが即興でコントを作り上げるというものでした。ラジオのレギュラーをもっていた萩本さんがテレビにも″ハガキコーナー″を取り入れようと発案したことから生まれています。
視聴者は、まるで自分も一緒に番組を作っているような感覚を楽しめる。当時としては斬新で、萩本さんのプロデューサーとしての才能も発揮されています」
『FRIDAY』2026年7月31日号より
