メッシ擁するアルゼンチンが史上3か国目のW杯連覇に挑む。写真:金子拓弥 (サッカーダイジェスト写真部/JMPA代表撮影)

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 北中米ワールドカップもいよいよ大詰めとなり、3位決定戦と決勝を残すのみとなった。現地7月19日(日本時間20日)に予定されている決勝で対決するのは、4大会ぶり2度目の優勝を目ざすスペインと、2連覇&4度目の世界制覇を狙うアルゼンチン。それぞれFIFAランキング2位で欧州王者、同1位で南米王者と、世界一を競うにふさわしいカードとなった。

 W杯連覇は過去に2例しかない。第2次世界大戦前の1934年イタリア大会、1938年フランス大会で連続優勝したイタリア。そして、戦後の1958年スウェーデン大会、1962年チリ大会でタイトルを獲得したブラジルだ。今回の決勝でアルゼンチンが勝てば、史上3か国目となる。アルゼンチンは1982年スペイン大会、1990年イタリア大会で連覇に挑んだが、いずれもタイトル防衛に失敗している。それはどのような戦いだったのかを振り返ってみたい。

 アルゼンチンに1978年大会で初優勝をもたらしたセサル・ルイス・メノッティ監督率いる1982年のチームは、もちろん優勝候補だった。4年前のメンバーがほぼ残っていたうえに、ディエゴ・マラドーナ、ラモン・ディアスら1979年ワールドユース選手権(現在はFIFA U-20ワールドカップ)日本大会優勝の逸材を加えたのだから当然だろう。

 だが、3チームによる2次リーグ初戦でイタリアに1-2と敗れ、後がないブラジル戦も1-3の完敗で敗退。『サッカーダイジェスト』特派だった筆者も、この一戦を取材した。エスパニョールのホームスタジアムだった今はなきサリアの記者席は、スタンド最前列でピッチは目と鼻の先。ブラジルサポーターによるサンバのリズムに乗って躍動するブラジルとは対照的に、アルゼンチンのフラストレーションは手に取るように分かった。それがピークに達し、厳しいマークで堪忍袋の緒が切れたマラドーナがバチスタを蹴って退場処分となる。
 
 カルロス・ビラルド監督の下で連覇が期待された1990年のチームは、満身創痍でようやく決勝にたどり着いた。ノックアウトステージに入り、準々決勝でドラガン・ストイコビッチのユーゴスラビア、準決勝でロベルト・バッジョの地元イタリアをともにPK戦の末に退けた。だが、それまでの代償は大きく、西ドイツとの決勝はクラウディオ・カニーヒアなど4人の主力選手が出場停止。最前線にマラドーナを残して守りを固め、少ないチャンスに懸けるも、頼みのエースにはギド・ブッフバルトらの厳しい監視の目が光り、試合終盤にPKを献上して0-1で涙をのんだ。この決勝ではアルゼンチンに2人の退場者が出て、最後は9人で戦った。