コメの民間在庫が過去最大級まで積み上がる一方、店頭価格はなお高止まりしている。元農水官僚で武蔵野大学国際総合研究所研究主幹の山下一仁さんは「与野党の農林族議員は備蓄米の買い戻しを求め、鈴木憲和農水大臣も前向きだ。しかし、これはJAが抱えた在庫を政府在庫に付け替え、米価を高く維持するための仕組みだ。コメの値段は十分には下がらず、結局、国民が割を食うことになる」という――。
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引き継ぎ式に臨む鈴木農相(右)と小泉前農相=2025(令和7)年10月22日午前、農水省 - 写真提供=共同通信社

■「米価暴落」「備蓄米買い入れろ」大合唱

精米5キログラムのコメの値段は今年1月の4416円から3458円(6月29日の週)まで下がった。3年前は2000円を切っていたので、3000円まで下がったとしても異常に高い水準に変わりない。

図版=筆者作成

しかし、コメの在庫が大幅に増加しているので、いずれ米価は暴落し、コメ農家は多数廃業するなどと報道されている。

本当だろうか? 結論から言うと、少しは下がるが、何度も指摘したように、ある仕組みがあるので米価は暴落しない。放出した備蓄米の買い入れだ。

これによって米価を戻そうとしているのだ。ここにきて、鈴木憲和農水相をはじめとする自民党農林族議員だけではなく、野党の農林族議員も共産党を含め「備蓄米を買い入れろ」の大合唱だ(参考記事)。物価高対策に逆行するとして官邸は反対していると報道されているが、どうだろうか?

その前に、いま、なぜコメの在庫が増加しているのか振り返ってみよう。

■消費者がコメを買わないから在庫が増えた?

これまでも本連載で説明してきたが24年夏にスーパーから米が消えたのは、23年産米が猛暑の影響を受けて破砕米や白濁米などの被害粒が生じたためだ(参考記事)。本来10月から消費される24年産米を40万トンほど先食いしたために、24年産米が供給される25年秋まで供給不足が継続した。

コメ不足による前年産米の価格上昇を受けて、25年産米は前年に比べ1割(約70万トン)も生産が増えた。本来ならコメの価格は下がるはずなのに、逆に25年産米が供給される25年9月から26年3月まで4000円を超えて高騰した。JA農協による25年産米の相対取引価格は、平成のコメ騒動の際の史上最高の生産者米価2万4000円より、さらに6割も高い3万7000円の米価を実現した。生産が増えるのに価格が上がるという経済原則から離れた現象が起きた。

ここで民間在庫の前年同月比の推移(農水省調査)を見てみよう。在庫は出来秋から次の秋まで減少するので、在庫自体の比較は意味がない。このため、前年との比較をとった。2023年10月から在庫は減り続けたのち、2025年秋から急速に増加していることが分かる。

図版=筆者作成

農水省は25年産米の5月末の民間在庫が223万トン(前年同月比75万トン増加、このうちJA農協がほとんどである集荷業者の在庫は165万トンで74%を占める)で2014年と並び過去最大となった一方で、販売量は過去最低の132万トンとなったと発表した。マスコミは安価な備蓄米や輸入米に需要が流れたため、コメが売れないから在庫が積み上がったと報道している(参考記事)。

しかし、これも重要な説明が抜けた報道だ。コメが売れずに余っているなら、なぜコメの値段はもっと下がらないのかを説明すべきだ。

■因果関係は逆

今の750万トン程度の生産に対して2014年ころの生産は850万トンもあったので、在庫量が同じでも在庫率(過剰感)は現在の方が高い。米価引き下げへの在庫圧力は今の方が強いのだ。ところが、相対価格は25年産の3万7000円に対し、14年産は1万2000円と3分の1以下である。今の米価の方が3倍も高いのは明らかにおかしい。

因果関係は逆なのだ。

正しくは、「在庫が増やされた」から「市場への供給量が減少」し、「コメの値段が上がって消費が減った」のだ。「生産=供給が増える」と価格は下がる。しかし、コメ流通の大部分を握るJA農協は「生産=供給」という図式を変えることができる。生産が増えてもそれ以上に在庫を増やせば、市場に供給する量を減少させてコメの値段を上げられるのだ。

今の価格高騰は生産が増えているのにJA農協が在庫を増やすことで起きている人災である。卸売業者はJA農協に高い米価を払っているので、スーパー等に安く販売すると損失を被る。精米価格が3500円程度で高止まりしている原因である。

