ともに年金月25万円だが…〈貯金4,000万円〉70代夫婦と〈貯金100万円未満〉の70代夫婦、残酷格差の理由
内閣府「令和8年版高齢社会白書」によると、公的年金・恩給を受給する高齢者世帯の43.4%は、家計収入の100%を年金が占めています。その一方で、65歳以上世帯では貯蓄4,000万円以上の世帯が20.0%に達するなど、資産状況には大きな開きがあります。同じ70代でも、なぜ暮らしにこれほどの差が生まれるのでしょうか。二組の夫婦の事例と最新データから、その実態を見ていきます。
同じ70代なのに、ここまで違うとは…老後を分けた「現役時代の選択」
「年金だけなら、毎月赤字ですよ」
首都圏在住、田中雅彦さん(74歳・仮名)は、妻の久美子さん(72歳・仮名)と二人暮らし。夫婦の年金収入は月約25万円です。持ち家のため住宅ローンはありませんが、固定資産税や修繕費、食費、水道光熱費、医療費を支払うと、生活に大きな余裕はありません。
「生活するだけで精一杯。大型の家電が壊れると、その年の家計は一気に厳しくなります」
退職時に受け取った退職金の多くは住宅ローンの返済に充てました。子どもの大学進学費用も重なり、老後資金として残せた金融資産は多くありませんでした。現在の預貯金は100万円未満。急な医療費や介護費への備えを考えると、簡単には取り崩せないといいます。
一方、東京都在住の佐藤正一さん(75歳・仮名)と妻の恵子さん(73歳・仮名)は、金融資産約4,000万円を保有しています。夫婦の年金額は田中さん夫妻と同程度ですが、生活ぶりには大きな違いがあります。
「年金だけでも日常生活は十分です。旅行や孫への援助は、資産を少しずつ取り崩しています」
資産形成のきっかけは40代でした。会社の財形貯蓄に加え、退職金をそのまま預金に置かず、一部を投資信託や株式で長期運用してきたといいます。
「特別なことをしたつもりはありません。給与が上がった分を生活費ではなく資産形成に回しただけです」
このような差は退職後に突然生まれるものではありません。年金額の違いよりも、住宅ローンを何歳で完済したか、教育費がどれだけかかったか、退職金をどう使ったか、そして現役時代から資産形成を続けたか――積み重ねが大きく影響します。
「現役の頃は住宅ローンと教育費で精いっぱいでした。老後のことまで考える余裕は正直ありませんでした」と田中さんは振り返ります。
一方で、佐藤さんにも不安がないわけではありません。その要因になっているのが、今後の物価上昇に伴う資産の目減りです。
「運用はしていますが、年齢を考えると積極的には増やせません。物価が上がっているので、預金だけでは不安もあります。まあ、ましなほうだという自覚もあります」
同じ70代、同じ年金生活でも、これまで積み上げてきた資産によって、老後の選択肢や心理的な余裕には大きな差が生まれていました。
白書が示す老後の現実…「年金格差」よりも「資産格差」が暮らしを左右する
こうした事例は、決して珍しいものではありません。
内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、高齢者世帯の平均所得は314.8万円で、その他の世帯の671.0万円を大きく下回ります。また、公的年金・恩給を受給している高齢者世帯の43.4%は、収入の100%を年金が占めています。つまり、多くの高齢者は年金だけを主な収入源として生活している実態があります。
それでも生活が成り立つ背景には、75歳以上の持ち家率が82.4%と高く、住居費負担が比較的小さいことも関係しています。住宅ローンを完済していれば、年金だけでも日常生活を維持できる世帯は少なくありません。
一方で、生活の安心感を左右するのは毎月の年金額だけではありません。総務省の調査では、65歳以上の二人以上世帯の貯蓄中央値は1,658万円ですが、平均は2,509万円と大きく上回っています。この差は、一部の資産保有世帯が平均値を押し上げているためです。
実際に貯蓄額を階層別に見ると、4,000万円以上の金融資産を持つ世帯は20.0%と、実に5世帯に1世帯を占めます。その一方で、貯蓄300万円未満の世帯も約15%存在します。「高齢者はみな裕福」という見方も、「老後は誰もが苦しい」という見方も、どちらも実態の一部しか表していません。
さらに見逃せないのは資産の中身です。65歳以上では金融資産の6割以上を預貯金が占め、株式や投資信託の割合は限定的です。インフレ局面では現金の実質的な価値は低下するため、資産を多く保有していても、その購買力は少しずつ目減りする可能性があります。
令和8年版の白書が示しているのは、「年金だけで暮らせるか」という単純な問題ではありません。老後の暮らしを分けるのは、年金額だけではなく、現役時代に形成した資産、住宅取得のタイミング、退職金の使い方、そして保有資産の運用方法まで含めた総合的な家計設計です。
今後は物価や社会保障制度の変化も見込まれます。「老後資金として2,000万円が必要」「いや、3,000万円は必要」「1,000万円で十分」など、さまざまな意見があるなか、ひとつの数字を目標にするのではなく、自分の生活設計に応じた資産形成を早い段階から考えることが、将来の選択肢を広げる鍵になりそうです。

