【村井 真子】まさか、これも残業代に入るの?」退職社員の請求で「300万円」の追加支払いに…社長が唖然とした「住宅手当」の意外な盲点

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労務相談やハラスメント対応を主力業務として扱っている社労士である私が、企業の皆様から受けるご相談は年々多様化しています。近年では最低賃金上昇に伴い、人件費に関する労働者からの訴えに関するご相談事例も増加傾向にあります。

そもそも労働時間として認められるかどうか、休憩時間は適切に取得できていたのか、さらには割増賃金の計算方法そのものに問題はなかったのか――。相談を紐解いてみると、経営者自身も気づいていなかった論点が潜んでいることは少なくありません。

今回は、企画職の未払い残業代請求の相談事例をもとに、「勝手に残業していた社員」と会社が考えていたケースで、なぜトラブルが発生したのか、そして企業が見落としがちな割増賃金計算の落とし穴について考えてみたいと思います(なお、ご相談事例は個人の特定を防ぐため、複数のエピソードを組み合わせて再構成したものです)。

【前編】→「何度も帰れと言っていたのに…」退職代行で辞めた社員からの「未払い請求」に唖然、残業代に含まれていた「まさかの手当」とは

「住宅手当」の思わぬ落とし穴

私も計算書に目を通したところ、Aさん側の計算では住宅手当が割増賃金の計算基礎に含められていました。

社長に持参していただいた賃金規定を私が確認している間も、社長は「住宅手当は割増賃金から除外できますよね?」と怪訝な表情のままでした。

それは無理もない反応で、多くの経営者は、「住宅手当」「家族手当」「通勤手当」といった手当は、残業代の計算には含めなくてよいものだと理解しています。

実際、労働基準法でも、割増賃金を計算する際には、住宅手当や家族手当、通勤手当など一定の手当については、計算の基礎となる賃金から除外できることが定められています。

もっとも、ここで注意しなければならないのは、「住宅手当」という名前が付いていれば、すべて除外できるわけではないという点です。

よく知られているように、次ページの7種類の賃金は割増賃金の計算基礎から除外できると定められています(労働基準法第37条第5項、労働基準法施行規則第21条)。

(1)家族手当

(2)通勤手当

(3)別居手当

(4)子女教育手当

(5)住宅手当

(6)臨時に支払われた賃金

(7)1か月を超える期間ごとに支払われる賃金

では、なぜ、この7種類だけが除外されるのでしょうか。理由は、これらの手当は本来、労働そのものの対価ではなく、労働者それぞれの家庭事情や生活事情を補うために支給される性質のものだからです。

例えば、家族が多い社員ほど家族手当が増える、家賃が高い社員ほど住宅手当が増える、実際にかかった通勤費を会社が負担する――このような手当まで残業代の計算基礎に含めてしまうと、同じ仕事を同じ時間だけ残業したにもかかわらず、家庭環境によって残業代まで変わってしまいます。

そこで法律は、こうした個人的事情に基づく手当については、例外的に計算から除外することを認めているのです。

名称ではなく「支給基準」が判断される

ところが、ここで見落とされがちなポイントがあります。法律が除外しているのは、「住宅手当」という名前の手当ではありません。住宅に要する費用に応じて支給されるという実質を持つ住宅手当なのです。

「住宅に要する費用に応じて支給される住宅手当」とは、名称ではなく、実際に住宅に要する費用に応じて支給されている手当であるということを満たす必要があります。

例えば、家賃の一定割合を支給する、住宅ローンの返済額に応じて支給する、あるいは家賃を金額帯ごとに区分し、それに応じて支給額を決めるような制度であれば、住宅費との関連性が認められ、住宅手当として割増賃金の計算基礎から除外できます。

一方で、「世帯主は3万円、非世帯主は1万円」「配偶者がいれば3万円、単身者は1万円」など、住宅の状況によらず支給額が決まる場合はどうでしょうか。

実際のところ、「世帯主なのだから住宅費も多く負担しているはずだ」と考えて、このような制度を設けている企業は少なくありません。しかし、世帯主だからといって、実際に住宅に要する費用が多いとは限りません。家賃や住宅ローンの金額とは無関係に支給額が決まっている以上、支給基準は住宅費ではなく「世帯主という属性」です。

婚姻の状況で支給額を区分している場合も同様です。「結婚すれば広い家に住むだろう」「家族が増えれば住宅費も高くなるだろう」という考え方自体には一定の合理性があります。しかし、実際には独身で高額な家賃を支払っている人もいれば、既婚者でも社宅や親族所有の住宅に住み、住居費の負担が少ない人もいます。

このように、実際の住宅費ではなく、既婚か未婚かといった属性によって支給額が決まる以上、その手当は住宅に要する費用に応じて支給される住宅手当とはいえません。

この点については、裁判所も一貫した考え方を示しています。横浜地裁の学樹社事件(横浜地判平成21年7月23日)では、「住宅に要する費用にかかわらず一定額を支給する手当は、割増賃金の算定基礎から除外される住宅手当には当たらない」と判断しました。

さらに、東京地裁のデンタルリサーチ社事件(東京地判平成22年9月7日)でも、住宅手当について、持ち家か賃貸か、住宅ローンや家賃がいくらかといった住宅事情を反映せずに支給していたことから、「全額を割増賃金の計算基礎に含めるべき」と判断しています。

