よかれと思って父と息子を巻き込んだ「自己流の相続税対策」が裏目に…48歳男性がショックを受けた「落とし穴」

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将来発生する相続税の負担を前に、少しでも節税したいと思うのは人情だろう。しかし、真偽のはっきりしない情報をもとに自己流で対策をすると、のちのち後悔することにもなりかねない。

インターネットでたまたま見つけた情報を信じ、自己流で「相続税対策」をした吉田博之さん(48歳、仮名)のケースでは、のちに意外な盲点が発覚することに……。いったい何が間違っていたのか? 相続にくわしい税理士の古尾谷裕昭氏が解説する。

【この記事の登場人物】

父:吉田 明(享年80歳)

息子:吉田 博之(48歳)

孫:吉田 蓮(14歳)

*すべて仮名

孫との養子縁組で相続税の節税になる?

吉田博之さん(48歳)は、父・明さん(享年80歳)が5年前に軽い脳梗塞を起こして入院したことを機に、相続について考えるようになりました。父は若い頃から会社員として働く傍ら株式投資をしていて、それなりの財産を持っているようでした。

相続税は、亡くなった人(被相続人)が所有していた財産(相続財産)に対して課されます。そのため、このまま父が亡くなると相続税の負担が大きいのでは? と不安になった博之さんは、生前に財産を贈与してもらい、相続税の負担を少しでも減らそうと考えました。

さっそく、父に相談したところ、「相続税の計算には亡くなる前に贈与された財産を加算しなければならない、『持ち戻し』があることは知っているのか?」と尋ねられたことで話が打ち切りになってしまいました。

持ち戻しとは、生前贈与があった場合に、被相続人から贈与された財産を相続財産に加算して相続税を計算することです。相続税は、亡くなった時点で被相続人が所有する財産に対して課税され、課税を逃れるために生前に財産を渡していると相続税は課税されないことになります。

しかし、それでは税の公平性が保てないため、相続開始前3年以内の贈与(令和6年以降の贈与は相続開始前7年以内)は相続財産に持ち戻して相続税を計算することになっています。

博之さんは、あらためて相続税や贈与税について勉強しなければと思いつつも、仕事が忙しく時間が取れませんでした。

そんなある日、昼休みの休憩時間に、あるネット記事が目に留まりました。その記事には「孫に贈与すれば持ち戻しはない」と書かれており、他の記事では「孫と養子縁組することで相続税の節税になる」と書かれていました。

後日、父にもネット記事を共有し、孫への贈与であれば、相続財産への持ち戻しはないことを説明すると、「そうか」と返事が返ってきました。さらに、孫と養子縁組をすることで相続税の節税になるという話については、「それは自分も聞いたことがある」と言って、孫である蓮くんへの生前贈与と養子縁組を了承してくれました。

それからすぐに、父は孫との養子縁組の手続きを行い、300万円を贈与してくれました。そして、父から孫への贈与は毎年続きました。

その後、父・明さんは孫へ3回ほど贈与をしたあと、再び脳梗塞を起こし、令和5年12月に帰らぬ人となってしまいました。父の四十九日が終わり、博之さんは相続税申告を税理士に依頼しました。すると、税理士から思わぬ指摘をされました。

「明さんから蓮さんへしていた贈与は、相続財産へ持ち戻しになってしまいます」

博之さんは、狐につままれる思いでしたが、「孫への贈与は持ち戻しの対象にならない」ことをネット記事で確認したことを伝えました。しかし、税理士は言いにくそうに続けました。

「落とし穴」を知らなかったゆえの悲劇

「『孫への贈与は持ち戻しの対象にならない』というのは、正しくは『相続や遺贈(遺言によって財産を引き継ぐこと)によって、財産を取得しない人への贈与であれば持ち戻しはない』ということなんです。なので、財産を取得しなければ、持ち戻しの対象とはなりませんが、蓮さんのケースではそれができないんです。

まず、明さんは加入していた生命保険の受取人を蓮さんとしているため、蓮さんは200万円の死亡保険金を受け取ることになりますが、これが遺贈とみなされてしまいます。それだけでなく、蓮さんは未成年のため、法定相続分を相続しなければいけない可能性が高いです」

未成年を理由に法定相続分を相続しなければならない、とはどういうことなのか、博之さんは、税理士にさらに詳しい説明を求めました。

「遺言書が残されていない相続では、遺産分割協議を行う必要がありますが、遺産分割協議は、法律行為であるため未成年者の蓮さんは参加することができず、代理人を選任する必要があります。

通常であれば、親権者である博之さんが法定代理人として法律行為を代理しますが、博之さんも相続の当事者であるため、博之さんが多く相続すれば蓮さんの相続分が減るという利益相反の関係になります。そのため、博之さんは遺産分割協議を代理することができず、家庭裁判所に特別代理人を申立てる必要があります。

特別代理人は、未成年者の権利を守るために未成年者の代わりに遺産分割協議に参加するので、未成年者の権利、つまり法定相続分を必ず未成年者が取得できるようにすることが職務となります。

一般的に、孫養子は2割加算を避けるために財産を相続しないことが多いのですが、特別代理人がつくと法定相続分を相続することになるため、2割加算を回避することが難しくなります」

「2割加算ってなんですか?」

「通常の相続の流れは、明さんの財産を博之さんが相続して、博之さんの財産を蓮さんが相続する形ですが、蓮さんが明さんの養子となることで、博之さんを通さずに財産を相続できます。つまり1回、相続税の負担を回避できてしまうため、課税の公平性の観点から孫養子は税額の1.2倍を納めるという決まりがあるんですよ」

「そんな……」

「でも、死亡保険金には、500万円×法定相続人の数で計算される非課税枠があります。明さんの場合の非課税枠は1,000万円ですので、死亡保険金200万円は税額に影響ありません。相続財産に持ち戻す必要があり、税額に影響するのは令和3年〜令和5年の3年間に贈与された900万円で、今まで納めた贈与税は相続税額から差し引けます」

「持ち戻す金額って、(300万円−基礎控除額110万円)×3年=570万円じゃないんですか? 110万円の基礎控除の分は入らないですよね?」

「いえ、贈与税の基礎控除の金額も含めて、相続財産に持ち戻しになります」

博之さんは、孫への贈与であれば持ち戻しはないと思っていただけに、基礎控除額以下の贈与も、相続財産に持ち戻す必要があると聞いて大きなショックを受けました。

*     *     *

自分の考えの甘さを反省した博之さん。このような落とし穴にハマらないためには、一体どうすればよかったのでしょうか? 後編記事〈48歳男性が絶句…「自己流の相続税対策」のおかげで「本当に損した金額」と「本来すべきだったこと」〉でくわしくお伝えします。

【筆者プロフィール】

古尾谷 裕昭

税理士/ベンチャーサポート相続税理士法人代表税理士

1975年生まれ、東京都浅草出身。2017年にベンチャーサポート相続税理士法人設立。相続専門の司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・土地家屋調査士・不動産会社・保険販売代理店・金融商品仲介業者からなるベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を代表税理士として率いている。10万人のチャンネル登録者数のYouTube『相続専門税理士チャンネル』を運営。

著書に『令和6年度版 プロが教える!失敗しない相続・贈与のすべて』 (コスミック出版)などがある。

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