巨匠・杉井ギサブローのイラストも楽しい“じょんのび気分”のエッセイ集
◆多彩なエッセイを彩るイラスト◆
『よりぬき お江戸じょんのび便り』(新潟日報社)は、河治さんの温かく穏やかな文章を杉井さんの味わい深いイラストが彩るアニメファンにもお勧めの1冊。今年(2025年)4月の連載10年を記念しての単行本化で、270回を超える連載の中から100本をより抜いた傑作選となっている。
河治さんは長らく日本映画監督協会に勤務する傍ら江戸の風俗を学び、現在は『国芳一門浮世絵草紙シリーズ』や『遊戯神通 伊藤若冲』などの歴史小説を手掛ける作家。そして杉井さんはアニメファンにとっては言わずもがな、『銀河鉄道の夜』や『タッチ』でお馴染みのレジェンドだ。
単行本の発売を記念して、河治さんと杉井さんのお二人に話を聞いた。
――タイトルにもなっている「じょんのび」という言葉は、新潟の方言だそうですね。
河治 「じょんのび」は私が新潟弁のなかでもっとも好きな言葉ですが、標準語に翻訳するのが難しいんです。お風呂に入った時に「はぁ~」ってなるじゃないですか。あの「はぁ~」って解き放たれるような気持ちを「じょんのび」って言うんです。ゆったりとものんびりともちょっと違う、「はぁ~」という脱力感。
杉井 意味の深い言葉ですよね。
河治 連載が始まった当時はまだ私は東京に住んでいたので、東京=お江戸から新潟のみなさんに、「じょんのび」できるお便りをお送りしたい。「江戸っ子はこんな感じですよ」とか、外から見た新潟の印象とか、実際に新潟に行った体験記とか、美味しいものとか、映画に関する歴史や人のエピソードとか……ごった煮的に何でも書くエッセイとしてスタートしました。
――連載はどんなきっかけでスタートし、杉井さんはどんな経緯で参加なさったのでしょうか。
河治 そのあたりは単行本に掲載された回でも書かせていただきましたが、私の亡くなった夫が新潟県人で、いつか「読売」や「朝日」ではなく「新潟日報」に載りたいというのが悲願だったんです。ただ、連載が決まったときに、なぜか私自身がイラストを描いてくれと編集部に言われて(笑)。とはいえ、私は絵なんか本業でもないし……そこで以前『未亡人読本 いつか来る日のために』(新潮社)という本のイラストを杉井さんに描いていただいたことがあったので、今回もお願いしたところ、安い原稿料なのにお引き受けいただけました。杉井さん、本当に優しいんです(笑)。
杉井 河治さんが日本映画監督協会に勤めていたときに、僕が入会したのが最初ですよね。映画監督協会はもともと実写映画の監督の協会で、アニメでは僕より先に山本暎一さん(『千夜一夜物語』『哀しみのベラドンナ』などで知られるアニメーション監督)が入っていて。山本さんが「ぎっちゃん、監督協会に入って(アニメの監督の)著作権を獲得しようよ」と誘ってくれたのがきっかけでした。山本さんと大島渚さんが推薦人を引き受けるから、監督協会に入って著作権運動を手伝ってよ、みたいな話で。
河治 山本さんは早めに入会なさっていて、そのあとアニメーションの監督で入会された方は基本、劇場用アニメーション映画を手掛けていたみなさんでした。
杉井 僕が入ってから、アニメの監督にもたくさん声をかけたんですよ。りんたろうさんとか。
河治 出粼兄弟(出粼哲、出粼統)や富野由悠季さんも入られましたね。
杉井 その頃、河治さんが監督協会の事務局にいて、全部面倒を見てくれたんです。河治さんがつないでくれたおかげで、実写の監督たちともつながりができたり、とてもお世話になりました。それ以来のお付き合いですね。
河治 そんなわけで連載が始まりましたが、多分、「新潟日報」の読者は最初、普通のイラストレーターがイラストを描いていると思っていたと思うんです。だけど、杉井さんのイラストが新聞の紙面で見ると本当に魅力的なので、読者もイラストを楽しみに連載を読んでくれるようになって、「実はただのイラストレーターではなくて、アニメの大巨匠です」ということも知られるようになって。連載が人気になってこんなに続けられたのは、杉井さんのお力だと思っています。
杉井 いえいえ、河治さんの書くエッセイがまず面白いじゃないですか(笑)。河治さん自身の身近な出来事もあれば、新潟の老舗のお店の紹介なんかもあるし、江戸の文化や歴史がテーマのこともあるし、河治さんが監督協会の事務局をやっていたから映画のエピソードも多かったりして、振れ幅が大きいですよね。そして、どんなテーマでも河治さんの書きっぷりがユーモラスなので、読んでいて楽しいんです。河治さん独特のものの見方、エピソードの描写の仕方とそこから醸し出される雰囲気。そういう文章の魅力を増幅できればいいなと思って、僕はイラストを描いているんですよ。
◆アニメファンにも興味深いテーマ◆
今回の単行本化に際して河治さんは、これまでの連載を〈新潟〉〈歴史うんちく〉〈映画界の思い出〉〈その他身辺雑記〉とジャンル分けして掲載回をよりぬいたとのこと。さまざまなテーマを軽快かつほっこりと、時にしんみりとした筆致で表現する河治さんの文章がこの本の大きな魅力だ。
また、〈人〉や〈ものごと〉や〈場所〉や〈歴史〉が、個人の記憶や体験とつながっていくような不思議な〈縁〉の感覚も味わい深い。身近な出来事や何気ない時事的な話題を掘り下げていくとそこに〈歴史〉があり、それが河治さん自身の記憶や体験、時には杉井さんの仕事とつながっていたりする。
そして中には、アニメファンにとって興味深いテーマも登場する。
――特に読者にお勧めしたい回などはありますか?