そのため、こうした住宅手当は、労働基準法上、割増賃金の計算基礎から除外できる住宅手当には該当せず、割増賃金の計算基礎に含めなければならない可能性が高いのです。

会社が「譲ったこと」と「譲らなかった点」

今回、まず行ったのは賃金規程の確認でした。就業規則自体が創業当時に作成されたものとのことで、その当時は支給されていなかった住宅手当に関する規定はありませんでした。

また、この会社では給与計算も自社で行っていました。毎月の給与計算自体は滞りなく行われていましたが、住宅手当を割増賃金の計算基礎から除外することについて、「住宅手当だから当然除外できる」という認識で長年運用していたため、その適法性を改めて確認する機会がなかったのです。

焦点となった住宅手当ですが、この会社の場合は「自分名義の持家に住んでいる場合は3万円」「自分で契約した賃貸住宅に住んでいる場合は1万円」「その他の場合は不支給」として支給されていました。属性で一律に支給されることになっていたため、Aさんが指摘してきたとおり割増賃金の計算基礎に参入すべき賃金と言えます。

そのため、この論点についてはAさん側の主張を受け入れ、住宅手当を割増賃金の計算基礎に含めたうえで、消滅時効にかからない過去5年間を対象に不足額を再計算することをご提案しました。

一方で、Aさん側が主張した残業時間については、そのすべてを認めたわけではありません。「残業申請がなかったのだから、一切支払わなくてよい」というわけではありませんが、反対に、「会社にいた時間はすべて残業になる」というものでもないからです。

労働基準法上の労働時間は、使用者の明示または黙示の指揮命令のもとで業務に従事した時間と考えられています。そのため、残業申請制度があっても、実際には会社が無許可残業を把握しながら放置していたり、業務量から残業せざるを得ない状況を作っていたりすれば、「黙示の残業命令」があったとして割増賃金の支払義務が認められることがあります。

今回の会社では、残業申請制度が形式的に存在するだけではありませんでした。

無許可残業や事後申請が続いた社員については、月ごとの残業時間を集計したうえで本人に通知し、上司も面談や注意指導の内容を記録として残していました。また、残業が必要な場合には事前申請を行うよう繰り返し指導し、Aさん自身もその注意対象になっていました。

つまり、会社として無許可残業を漫然と放置していたわけではなく、「残業は許可を得て行うもの」というルールを運用し、その是正も継続していたのです。

裁判例でも、残業承認制度があっても実際には申請のない残業を黙認していれば割増賃金の支払いが命じられる一方で、就業規則の定めどおり残業許可制を厳格に運用し、残業禁止命令を徹底していたケースでは、無許可残業について割増賃金の請求が認められなかった事例があります。

そこで今回は、住宅手当については会社側の認識が誤っていたことから、時効にかからない期間について時間単価を修正して再計算する一方、残業時間については、会社がこれまで残業として認定し、実際に支払ってきた時間を前提として不足額を精算するという対応を取ることにしました。

「昔からこうしている」は最大のリスク

もっとも、この問題はAさんだけのものではありません。同じ賃金制度で給与計算をしてきた以上、現在も勤務している社員についても、同様の計算方法になっていたことになります。

そこで会社では、Aさんへの対応だけで終わらせるのではなく、在職している社員全員について割増賃金を再計算し、不足していた分を追加で支払うことを決めました。とはいえ、30人規模の会社でも5年間遡ると、住宅手当を含めた割増分だけで300万円を超える追加支払いになることが見込まれます。本来払わなければならない額ではありますが、もともと予定していない予算から捻出して清算をするとなるとキャッシュフローにも影響があります。

「これを、Aだけの問題だと思ったのは事実です。でも、制度そのものに問題がある以上、今うちで働いてくれている社員にもきちんと説明しないといけないと思って……」

「そうですね。Aさんと個人的につながりのある方もいるでしょう? Aさんからことの経緯を聞かないとも限りませんし、従業員の方も、社長からきちんと説明いただいたほうが安心されると思います」

社長はかなり迷っておられたようですが、最終的には従業員全員への割増賃金の支払いをすることを決断されました。また、併せて説明文書と清算計算書を用意し、従業員が安心できるよう朝礼の場で趣旨も説明されることになりました。

さらに、この会社では今回の件をきっかけに、長年見直されていなかった就業規則や賃金規程の全面的な見直しにも着手することになりました。

「住宅手当だから除外できる」という思い込みは、この会社に限った話ではありません。制度を導入した当時は適法だと思っていた運用が、そのまま何年も見直されずに続いてしまうことは、中小企業では決して珍しいことではないのです。

就業規則や賃金規程は、一度作成したら終わりではありません。法改正への対応はもちろん、会社の制度変更や運用実態に合わせて、定期的に見直していくことが重要です。

また、給与計算についても、「住宅手当」「役職手当」「職務手当」といった手当の名称だけで運用するのではなく、どのような基準で支給し、割増賃金の計算ではどのように取り扱うのかまで規程に明文化しておくことをお勧めします。

こうしたルールが整理されていれば、会社自身が迷わず運用できるだけでなく、顧問の社会保険労務士や税理士などの専門家も問題点を発見しやすくなります。反対に、「昔からこうやっているから」という運用だけが残っている状態では、今回のようなリスクを見落としてしまう可能性があります。

未払い残業代請求は、労働者とのトラブルという側面ばかりが注目されがちです。しかし実際には、会社の賃金制度や給与計算のルールを見直すきっかけになることも少なくありません。

自社では当たり前になっている運用こそ、一度立ち止まって確認してみる価値があります。「自社のマイルール」が、知らないうちに法令から外れていないか。その点検こそが、将来の大きな労務リスクを防ぐ第一歩になるのではないでしょうか。

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