都市がまるごとランウェイに。NYファッション・ウィークが描く「Vision 2027」

記事のポイント ニューヨーク・ファッション・ウィーク(NYFW)が開催。契約済みマンハッタン会場と運営支援を無償提供し、全デザイナーに開かれたフェス型イベントを実現予定。 GoogleクラウドのAI講座や体験型施策など新スポンサーが加わり、NYFWは参加型・デジタル主導のイベントに進化。 音楽やアート、小売を巻き込んだ都市規模の総合フェス化を目指し、NYFWをエンタメ体験へ拡張する狙いがある。
この動きを主導しているのは、クリエイティブ・ハブ「スプリング・プレイス(Spring Place)」を手がけた起業家イマド・イゼムレーン氏と、スポーツ&カルチャー企業IMGのグローバル・ファッション・イベント部門元社長のレスリー・ルッソ氏によって共同設立された新運営基盤、KFNである。
両者は、「ヴェニュー・コレクティブ(Venue Collective)」という分散型ネットワークを立ち上げた。これはマンハッタン各地の会場と契約を結び、デザイナーに無償で提供する仕組みで、バックステージのインフラや技術サポート、道路使用許可まで完備している。
新たな拠点では、ブランドン・マクスウェル(Brandon Maxwell)、ケイト・バートン(Kate Barton)、シムカイ(Simkhai)、アルトゥザラ(Altuzarra)といったブランドのショーが、KFNの「1日1デザイナー」モデルを試す。長年小規模ブランドをNYFWから遠ざけてきた運営・財務上の負担を取り除き、各ブランドに独自のステージを与えることが狙いである。
CFDA(アメリカ・ファッション・デザイナー協議会)のCEOスティーブン・コルブ氏は2月のプレスリリースで、「KFNのビジョンは、NYFWをアメリカ・ファッションのグローバル・プラットフォームとして前進させるという我々の取り組みと一致している」と述べ、「デザイナーのためのイノベーションと新しい可能性を共に推進できることを楽しみにしている」と語った。
「同じ背景での15分」はもう限界
スプリング・プレイスで約10年間ショーを主催してきたイゼムレーン氏にとって、このリセットは待ち望んでいたものだ。「ほとんどのデザイナーは、ほかの40人と同じ背景を共有したくないのだ」と同氏は言う。「半年間コレクションを準備して、与えられるのはほかの5ブランドとシェアするスペースでの15分。それではもう機能しない。」
その不満が、ヴェニュー・コレクティブのモデルを形作った。単一のハブにブランドを押し込むのではなく、KFNは複数のオーナーと短期賃貸契約を交渉し、イゼムレーン氏の言う「購買力」を活用する。「単独のデザイナーが会場に交渉しても良い条件は得られない。しかし我々が50の会場と同時に交渉すれば話は変わる。より良い条件を引き出し、そのメリットをデザイナーに還元できる」と同氏は説明する。会場の一部は1日1デザイナーをホストする拠点となり、そのほかは複数ショーをローテーションする柔軟な形式を取る。
全米オープンの比喩は、イゼムレーン氏が描く広いビジョンの象徴となった。「全米オープンはジョコビッチとアルカラスだけでは成立しない。若手の台頭も必要だ。ファッション・ウィークも同じで、新進デザイナー、確立した大物、中堅が混じり合い、会話を揺さぶる必要がある」。
スポーツイベントのような体験設計へ
過去10年で全米オープンは、ティファニー(Tiffany & Co.)がトロフィーをデザインし、グレイ・グース(Grey Goose)がシグネチャー・カクテルを提供し、アメリカン・エキスプレス(American Express)がVIPスイートを設置するライフスタイル・デスティネーションへと変貌した。
対照的に、NYFWは2015年にリンカーン・センター(Lincoln Center)での集中開催が終わって以来分散化が進み、マーク・ジェイコブス(Marc Jacobs)やラルフ・ローレン(Ralph Lauren)といった大物が公式スケジュール外でショーを行い続けてきた。
今シーズンのスポンサーは、NYFWの進化するアイデンティティを示唆している。テクノロジー・プラットフォームのGoogleクラウド(Google Cloud)はAIマスタークラスを主催し、テクノロジーと教育を週の中心に据える。また、ビューティーブランドのヴィヴィアン・サボー(Vivienne Sabo)は体験型ビューティー・アクティベーションを提供し、メゾン・ペリエ(Maison Perrier)が公式ウォーターパートナーとなり、ソーシャルメディア企業のバイラル・ネーション(Viral Nation)がTikTokやInstagramでの拡散を狙ったソーシャル・ファースト戦略を監督する。
