世界は「構造」でできている…ひとりの言語学者が発見した「驚きの仕組み」

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「人類学」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろう。聞いたことはあるけれど何をやっているのかわからない、という人も多いのではないだろうか。『はじめての人類学』では、この学問が生まれて100年の歴史を一掴みにできる「人類学のツボ」を紹介している。

※本記事は奥野克巳『はじめての人類学』から抜粋・編集したものです。

ある友との出会い

当時のニューヨークには、戦争を避けて多くの学者や知識人が集まっていました。レヴィ=ストロースもそこで、多くの碩学との知遇を得ました。

レヴィ=ストロースにとって決定的だったのは、構造言語学者ローマン・ヤコブソンとの出合いです。ヤコブソンはレヴィ=ストロースと会話を交わし、やっと一晩中飲み明かせる人物に出会えたと思ったと言います。レヴィ=ストロースは酒はあまり飲めず、夜更かしが苦手だったのですが……いずれにせよ、ニューヨークでのこの2人の出会いは、ヤコブソンの死に至るまで続く良好な関係の始まりでした。

ヤコブソンはその頃、ソシュールが切り拓いた言語学を継承しながら、構造言語学を進展させているところでした。構造言語学は難解な学問ですが、レヴィ=ストロースの構造主義を理解するためには欠かせないものです。ここではヤコブソンの構造言語学について説明しておきましょう。

まず、ヤコブソンを含む「プラーグ学派言語学」の重要な業績は、単語を成り立たせる、音の最小単位である「音素」を発見したことでした。音素とは、それ以上小さな音韻的単位に分解することのできない音韻的単位のことです。

何を音素とみなすかは、言語によって異なります。日本語では/n/と/ng/は区別しませんが、マレーシア語やインドネシア語ではそれらを区別します。マレーシア語やインドネシア語では、その2つはそれぞれ別の音素になります。

例えば、日本語の「足す(tasu)」と「出す(dasu)」には、/t/と/d/という音素があります。音素が、それぞれを異なる単語にするのです。

人間の喋る言葉は、単語のような意味のまとまりに分かれます。単語は、また音素という音の単位にも分かれます。言葉は単語からなり、単語は音素からなることを「二重分節」と言います。人間の喋る言葉には、この「二重分節」が含まれます。

単語と音節の「二重分節」を説明したプラーグ学派言語学に対して、ヤコブソンは、音素の成り立ちに踏み込みました。ヤコブソンは、音素は二項対立によって構成されていると言います。

ここは大事なポイントなので、丁寧に説明しましょう。

12の二項対立

たとえば、「/t/と/d/」のような対立があるとします。/t/は「無声」(声に出したとき、声帯の振動を伴わない音)で、/d/は「有声」(声に出したとき声帯が振動する音)という「弁別特性」があります。「足す」では無声(/t/)を、「出す」では有声(/d/)を最初の音素として用いて、「足す」、「出す」という別の単語が生み出されます。

他に「母音的/非母音的」という弁別特性の例として、「赤い(akai)」、「高い(takai)」などが挙げられます。ここでは母音(/a/)と非母音(/ta/)を最初の音素として用いて、「赤い」、「高い」という別の単語がつくられています。こうした弁別特性の束こそが、音素に他ならないのだとヤコブソンは考えました。ヤコブソンは、ここで見た2つの弁別特性の他に、弁別特性には12の基本的な二項対立があることを指摘しています。

日本語やルーマニア語、タイ語など世界中には様々な言語があります。そのあらゆる言語は、音素のそれぞれに内在的な意味を持っているわけではありません。弁別特性の持つ音素相互の対立こそが意味を生み出すのです。しかし、私たちの生活を振り返れば実感できるように、それぞれの言語を日常的に使っている人たちは、そうした音素の対立を理解していないし意識さえしていません。

ヤコブソンはこのように単語を音素に分解した上で、弁別特性の「差異」に基づいて単語の意味が決められていく言葉の成り立ちを解明したのです。そのことは、ふだん私たちが喋っている言葉には(当の本人は意識していないのですが)、厳密なルールが隠れていることを示しています。そこにこそ構造主義の重大なヒントがあるのです。

さらに連載記事〈なぜ人類は「近親相姦」を固く禁じているのか…ひとりの天才学者が考えついた「納得の理由」〉では、人類学の「ここだけ押さえておけばいい」という超重要ポイントを紹介しています。

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