『放課後カルテ』©︎日本テレビ

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 オタク用語に“〇〇新規”という言葉がある。推しにハマったきっかけを表す言葉だ。そんな“〇〇新規”を、出演した作品全てで生み出し続ける俳優がいる。現在放送中の『放課後カルテ』(日本テレビ系)で、ぶっきらぼうな学校医を演じる松下洸平だ。

参考:松下洸平、『放課後カルテ』は「絶対に面白くなる」 子役たちとの芝居で得た確信

 松下を語る上で外せないのは、2019年度後期の朝ドラ『スカーレット』(NHK総合)だろう。ヒロイン・喜美子(戸田恵梨香)の夫となる十代田八郎役をオーディションで掴んだ松下は、一瞬でお茶の間を“八郎沼”へといざなった。陶芸に向ける情熱、喜美子への恋心、喜美子の才能への嫉妬、離婚後の喜美子との向き合い方など、ストーリーが進むに連れて変化していく八郎の一言では表せない複雑な感情と人間臭さを、丁寧に表現していった。心の奥底から伝わってくる深みのある感情表現に、心を鷲掴みにされたのを今でも覚えている。そう、筆者は八郎沼出身の『スカーレット』新規だ。

 『スカーレット』出演後、本当に目覚ましい活躍を見せた松下。『#リモラブ ~普通の恋は邪道~』(日本テレビ系)では、優柔不断で優しすぎるアオちゃん(青林風一)を、『最愛』(TBS系)では、警察という立場と主人公・真田梨央(吉高由里子)への愛とのはざまで揺れる大ちゃん(宮崎大輝)を。『最愛』ではさらに知名度を伸ばし、松下の演技力は広く世に知らしめられた。その後も、『アトムの童』(TBS系)の菅生隼人役、『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』(日本テレビ系)の九条蓮役、『いちばんすきな花』(フジテレビ系)の春木椿役など、作品の空気にあった柔軟な演技力で、主人公を支える二番手ポジションを数多く演じてきた。驚くのが、どの作品にも松下を好きになったきっかけはこの作品ですという人がいること。彼を認識したとたんに演技で惚れ込ませてしまうと言ってもいいかもしれない。

 だからといって、全ての作品で同じような役をしているわけではない。『#リモラブ』のアオちゃんはハッキリせず頼り甲斐のない男性だったし、『最愛』の大ちゃんはスマートな刑事だったものの、物語の特性上「もしや犯人では?」という疑念を向けていた人もいるだろう。『最高の教師』の蓮役も、始めは主人公・里奈(松岡茉優)と分かり合えず、離婚を切り出す夫だったし、『いちばんすきな花』の椿役はありていに言えば、面倒くさいところも多かった。それでも松下はその役の沼へと視聴者をいざない、新規を生み出し続けている。その百発百中具合には、恐ろしさすら感じるほど。

 なぜここまで役柄を魅力的に見せることができるのか。それはどんな役をやっていても松下自身の温かみがにじむからではないだろうか。ドラマというフィクションのなかのキャラクターで現実には存在しないにもかかわらず、松下が演じると人間らしい温度が感じられるのだ。『#リモラブ』のアオちゃんも、『最愛』の大ちゃんも、『最高の教師』の蓮も、実際には存在しない。にもかかわらず、「いるかもしれない、いてほしい」と願ってしまう。どんなキャラクターを演じていても、そのままの役柄で日常にいてほしいと思わせるほどのリアリティがセリフ回しや表情、所作から生まれるのだ。

 そして、その人間臭さを負の方向にも作用させることができるのが松下の強み。『MIU404』(TBS系)第2話の加々見役をはじめ、松下は殺人に手を染める犯人役を演じたことも。人間らしさをきちんと表現できるからこそ、マイナスな感情に囚われ、戻れないところまで進んでしまった人間の冷たさや恐ろしさを演じることも得意なのだ。死んだ感情を表現する芝居に驚かされることも多く、どんな役もやはり沼だと言わざるを得ない。

 『放課後カルテ』で松下が演じる牧野は、これ以上ないほどに無愛想な性格のキャラクター。それでも、第1話の牧野先生の言葉のニュアンスには、ぶっきらぼうな態度のなかにある優しさがしっかりと感じられた。牧野の素っ気ない態度と、児童たちとしっかり向き合う目線のギャップによって、牧野先生沼と『放課後カルテ』新規が生み出されるのだろう。

(文=古澤椋子)