■JAが在庫を増やしても大丈夫なワケ

しかし、在庫にはコスト(金利倉敷料)がかかる。どの企業もできれば在庫は持ちたくない。

2007年JA農協は米価が低下し売れない在庫を抱え込みそうだと判断したとき、今回とは逆に1万3000円だった概算金(農家に支払う仮渡金)を一気に7000円に下げて農家にJA農協に出荷するなというシグナルを出したことがあった。

このように、JA農協は組合員である農家のために活動しているのではない。自らの組織の利益のために行動しているのだ。これは農水省が国民や消費者のために仕事をしているのではないのと同じである。この時、コメの業界関係者は、農家のための組織であるはずのJA農協がそこまでやるかと思ったという。当時コメ業界でこれは“7000円ショック”と言われた。

しかし、今回はJA農協にとって在庫を増加できる好都合な状況があった。農水省は100万トンの政府備蓄米から70万トンほど既に放出している。残り30万トンの備蓄米在庫も家畜のエサ用に処分寸前のものだ。つまり、農水省が備蓄米の在庫回復と称して少なくとも70万トン、最大で100万トンものコメを買い入れれば、JA農協が積み上げた過剰な在庫を一気に消してくれる。JA農協在庫が政府在庫に置き換わるのだ。JA農協による在庫積み増しのコストを政府が肩代わりしてくれる。農水省の備蓄米買い入れ制度を利用して、JA農協は在庫を大幅に増加して史上空前の米価を実現したのだ。

30kgの紙袋で保管される政府備蓄米(写真=農林水産省/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

■談合入札ではないか

他方で、農水省としては、通常1万5000円で買い入れていた備蓄米を3万7000円で買い入れると財政負担が膨大なものとなる。今流通している高い25年産米は買い入れられない。このため、9月以降に収穫される26年産米なら安くできるとして、とりあえず26年5、6月その21万トンを入札にかけ買い入れることとした。落札価格は玄米60kg2万円である。

農水省(政府)としては買い入れの入札価格は、安ければ安いほど良い。それが国の会計原則である。それなのに、農水省は買い入れ予定価格(落札予定価格)を2万円に設定した(参考記事)。仮に9月に米価が2万円を切るような事態(例えば1万5000円)になれば、落札者であるJA農協は、1万5000円を農家に払い2万円で政府に売ることで利益を得る。損を被るのは高い価格を払わされる政府、納税者である国民である。

あらかじめ落札の価格水準などJA農協と打ち合わせ済みだったのだろう。米価維持のため、この価格水準で買い入れるよう自民党から申し入れがなされたとも報じられている。そうであれば、官民合同の談合入札行為である。

■高市総理は農林族の言いなりになる

少し、見方を変えよう。マスコミは米価が暴落すると主張する。どこまでの価格低下を暴落と言っているのかはっきりしないが、14年産のことを考えると、何もしなければ1万2000円(精米5キログラムの小売価格は1500円程度)くらいまで下がるだろう。今のバブル米価からすれば、これは暴落である。

ところが農水省は備蓄米の買い入れをしてくれる。これで1万2000円になる米価を2万円にまで戻してくれるのだ。今年9月JA農協は26年産米の相対取引価格を2万円とするだろう。これは、これまでJA農協や農水省が減反で維持しようとした米価1万5000円よりも高い水準だ。

最近の米価を除き、2000年以降で米価が2万円を超えたのはたった1年だけである。これは暴落と言える水準ではないどころか、依然として異常な高米価である。これでコメ生産を継続できないという生産者があれば、コメ生産をやめて規模の大きいコストの低い農家に農地を貸し出すべきだろう。高い地代を受け取るので、損はしない。

『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)

官邸は備蓄米買い入れに反対だというが、与野党の農林族議員が声を上げる中で本気で反対を押し通すことはできないだろう。物価高の大きな原因はコメ価格の高騰である。物価高対策を真剣に考えていたなら、関税ゼロのコメ輸入枠の拡大、コメ関税の引き下げ、JA農協への独禁法の適用など、これまでもやることはいっぱいあったはずだった。それをここまで放置してきた。今さらコメが物価対策のため重要だという“ええかっこしい”はやめてほしい。

そもそもコメ生産を拡大しようとした小泉氏に代わり減反強化のために法律改正までした鈴木氏を農水大臣に任命した段階で結論は見えている。2万円でも3万7000円からすれば、米価を下げたのだと言い訳するのだろう。ずるい大人の政治である。

結論を言おう。精米5kgの小売価格は2700円程度に下がる。それでも以前のように2000円で買えることはない。相変わらず割りを食うのは、消費者だけである。国民の利益を無視した農政は続く。

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山下 一仁(やました・かずひと)
武蔵野大学国際総合研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2026年5月より現職。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
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(武蔵野大学国際総合研究所研究主幹 山下 一仁)