パリやミラノの洗練されたラグジュアリー統合に比べると実験的だが、イベントをよりアクセス可能かつ参加型で、デジタルネイティブなものにするというニューヨークの野心を反映している。
「Vision 2027」と長期計画
KFNの長期戦略「Vision 2027」は、ランウェイをはるかに超えたものだ。「今年9月は旗を立てるだけだ」とイゼムレーン氏は言う。「準備時間は限られていたが、来年はさらに強化する。アート・バーゼル・マイアミ(Art Basel Miami)のようなものを作る計画だが、もっと大規模で、ファッションを核とし、音楽やアート、ホスピタリティも組み込む」。
今後のNYFWには、開幕週末のファッション&エンターテインメント・フェスティバル、アメリカ・ファッションを祝うマルチメディア展示、そして元コード&セオリー(Code & Theory)のデジタルエージェンシー出身で、現在はAI企業ザ・UQ.ode(The UQ.ode)のブランドン・ラルフ氏と構築する集中型デジタル・プラットフォームが含まれる予定だ。AI搭載アプリは最終的に、ショースケジュールや市内イベント、小売連動を統合し、消費者向けの体験として提供される。
5月にルッソ氏は、この取り組みが「投資確保」「業界の合意形成」「白紙からのスタート」という3本柱の上に構築されていると語った。同氏はKFNの使命を「ニューヨーク・ファッション・ウィークは誰か一人や一組織のものではない。業界全体のものだ」という信念に根ざしていると説明。KFNと協働するデザイナーには3シーズン連続での参加が求められており、これによりカレンダーの継続性と観客エンゲージメントの深化を狙う。
衰退する観客数と「エンタメ化」の必要性
業界背景はこの再発明をより急務にしている。米国でのラグジュアリー消費は鈍化しており、主要ブランドでのリーダーシップ交代が不確実性を高めている。NYFWの来場者数は減少し、バイヤーや編集者はキュレーションした日程を選ぶか、完全にスキップする傾向がある。
CFDAの推計によれば、毎年ファッション・ウィーク期間中に25万人がニューヨークを訪れるものの、ショーに出席するのはごく一部に過ぎない。機会であり課題でもあるのは、エンターテインメント主導の体験を通じて、より広いファッション愛好家層を巻き込むことである。
この傾向はニューヨークに限らない。パリではジョナサン・アンダーソン氏が最近、ファッションそのものを大衆文化のスペクタクルとして位置付けた。ディオール・メンズ(Dior Men’s)の2026年春ショーの前にイギリス発のメディアi-Dに語ったところによれば、「神秘性は2億ユーロ(約300億円)のビジネスには有効だが、大衆には通用しない。観客を引き込むことが重要だ。ファッションはエンターテインメントだ。個人的なものにする方法があると思う。」
フェーズ1から都市全体の祭典へ
商談イベントからエンタメ・プラットフォームへの転換こそが、ニューヨークの再発明を定義している。「これはフェーズ1に過ぎない」とイゼムレーン氏は言う。「我々はこれをプラットフォームと呼び、デザイナーと共に、ショールームからランウェイ、そして都市全体に広がる大きなものへと成長させるつもりだ」。
今シーズンはマイケル・コース(Michael Kors)やコーチ(Coach)といった老舗から、アドヴィザリー(Advisry)やケイト・バートン(Kate Barton)のような新興ブランドまで、60以上のブランドがショーを行う予定だ。しかし真の試金石は、ニューヨークがイゼムレーン氏の描く「ハイブリッドなスペクタクル」を実現できるかどうかにある。つまり、ファッションを高度なクラフトであると同時に大衆娯楽として成立させ、業界関係者にもオンラインで視聴する何百万もの人々にも同じようにスリリングな体験を提供できるかどうかだ。
「今私が非常に関わっているのは、市や州との協働だ」とイゼムレーン氏は語る。「年2回のこの期間に、街のビジネスを支援するためのより大きな取り組みが必要だ。なぜなら、25万人がNYFWのためにニューヨークに来ているのに、誰も彼らのための環境を作ってこなかったからだ。」
全米オープンと同様、成功は誰がスポットライトを浴びるかだけでなく、街全体がショーの一部だと感じられるかにかかっている。
[原文:Luxury Briefing: NYFW begins its long-game move toward a US Open-style spectacle]
Zofia Zwieglinska(翻訳・編集:島田涼平)