河治 アニメージュプラスの読者に向けてということだと、大塚康生さんの回かなと思います。アニメージュといえば大塚さんや宮粼駿さんとご縁が深いイメージもありますから。杉井さんからお聞きした大塚さんのエピソードをご紹介した「大塚康生さんのこと」という回があるのですが、大塚さんは今で言う「オタク気質」のようなものが凄く昇華するとああなるんだなっていう印象を、私は持ちました。
杉井 大塚さんは僕の先生ですからね。面白い人でしたよ。ジープを乗り回していたんだけれど、そのジープは公園に子どもの遊具として半分埋めてあったものを役所に頼んで掘り起こして、直して動くようにしたんです(笑)。僕も一度、乗せてもらいました。
河治 その回のイラストは「大塚さんを描いてください」ってお願いしたら、杉井さん、あっという間に描いてくださいましたよね。漫画風にデフォルメされているから本当は似ているわけないのに、すごくそっくり(笑)。あのイラストはぜひ、アニメファンの方にも見ていただきたいです。
杉井 僕は特に力を入れてて楽しく描いたといえば、大川博さんの回かな。僕はよく言うんだけれど、「日本のアニメーションの父」といういのは本当は大川さんだと思うんです。大川さんが作った東映動画(現在の東映アニメーション)は、ディズニー、フライシャーに続く世界でも3番目くらいに設立された本格的なアニメーションスタジオですから。
――大川さんは東映の初代社長で、東映動画の設立者でもあります。
河治 「漫画映画」という回で「上野動物園のパンダが成長している」という話題にちなんで『パンダコパンダ』に触れたのですが、その回で描いていただいた大川さんがパンダとレッサーパンダを抱いているイラスト、とても評判がよかったんですよ。
杉井 大川さんも新潟出身で、人柄も独特というのかな。自分の地元の若い子たちを東京に呼んで東映に採用したり。
――「55年前の新入社員」という回で書かれていますね。東映創立10周年を記念して、当時の大川社長が地元・新潟の若者を16名採用し、その中のおひとりが河治さんの旦那様で、亡くなるまで東映で映画関係のお仕事をなさっていた、と。その〈縁〉も読んでいてドラマを感じました。
河治 杉井さんは大川さんが作った東映動画に入社してアニメーションの道を歩き始められたわけですが、私の夫も大川さんとのつながりがあったんですよね。
――そういった〈つながり〉があちこちに感じられるのが、この本の魅力だと思います。
河治 私、みなさんから”呼ぶ女”と言われておりまして(笑)。自分で意識してどこかに行くとか、何か人と知り合おうとするとか、そういうことをしたことはないんですけれど。やはりある程度、歳を取ったからか、いろいろなご縁にめぐまれて。そういう今までの〈歴史〉の積み重ねで、こういうことが書けるようなったのかしらと思ったりもします。
この10年、個人的にとてもいろいろなことがあり、この連載に支えられてきたという想いを持っているので、こうしてまとまって読んでいただけるのが本当に嬉しいです。それに杉井さんの素晴らしいイラストが新聞紙面に1回載っただけでおしまいというのも勿体ないと思っていたので。書籍として残せるのも本当に良かった。杉井さんのイラストは間違いなく、アニメファンのみなさんにも楽しんでいただけると思います。
杉井 アニメ監督が新聞で連載のイラストを200回以上も続けてるって、きっと、あまり他にはないことだと思うんですよ。僕が普段やっている仕事ともぜんぜん違うから、アニメのファンにも案外、驚いてもらえるんじゃないかな。「新潟日報」の連載だからもちろん読者は新潟の人が多いけれど、せっかくこんなに面白い”河治世界”だから、この単行本をきっかけにより多くの人に読んでほしいですね。
河治和香・杉井ギサブロー『よりぬき お江戸じょんのび便り』は新潟日報オンラインショップで発売中。
河治さんの文章と杉井さんのイラストで繰り広げられる「じょんのび」の心地よさをぜひ、味わってほしい。
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